テラーノベル
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最近一人で使っていた侯爵家の馬車。 試験に合格したその日の帰り、学園から侯爵家までの道を、ナーシャはセリナと二人で最後に乗る事ができた。
降りるときに添えてくれる御者の手もこれで最後だった。
「ありがとう、貴方の手は温かいわね」
「も、勿体無いお言葉です」
恐縮する御者の声を背に、セリナが開けてくれた玄関の扉を通る。そこには、いつもの如く誰もいない。
最後まで⋯少し皮肉も交えた笑みを、口元に浮かべながらエントランスを歩いていると、珍しい声が階段の上から掛かった。
「お義姉様、遅かったですね」
リリアがこちらを見て声をかけているけれど、その口元にはナーシャと同じように笑みを浮かべていた。リリアの笑みは嘲笑の様だった。
「これから、ローラン様がいらっしゃるの。お義姉様は部屋から出ないで下さいね」
「⋯⋯分かったわ」
何となく、リリアとこの家で交わす会話は、これが最後だろうという予感がした。
ナーシャは返事をしてから、黙って階段を上がる。部屋に向かう時にリリアとすれ違う。今日は、態とらしく倒れたりはしなかった。今からローランが来るから、ドレスを汚したくなかったのだろう。
ナーシャは、そんな事を考えながら、リリアを振り返る事なく部屋まで歩いた。
部屋に着いて着替えをセリナに手伝ってもらいながら、明日からは自分で着脱出来る服を着ようと思った。セリナはナーシャに付いてきてくれる時、きっと今までと変わらない立場で側にいてくれようとするだろう。でもナーシャは少しでも彼女と対等、というより支え合って生きていきたいと思っている。そう、昔から憧れている仲良し姉妹のように。
だから、二人で暮らし始めたら、少しでも自分で出来ることはしたかった。
「セリナ、明日は朝早く家を出ましょうね」
「はい、畏まりました」
二人でそう言い合っていた時、ノックの音が聞こえた。
返事をすると家令で、父が呼んでいるという。
思わずナーシャはセリナと顔を見合わせた。
まさか、何かの手違いで卒業して成人認定されたのが、バレたのではないかと勘繰った。
緊張しながら父の執務室に向かう。
数日前に、この廊下で初めてルオン公爵にあったのだと思い出す。
執務室には、スティーブとセシルがいた。
スティーブが執務室の机に座っていて、その前にセシルが立っていた。
ナーシャの体に力が入る。
(どうしよう、バレてしまったのかしら?)
「お呼びと伺いました」
「あぁ、ナーシャ明日は学園を休んで家にいろ」
「は?」
学園を休めと言う言葉で、卒業資格試験の事がバレたのではないと分かったが、それにしても学園をサボれというのは穏やかではないと思えた。
「何故でしょうか?」
「⋯⋯っ」
ナーシャの問いにスティーブは、まさか聞き返して来るとは思わずに焦ってしまった。答えを用意していなかったのだ。それでつい誤魔化しきれずに本当の事を言った。
「明日、マーケリー伯爵家でローラン君とリリアの正式な婚約を結ぶ事になっている。あちらに伺う際にお前も連れてくるように言われていたが、お前は明日体調不良になってもらうつもりだ」
「⋯⋯承知しました。ご用はそれだけでしょうか?」
「あぁ」
「それでは、失礼いたします」
ナーシャは、父の言葉に色々と自分が知らない事があって、少し驚きはしたが既に|オリジエル侯爵家《この家》はナーシャにとって関係ない家になっている。明日に至っては、皆が寝ている間に出ようと思っていたけれど、皆が出かけるのであれば好都合だった。
(皆に見つからないように裏口から出るつもりだったけど、表から出られるわ!)
ナーシャは、スティーブとセシルに丁寧に頭を下げてから部屋を出た。
この時点で夕食の席に呼ばれる話しがないという事は、二人ともこの家で会うのはこれが最後だと思った。
(お兄様の顔を見られて良かった。お父様、お兄様、お元気で)
「部屋に戻りましょう」
廊下で待っていたセリナにナーシャは笑顔で声を掛けた。
◇◇◇
次の日、オリジエル侯爵家の門の外では、家を出たナーシャを、予想していなかった人が迎えに来てくれていた。
「ジェスト様、どうして?」
馬車の中でナーシャは、最初の婚約者であるジェストに問い掛けた。彼とは約3年振りだった。解消されてからは一度も会ったことはなかった。
先程、セリナと二人でオリジエル侯爵家の門の外に出た時、セリナに促され目を向けた先にジェストが居たのを見た時は、心臓が止まるかと思うほどの驚きだった。
その後は、恥ずかしげもなく彼の胸に飛び込み、思い切りしがみついていた。
門の外に出た時のやり取りから、セリナも知っていたのだと思って、二人の顔を交互に眺めた。
「お嬢様、黙っていて申し訳ありません」
セリナはナーシャに謝罪して、昨日公爵家の侍女から、ジェストが今日迎えに来る事を聞かされていたと言った。
「そうだったの」
「ナーシャ、吃驚した?」
久しぶりのジェストは、以前と変わりなくナーシャに笑い掛けてくれる。スティーブからの一方的な婚約の解消である事は、あとで聞かされたから、ナーシャはジェストにとって不義理をしたことになるのに、変わらないジェストにナーシャは戸惑ってしまう。
「ナーシャ、俺はナーシャを忘れたりしないよ。ずっと待ってたんだ」
「えっ?」
「君が幸せになったなら、黙っていたけど、もし家を出る事になったときは迎えに来ようと思って待ってたんだ」
「本当に?」
「あぁ、君が家を出たら弁護士に相談するだろうと思っていたから、お願いしていたんだけど。違う方から連絡がきた」
「違う方?」
「ルオン公爵から」
ナーシャは驚いて口元を隠すように両手を添えた。
コメント
1件
第17話、読み終わったよ!めっちゃ胸熱だった~🔥 ナーシャが家族に知られずに家を出ようとしてるところ、父の執務室での「承知しました」の冷静さ、全部かっこよかった。最後にジェストが迎えに来て「ずっと待ってたんだ」って…そこで泣きそうになったわ。セリナとの関係もじんわりくるし、続きが気になりすぎる!
maruko
777
#ドアマットヒロイン