あの日の以来シンは時々店に訪れては湊の傍で勉強をしていた。
会話はほとんどしなかったが、傍に居られるだけで嬉しかった。
洗濯機や乾燥機が回る音の向こうに湊が話す声が聞こえる。
そして、顔を上げれば湊の姿が見える。
この光景がシンには居心地が良く他のどの場所でも得られない安心感を感じていた。
シン以外が居なくなると、湊はそっとシンの近くに座り黙って雑誌を読む。
ふいに訪れる2人だけの時間。この時間がとても愛おしかった。
湊の気遣いを無駄にしたくなかったので、シンは敢えて湊に話かける事はしなかった。
背中に湊の気配を感じながら
このまま誰も来なければ いいのに…
そんな事さえ思ってしまう。
冬の太陽が暮れるのは早い。
気がつけば外には街灯が付いている時間になっていた。
「シン。そろそろ…」
「はい」
そう言って広げた教科書などを鞄にしまい 立ち上がる。
「明日は塾があって来れないんですけど…」
「…わかった」
「さみしいですか…?」
「…まぁ」
素直に答える湊と離れたくないと思った。
多分湊がクリスマスを2時間と決めたのはそれが理由だろう。
試験が数週間後に迫った受験生にクリスマスやお正月なんてない。
それでも一緒に過ごす為にと、出した苦肉の策が時間を設ける事だったと…
時間を決めなければきっとシンはなにかと理由をつけて帰らないだろう。
湊はそれをわかっていて、条件付きの約束を交わさせた。
シンの時間をこれ以上奪わない為に何も持たずに来るようにと…
料理を作ったりプレゼントを選ぶ時間を作らせない為に…
「…んっ?」
湊の顔が赤い事に気がつく。
湊の額に手をやる。
「熱い…湊さん熱あるんじゃ…」
「なんだかさっきから寒気がして…」
「風邪ひいたんじゃないんですか…」
「大丈夫だから…今日はもう店閉めるからお前は帰れ…」
店じまいを始めようとする湊の腕を掴み
「湊さん放おって帰れません」
「大事な時期なのにうつしたら大変だから…お前は帰って勉強しなさい」
「せめて家まで送らせてください」
「平気だってこんぐらい。なっ、だから帰れ」
「心配で勉強どころじゃないですよ!」
了承しなければ意地でも帰るつもりはなさそうだ…
「わかったよ…ったく。お前は言い出したら聞かないからな…」
渋々了承せざるを得なかった。
「もう家だし大丈夫だから。帰りなさいね」
アパートの前まで来るとシンに帰るよう促す。
「今日は泊まります」
「はぁ?お前何言って…」
「夜中に悪化したらどうするんですか!一人暮らしなんですよ!何かあったら… 」
「何もねーよ!薬飲んで寝るから心配すんなっ!」
「いや…だめです。今夜は湊さん家で勉強します。なら、いいですよね?」
「うつったらどーすんだよ…」
「大丈夫です。俺、丈夫なんで。妹や弟達の看病してもうつった事ないです!」
「わからずやっ!」
「湊さんこそ!」
こうなったらシンは梃子でも動かない…
「はぁ… 風邪うつるから寝室には入るなよ」
諦めるしかなかった。
「はいっ!」
シンは嬉しそうに返事をした。
「湊さん…」
襖の向こうからシンが話しかける。
「…ん?」
「お粥作ったんで食べてください。ここ、置いときます」
「そんな…いいのに…」
「食べたら薬飲んでくださいね。俺、隣で勉強してます」
「ありがとな…」
気がつくと湊の寝息が聞こえてきた。
時々苦しそうにしているのが隣の部屋にいてもわかる。
不意に名前を呼ばれた気がして そっと襖を開ける。
入らないと約束したが気になってしまい入ってしまった。
ベッドに近づき湊の手を握る。
眠ってる…
時々顔を顰めているのはツライからだろうか。
こんなに苦しそうなら…
そっと頬に触れる。
代わってあげたい…
湊の顔に近づく。
俺にうつして…
唇が重なる寸前でシンは湊から離れた。
寝込みを襲うなんて最低だ…
ましてや熱を出して弱っている人にして良いことではない…
まだ、友達から先に進んでいないのだから…
目を開けたら怒られただろうが、幸い湊が目を覚ます事はなかった。
シンは湊の布団をかけ直すと部屋から出ていった。
次の朝、物音でシンは目を覚ました。
「湊さん…」
「おはよう。シン」
キッチンに湊が立っていた。
「熱は…?」
「下がったよ。お前のお粥のお陰だな。笑」
「良かった…ところで何してるんですか?」
「朝めし。腹減ってるだろ?お前みたいに手の込んだのは作れねーから簡単に…ジャーン!」
「お茶漬け?笑」
「バカにしたな!これは湊さん特製のお茶漬けなのっ!」
「お湯かけるだけじゃないですか。笑
」
「わかってないな~シンちゃん。とりあえず食べてみろよ」
「ありがとうございます。んっ?」
「わかるか?」
「鶏ガラ…?」
「ピンポ~ン!さすがだな。笑」
「いつものより少し高級感が出ますね」
「一人暮らしが長いと色々工夫するんだよ。最終的にたどり着いたのがこれなんだな。どうだ美味いだろ」
「はいっ!」
「素直でよろしい。笑」
「湊さん。クリスマスなんですけど…」
「何時位に来れそうか?」
「冬休みに入っているので朝から塾があるんですけど…」
「無理そうなら断ってくれていいからな」
「絶対来ます!」
「無理すんな、受験生。笑」
「絶対絶対来ます!」
「はいはい。笑」
昨夜キッチンで見つけた料理の本。
きっと、シンの知らないところで湊は慣れない料理を勉強している。
自分の為に…
そう考えるだけで嬉しくて仕方がなかった。
断るなんて勿体ない事絶対にしない。
「クリスマス。楽しみにしてます」
「言っとくけど大したもてなしはできねーからな」
「何もいらないです。湊さんと一緒に過ごせるだけで…」
「お世辞でも期待してます。って言えよ…ばか 」
「期待してます。笑…だから…絶対…必ず来るから待ってて」
湊を真っ直ぐ見つめる瞳から目が離せなかった。
吸い込まれそうになる空気を変えようと頭を振る。
「あぁぁっー!わかったから、熱下がったし大丈夫だからお前は早く帰れっ!」
シンはクスッと笑うと頬杖をつき湊を見つめる。
「…湊さん… 」
「なんだよ……その目は…」
「初夜でしたね……」
「しょ…初夜ってまだ何もしてねーって」
「まだ?じゃ、これからしてくれるんですか?」
「そ…れは…」
「……」
「するわけねーだろっ!ばーか!とっとと帰れ受験生!! 」
「帰ります。これ以上居ると湊さんの熱がまた上がったらイヤなんで…」
「おいっ!こらっ!待て!どーゆー意味だ!」
「じゃ…」
手を振りながらシンは帰って行った。
【あとがき】
長い……ですね笑
恋人になるまでの微妙な関係性って楽しいのでまだ続きます。
飽きた方は流していただくって事で…
次回はクリスマス編かな
まだ何も書いていないので書けましたら投稿します。
暑すぎて冬の話は難しい…
それでは、また次回作でお会いできますように…
月乃水萌
コメント
6件
きゃー楽しみすぎる🫣