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#ワンナイトラブ
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「——!?」
「少し冷えるね……こうすれば温め合える」
突然の事だった
優しく
しっかりと
私を抱きしめた社長
社長の濃い匂いと
社長の灼熱の体温が
私の五感に直接訴えかける
「——私だよ」と
「……」
私は
社長を知っている気がする
昨日今日の話ではない
——遠い昔から
突然の連続だった
突然の台風上陸
突然の落雷により
突然の電力の遮断
室内は
一面の漆黒の闇に包まれる
突然の事だった
暗闇の中
突然私を抱きしめる社長
「水川さんは秘密を守れますか?」
「……え?」
「約束を守れますか?社外秘とか秘匿事項とかの次元の話ではありません」
「人と人、私と君の間の話です」
「……」
——秘密?
その前振り
この状況
どう考えても
仰々しく
重大な
——秘密
あまりに唐突な出来事の連続
全ての理解が追い付かず
否が応にも胸の鼓動が高鳴る
きっと
触れる肌を伝って
社長にも伝わっているはず
社長の体温が私に伝わるように
上着を纏っていない社長
上半身は裸
直接的に肌から伝わる体温
燃え盛るほどに熱い
社長の体温が
冷えた私の体を温める
間近で
密着して
社長の濃い匂いがする
どこかで嗅ぎ覚えがあるような
脳に
DNAに
直接訴えかけるかのような
社長の匂い
誰もいないオフィスで
誰もいない社長室で
二人きり
聞こえるのは
社長の息遣いと
自身の鼓動だけ
停電の只中
漆黒の暗がり
まるで
夢の中にいるような
私は
社長を知っている気がする
遠い昔から——
「遅かれ早かれあなたにはいずれ伝えるつもりでしたが……」
「公には公表していない事です」
「なので決して口外は控えて下さい」
社長の腕に抱かれ
私は
今
何か重大な告白をされようとしている
きっと他の誰でもない
私だから
私だけに——
突然降って湧いた状況とはいえ
既婚の身でありながら
他の男性に抱かれ
我が身は男の腕の中
背徳感に拒否反応を示す脳を
大きく上回る本心
充足感
安心感
幸福感
様々な感情が脳を麻痺させ
私は拒否する事が出来ず
彼を受け入れていた
「分かりました、決して他言はしません」
「……ありがとう」
「これは偽りないただの真実です——」
そう告げて
彼は話し始めた
彼自身の事を——
彼——
社長の名前はリュカ・ヴォルコフ
世界的大手投資ファンド、ヴォルコフグループの御曹司
私とは住む世界の違う
絵に描いたようなビリオネア
しかし
その生い立ちと半生は
想像を遥かに超えて
波乱万丈に満ち満ちていた
彼の一族は
かつてはロシアの山岳部に暮らす
ごく平凡な村民だった
と或る日
山へ遊びに出掛けた幼き娘が帰って来ない
陽が傾いても帰って来ない
心配になり
山へ探しに向かう家族
目ぼしい場所を捜索するも見つからず
陽が落ちようとする刻になっても帰って来ない
いよいよ心配になった家族は
村の人々にも聞いて回り
村総出で捜索にあたった
しかし
懸命な捜索も虚しく
見つからず仕舞いだった
結局
娘は見つかる事はなく
行方不明となった——
時は流れ
この出来事は神隠しとされ
民話となりて語られるも
時間の流れと共に
人々の記憶から忘れ去られよういう刻
突如として
娘の生存が確認された
彼女は狼の群れと行動していた
一匹の狼として
この時彼女は
既に成人の歳に達していた
恐らく山で迷子になった幼き娘は
狼の群れに拾われ
そのまま群れの一員として育った
というのが人間の推測だった
というのも
彼女自身は既に人の言語を忘れ
コミュニケーションは限定的だったからだ
発見から程なくして彼女は保護され
特別な施設で
特別な監視下に置かれた
そこで発覚した重大な事実
彼女は身籠っていた——
人間と交わる事のない環境下での妊娠
人間と狼——
現在の科学においては
交わる事のない遺伝子配列
しかし
現実に起こった事実
その事実は公には隠蔽され
歴史の闇に葬り去られた史実となる
その後この事実は
日の目を見る事なく
本人と当事者による
口伝のみで真実が語り継がれてきた
世界が知らない事実
その彼女は
社長リュカ・ヴォルコフの祖母にあたる——