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「あらぁ、ぞろぞろとお揃いで楽しそうね。幼稚園児の遠足みたい」
莉音の隣に立つ女が、形の良い唇を吊り上げてクスクスと喉を鳴らした。その響きには、隠そうともしない悪意が混じっている。
「……莉音……」
「ハハッ、また会ったな、御堂蓮。この間のラブホの時以来か?」
「……らぶほ?」
背後にいる東海や弓弦、そして美月からの視線が、物理的な痛みを持って突き刺さる。蓮はたまらず空咳をひとつ吐くと、強引に話題を切り替えた。
「コホン! ……プライベートの詮索はどうでもいいだろ。それより、君たちも撮影だったのかい」
「まあな。撮影は順調、視聴率も右肩上がりだ。お前らみたいにチマチマと小賢しい戦略を練らなくていい分、楽で助かるぜ」
「“戦略”なんて大層なものじゃないよ。うちは地道に積み上げているだけだ」
蓮は軽く肩をすくめた。実際、銀次の編集センスは群を抜いているし、メンバー同士の化学反応も数字に表れ始めている。着実な手応えは、決してフロックではない。
「そうそう! コメント欄だって『銀次くんの編集は神』って言葉で溢れてるんだから」
美月が我が事のように胸を張って加勢する。
「コラボ回から新規の層が流れ込んで、次の動画まで回遊してくれるルートがもう出来上がってるのよ」
「所詮、他人の褌を借りなきゃ数字も取れないってわけだろ? 可哀想に」
「……いちいち癪に障る野郎だな」
小馬鹿にした莉音の物言いに、現場の空気は一瞬で氷点下まで冷え込んだ。 東海が苛立たしげに眉根を寄せ、一歩前へ出ようとするのを、蓮と美月が慌てて制止する。
「まあまあ、落ち着いて、はるみん。相手にするだけ時間の無駄だよ」
「……分かってっけどよ……っ」
だが、火に油を注いだのは莉音ではなく、その隣の女だった。彼女は高飛車な視線を美月に固定し、獲物をいたぶるような笑みを深める。
「あなたね。弓弦くんの“オマケ”でオーディションに潜り込んだおチビさんは。一度お話ししてみたいと思っていたのよ。最近ずいぶん調子に乗っているみたいだけど――オマケはオマケらしく、分をわきまえて大人しくしていた方が身のためよ?」
「は……?」
「――ち、ちょっと待ってください!」
美月の額に青筋が浮かぶのと同時に、弓弦が二人の間に割って入った。
「あなた、女優のMISAさんですよね。僕の姉にそんな非礼な言い方は――」
「あら、何か間違ったことでも言ったかしら?」
MISAは勝ち誇ったように薄く笑い、残酷な真実を突きつける。
「草薙弓弦を獲得する条件として、あなたが『姉も一緒に合格させてほしい』と直談判した――そう聞いているけれど?」
「――っ」
その場の時間が止まった。 弓弦の参加条件が、姉の合格だった? 凍りついた沈黙の中、MISAは覗き込むように顔を寄せた。
「あら? 否定しないの? できないわよね。だって私、猿渡監督から直接聞いたもの。――ねぇ、そうでしょう? 草薙弓弦くん」
「そ、それは……」
弓弦の喉が小さく鳴り、視線が彷徨う。その動揺こそが、何よりの肯定だった。
「……なぁんだ。そう、だったんだ……」
美月の口から、糸が切れたような声が漏れた。泣き笑いのような、酷く歪んだ表情のまま、彼女の視線は宙を彷徨う。
「おかしいと思ってたの。こんな私が、獅子レンジャーみたいな大きなプロジェクトのヒロイン候補に残るなんて。ずっと、どうしてだろうって……」
沈黙が重くのしかかる。 東海は拳を血が滲むほど握りしめ、ナギは唇を噛んで美月の肩にそっと手を添えた。蓮もまた、かけるべき言葉が見つからず、一歩踏み出した足を止めてしまう。
「なぁに? 知らなかったの? あらあら、私ったら余計なことを言っちゃったかしら」
「……おい、MISA。そろそろ行くぞ」
「はぁい。じゃあね、皆さん。ごきげんよう」
莉音に促され、MISAは満足げにヒールを鳴らして去っていった。
「姉さ――」
「っ! アタシ、ちょっと飲み物買ってきていいかな!? みんな先に行ってて!」
「あっ、おい、美月……っ!」
張り詰めた空気を無理やり引き裂くように、美月は引きつった笑顔のまま駆け出した。
「……っ、俺、ちょっと見てくる!」
「わ、私も――」
「草薙くんが行ったら余計にこじれるだろ」
飛び出そうとした弓弦を、東海が鋭い眼光で制した。彼は小さく溜息をつき、美月が消えた廊下の先を見据えてから、「後はよろしく、オッサン」とだけ言い残して背を向けた。
「……よろしくと言われても、な」
「……大丈夫? 弓弦くん。さっきの話、本当なの……?」
雪之丞が、うなだれる弓弦の背にそっと手を置く。静かな、けれど逃げ場のない問いかけに、三人の視線が集まった。 弓弦はしばらく沈黙を守っていたが、やがて絞り出すように、かすかに頷いた。
「……今回のオファーが来たとき、姉さんが同じオーディションを受けているのを知っていました。これまで何十回も落ちて、部屋で一人で泣いている姉さんを、僕は見てきたんです。監督の部屋に呼ばれたとき、たまたま獅子ピンクのエントリーシートが目に入って……」
弓弦は言葉を切り、震える拳をさらに強く握りしめた。
「そんなことをしても、姉さんが喜ばないのは分かっていました。分かっていたのに……。姉さんは、素晴らしいものを持っているのに、正当に評価されていないのが悔しかった。だから、今回をチャンスにして、今まで姉さんを過小評価してきた奴らを見返してやりたかったんです……。だから……っ」
そこまで言うと、弓弦は唇を噛み締め、言葉を飲み込んだ。
「……ばかねぇ――」
背後から響いた、力のない声。 振り返ると、東海に伴われた美月が、眉を下げて弱々しく笑っていた。
「ばかゆづ。なんで最初から言ってくれなかったのよ」
「姉さん……。すみません。言ったら傷つけるって分かっていたから……どうしても……っ」
俯いたまま、大粒の涙を溜めて謝る弓弦を、美月はそっと抱き寄せた。
「たく、高校生がいっちょ前に気を遣うんじゃないわよ。……でも、経緯はどうあれ、あたしのための暴走だったんでしょ? 腹は立つけど、実際、今のステージに立てているのは、ゆづのおかげだもんね」
彼女は肩をすくめ、溜息まじりに弓弦の頭を撫でた。その横顔には、痛みを飲み込んだ強さがあった。
「ごめっ、なさ……ごめっ……」
ついに弓弦の瞳から涙が溢れ出した。普段の冷静沈着な姿は消え、そこにはただ、姉を想いすぎて空回った一人の少年がいた。
「ったく。ろくなことをしないな、あの監督は……」
蓮は深い溜息をつき、肩をすくめた。 下半身も緩ければ、口も軽い。社会人として、いや人間として、大切な秘密すら守れない男への嫌悪で、眉間に深い皺が寄った。