テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゴールデンウィーク明けてすぐ、大学の英語プログラムの成績通知が一斉に配信された。
「――は? うそでしょ」
勇斗の部屋に転がり込んできた太智が、スマホの画面を見せながら崩れ落ちるように座り込んだ。
「補習対象? 太智、単位落としたの?」
覗き込んだ仁人が、思わず噴き出しそうになるのをこらえている。
「いや、待って、笑いごとちゃうし……」
蒼白な顔で唸る太智に、柔太朗が同情するように、
「――だいちゃん、災難だね」
そう声をかけると、太智は縋るような目で顔を上げた。
「俺、英語苦手なんや……。習熟度別の一番下のクラスなのに。再履修になってもうて。追試まであるし……」
「あーー、それはきつい。必修だから、落としたままじゃいられないしな。」
勇斗がぽんと肩を叩くと、太智はすがるような目で、部屋の隅で静かに本を読んでいた舜太を振り返った。
「――舜太くん」
「な、なに?」
「舜太くん、帰国子女で英語ペラペラなんやんね?」
「まあ、それなりには」
「今から俺の家庭教師になってくれへん?」
必死の形相の太智に、舜太は目を輝かせた。
「おっ、ええで! 俺、人に教えるん好きやし!」
「ありがとう、恩に着るし!」
「――太智、必死すぎて逆に面白いな」
仁人がそう言ってからかうと、太智は「うるさい!こっちは必修科目がかかってる!」と半分涙目で叫んだ。
その日から、放課後の時間を使って、太智と舜太の特訓が始まった。
蓋を開けてみれば、太智の弱点は文法そのものよりも、リスニングとリーディングだった。授業のスピードについていけず、聞き取れないまま置いていかれる、というのが実情らしい。
「――だいちゃん、まずは肩慣らしに、これ読んでみようか」
舜太が広げたのは、易しめの英語の経済ニュース記事だった。
「A rise in interest rates is expected to slow down consumer spending……」
舜太が澱みなく読み上げる。発音も抑揚も、まるでネイティブそのものだった。
「金利が上がると、消費者の支出が落ち込むと見込まれてる、ってことやな。consumer spendingは、個人消費って訳した方が、経済ニュースっぽいで」
水虹ひにゃ@リムらないでほしい
「……なんでそんな綺麗に読めて、しかもすぐ訳せんの」
太智が呆然と呟く。舜太はさらりと肩をすくめて、
「なんでって、アメリカでずっと、こういうニュース見とったからなぁ」
「そうしとったらかっこええのにな。日本語しゃべるとボロが出るなぁー、残念やなぁー」
太智のしみじみとした一言に、舜太は「どういう意味や、それ!」と肩をどつきながら抗議した。
とはいえ、感心してばかりもいられない。
太智の番になると、途端に怪しくなる。
「え……えーっと、A rise in……利上げ? え、rateってなんやったっけ」
「rate、さっき出てきたやろ! 金利のことやって!」
「あ、そうそう、それそれ。利上げは……消費者の……なんとかを……なんか下げる……?」
「ニュアンスは合っとる! でも単語、ちゃんと拾おうな!」
そんな調子で、リーディングの練習は遅々として進まなかったが、太智なりに少しずつ、単語と意味を結びつける感覚を掴んでいっているようだった。
舜太は、太智の得意分野に寄せて教材を選ぶよう心がけていた。為替の動き、企業の決算発表、新興国の経済成長率――難しい単語も多いのでは?と二の足を踏んでいたが、経営学部らしい話題を選ぶと、心なしか太智の集中力も上がる気がした。
「――GDPって、gross domestic productの略なんやな。意外とちゃんと勉強になるやん、これ」
「そうやろ? だいちゃんの得意分野だったら、読みやすいんじゃないかと思って選んだ」
「次は為替のニュースがええな。円安がどうとかいうやつ。そんな難しいニュース読めたらカッコええし。」
「あー、じゃあ、この記事はとかいいんだけど……The Bank of Japan likely conducted foreign exchange interventions worth trillions of yen in an attempt to slow the yen’s rapid fall against the dollar.――あ、だめや。これはだいちゃんには難しすぎる。為替介入とか日本語も難しいやんな。」
「おい。先生しっかりせえ。俺のレベルにちゃんと合わせてくれ。」
文句をいいつつ、必修科目を取り戻すべく本気でノートを取る太智の姿に、舜太は手応えを感じていた。
その様子を、たまたま様子を見に来た柔太朗が、教室の入り口からのぞいていた。
「――ちゃんと勉強になってるの、これ」
「んー、なってないような、なってるような」
用もないのに一緒についてきて、後ろの席で文庫本を読みながら聞き耳を立てていたらしい仁人が答える。
「仁ちゃん、地味に毎回来てるよね……だいちゃんの英語、心配?」
「暇なだけ」
そう言いながらも、帰るつもりはないようで。ページをめくる手を止めて舜太たちのやり取りを眺めていた。
追試当日、太智は青い顔をして追試会場に向かった。
「舜太、俺、だめかもしれん」
「大丈夫、ここ一ヶ月、ちゃんと頑張っとったやん。俺が保証する」
「保証て、舜太の保証に何の効力があんの」
「そんなん知らんわ、とりあえず胸張って行ってこい」
背中を叩かれ、太智は幾分か肩の力が抜けた気がした。
数日後、結果発表の日。
「――やった、ギリギリ合格!」
スマホの画面を見せながら駆け寄ってきた太智に、勇斗の部屋にいた全員が沸いた。
「おめでとー!よかった!」
「よかったな」
柔太朗と仁人が口々に祝う中、舜太は自分のことのように誇らしげに胸を張った。
「な? 俺の教え方、完璧やったやろ?」
「ありがとうな、舜太。マジで助かった。一生懸命勉強できたのも、いい先生がいてくれたおかげやで」
素直に頭を下げる太智に、舜太は照れくさそうに頭をかいた。
「――まあ、困った時はお互い様やしな」
その一言に、「さらに、それがタダときた!持つべきものは英語のできる友やな!」と茶化して返した。
こうして、太智と舜太の間には、それまでとはまた少し違う、確かな信頼が生まれていった。
コメント
1件