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目を開けると、見知らぬ天井があった。……いや、知っている。これがゲーム『光と闇の聖戦』の中で見たことのある部屋だと気づいた瞬間、俺の体が震えた。
豪華な調度品、黒を基調とした冷たい雰囲気。ここは王都アルテミシアにあるレオナルド王子の私室だ。そして鏡に映った姿を見て、俺は息を飲んだ。
黒色の髪に、ルビーのような瞳。細身ながらも鍛えられた肉体。
「レオナルド・フォン・シュヴァルツ……」
言葉が自然と口から漏れる。
ゲームの中では誰もが恐れた存在。光の騎士ルークの宿敵であり、最終的にルークによって倒されるべき悪役。しかし今、その人物の中に俺がいる。
頭痛が走る。記憶が二重に重なり合うように混ざり合っていく。
前世での平凡な日常。会社勤めの日々。突然の交通事故。
「死んだのか……」
呟きながら窓辺に歩み寄る。城下町を見下ろせる位置に立ち、深呼吸をする。空気が違う。匂いも、温度も、全てが現実だった。
『殺せ』
頭の中で声が響く。低く冷たい男の声。まるで耳元で囁かれているかのような錯覚。
「誰だ?」
返事はない。ただその声が頭の中で反響し続ける。
『殺せ……魔族を殺せ……』
魔族。そうだ。レオナルドの物語はそこから始まった。
幼少期の出来事。家族が魔族に襲われた事件。レオナルドは弟と二人だけ生き残った。その日以来、彼は魔族を憎み始めた。
「……記憶が曖昧だ」
思い出そうとすると頭に靄がかかったようになる。だが断片的な映像が浮かぶ。炎に包まれる城。叫び声。血の海に横たわる両親の姿。
手のひらを見ると、微かに震えていた。
「こんな気持ち悪い感情があるなんて……」
俺の中には確かにレオナルドの感情がある。魔族への憎しみ。闇の力を求めてしまう衝動。何より不思議なのは、人を殺すことに抵抗がないどころか、喜びさえ感じていることだ。
これはRPGだったはずだ。善悪が明確に分かれていて、「正しい選択」をして進めば良いゲーム。なのに……。
『魔族を見つけたら殺せ。一人でも多く』
またあの声だ。
部屋の扉がノックされ、慌てて振り向く。
「殿下、朝食のご用意ができております」
侍女の声。どうすればいい?どう振る舞うのが正解なのか?
「入れ」
俺は低い声で答えた。思ったよりも自然に出た。まるで本当にこの身体の持ち主であるかのように。
侍女が入ってきて深々とお辞儀をする。
「本日の予定ですが……」
話を聞いている間に思考を巡らせる。
ルークは何処にいる?原作通りなら、十年後の魔族侵攻で再登場するはずだ。それまでにこの世界で何をすべきか?
まず、自分の状態を把握する必要がある。
「報告はあるか?」
俺は尋ねた。
「王国南西の森で魔族と思われる影が確認されました。兵が派遣されています」
魔族。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
『殺せ!今すぐ行け!』
頭の中の声が強くなる。
「準備しろ。私も行く」
侍女は少し驚いた顔をした後、「承知しました」と答えた。
馬に乗って森へ向かう道中、何度も頭の中の声が呼びかけてくる。
『早く行け!待っているぞ!』
まるで急かされているようで気持ちが悪い。だが同時に高揚感もある。不思議な感覚だった。
目的地に近づくにつれ、木々が濃くなり、鳥の鳴き声さえ聞こえない静寂が広がっていた。
先行した兵士たちが既に戦闘を開始している。
「殿下!」
部隊長が駆け寄ってきた。「ゴブリン約十匹を発見。現在交戦中です」
視線を向けると、兵士たちが小柄な緑色の生物と戦っている。武器を振り回し、悲鳴を上げながら逃げ惑う姿。頭の中の声が更に大きくなる。
『殺せ!全員殺せ!』
剣に手を伸ばしかけた時、
「殿下のお手を煩わせるまでもありません!我々で」
その言葉が終わる前に俺の手が剣を抜いていた。
「あ……」
自分でも驚くほどの速さだった。剣先が風を切る音。次の瞬間には最前線に飛び出していた。
ゴブリンの一匹の首筋に刃を入れる。温かい血が噴き出し、絶叫と共に倒れる。その瞬間、全身に電流が走るような快感を感じた。
「あぁ……」
吐息が漏れる。心臓が早鐘を打つ。
もっと殺したい。もっと見たい。
理性と欲望の狭間で揺れる自分がいる。これは本当の俺なのか?それともレオナルドというキャラクターの持つ本能なのか?
「殿下!?」
部隊長の困惑した声が遠くで聞こえる。
もう一匹を切り捨てる。二匹目。三匹目。
頭の中の声は歓喜しているように思えた。最後の一匹になったとき、背後から鋭い視線を感じた。
振り向くと、青い瞳を持つ少年が立っていた。金色の髪が風になびいている。まだ幼さが残る顔立ち。けれど強い意志を感じさせる眼差し。
「君は……」
言葉が喉に詰まる。記憶が蘇る。
ルーク・ブライトン。この国で最も優秀な騎士の息子。将来の光の騎士。ここで出会うはずじゃなかったのに。
ルークの目が俺に向けられていた。恐怖と警戒心が入り混じった表情。
「あなたが……レオナルド様ですか?」
震える声。既に噂になっているのだろう。残忍な王子。魔族を狩ることに執念を燃やす狂人だと。
「そうだ」
短く答えながらも内心では混乱していた。
ルークとの出会いは原作では数年後のはずだ。なぜこんな早い段階で?しかもこの距離感。幼少期のルークとはゲームではほとんど関わらない設定だったはずだ。
「父上から聞いています。あなたの……行為について」
幼いながらも真っ直ぐな視線。それは非難ではなく、理解しようとする好奇心にも見える。
「興味あるのか?」
「分かりません」
ルークは素直に答えた。
「ただ知りたくて来ました」
その言葉に妙な誇りを感じる。普通の子どもなら怖くて近づかないはずなのに。
『捕まえろ。殺せ』
頭の中の声が変わる。これまで以上に強く命令してくる。
目の前の小さな生命。将来の英雄。もし今ここで消してしまえば……物語はどうなるのだろう?剣を握る手に力が入る。
「殿下!ご無事でしたか!」
兵士たちの声で我に帰る。危険な考えを追い払い、平静を装った。
「怪我はないか?」
ルークに問いかけると、彼は小さく頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
丁寧なお礼。これだけで何かが始まってしまうのかもしれない。帰り際、ルークが再び口を開いた。
「またお話しできますか?」
その問いかけに即答できずにいると、頭の中の声が警告する。
『逃げろ。離れろ。コイツは危険だ』
それでも俺は微笑んで言った。
「機会があればな」
これが全ての始まりだった。闇の騎士レオナルドと光の騎士ルークの奇妙な交流。いつか訪れるであろう運命の対決の序章。夜になっても眠れないほど俺の意識は冴えていた。
「明日からは気をつけないと……」
しかし内心では期待していた。ルークと話すことを。あの純粋な目に映る自分を見てみたいと思ったのだ。それがどんな結末を招くか知らずに。
「ふふ……楽しみだ」
その笑い声は、間違いなく俺自身から漏れたものだった。