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放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵俱楽部への入口だ。
「今日も暇か?」
俺は大きなあくびをしながら書記担当のユミに確認する。
「一通だけ、手紙が届いていましたよ」
ほら、と見せてくれたのはピンク色の封筒だった。
「差出人は……ミイコ?」
「ミイコさんは、私たちの中学に在籍していた生徒です」
聞いたことがある名前だ。どこで聞いたのだろうか。
「ただ、今はこの世にいない、都市伝説としてのほうが有名でしょうか」
つまりは幽霊、そのような事実にユミは全く動揺していない。
「都市伝説、スバルさんは信じますか?」
じっと俺を見つめる瞳には、きらきらと光るグラスが反射している。
「信じるか信じないかじゃない、真実こそが正解なんだよ」
俺はそう言いながら、手に持っていたアイスコーヒー入りのグラスをテーブルに置いた。
「中身を確認したのか?」
「いえ、まだですが」
「二人が来てからにしよう、探偵業にはあの二人が不可欠だからな」
中学二年生の俺たちが探偵俱楽部を立ち上げてからもうすぐ一年が経とうとしている。
俺の祖父が経営している喫茶店、そこを拠点に身近な依頼を解決している。
推理担当の俺、スバルと、書記担当のユミ、残りの二人は捜査班だ。
まあ、主な仕事は迷子探しぐらいだけどな。
思い出に浸っているうちに、喫茶店の扉が開いた。
「よう、待たせたな」
調査担当のカイ、眼鏡を片手でくいっと上げ、俺に挨拶をする。後ろで束ねた髪が今日もうっとうしそうだ。
「私もいるよ!」
撮影担当のアスカ、いつもカイにべったりでよくしゃべる。機械のことなら何でも任せられる。
「やっとそろったな。今日は久々の依頼だぜ」
俺はユミから手紙を受け取り、封を開けた。
『探して』
手紙の内容はたったそれだけ。
「依頼、ではなさそうですね」
「いや、メッセージだ」
亡くなったミイコからの突然の手紙。それは俺たちに何か伝えたいことがあるからなんじゃないのか。
「何の接点もない僕たちに、どうしろって?」
「幽霊かあ、カメラに写るかな」
「幽霊なんて、そんな非論理的なことあり得ませんよ」
どうもこいつらは否定から入りたがる。
「俺たちは探偵だ。幽霊だろうが何だろうがこれは依頼なんだよ」
俺の赤髪が、夕日で余計に赤く染まる。
「俺の勘がそう言ってる、勘も推理のうちだからな!」
俺以外の三人はまたか、というように同時にため息をついた。
「で、私たちはどうすればよろしいですか、スバルさん」
「今日はひとまず解散、ユミはミイコについて少しでも多く詳細を調べてくれ。カイとアスカは明日の話し合い次第で調査に出てもらう。俺は言葉の意味と意図を考えてみるよ」
俺はアイスコーヒーを飲み干し、そう指示を出した。
翌日、喫茶店にて話し合い開始。
「ミイコさんは三年前、私たちの中学の三年生として在籍していました」
ユミはテーブルに資料を広げ、調べ上げた内容を発表していく。
「しかし、卒業間近にミイコさんはこの近くの海で、溺死体で発見されました」
場の空気が一瞬凍った。
「当時の記事には自殺として取り上げられているようです」
「学校側の対応は?」
「学校側に原因はないということで片付けられていますね」
彼女に何があったのか、まずはそこだろうな。
「やることは山積み、やりがいがありそうだ」
思わずにやけてしまった。
「スバル、僕たちにやってほしいこと、もう決まってるんだろう?」
「ああ、もちろんだ。カイには都市伝説の真偽について、ユミが用意した資料をもとに現生徒たちに聞き込みをお願いしたい」
「了解」
「アスカには死体発見現場周辺の撮影、聞き込みを頼むよ」
「了解!」
「ユミはちょっと俺に付き合ってくれ」
「わかりました」
それぞれが謎の解明へと動き出す。
さて、俺もやるとするか。
三年前、ミイコという一人の生徒が亡くなった。
そして都市伝説はそこから始まる。
夜に起こる数々の不可解な現象、その真偽はきっと重要になってくるはずだ。
彼女の死は自殺、とは限らないだろうな。
『探して』の意味、それは彼女自身のことではないのだろう。
死体は見つかっていて、事件は表面上は解決している。
これがもし他殺だとしたら、犯人? 証拠?
それともまた別の何かなのか。
「ユミ、このメモをまとめておいてくれ。用事ができた」
「正解が見えたのですか?」
「いや、可能性が増えたんだ。じゃあ、よろしくな」
俺は喫茶店を後にした。向かうところは原点だ。
「家に、何か用ですか?」
「君のお姉さん、ミイコさんにお線香を」
少女は涙をうかべて、優しく俺に微笑む。
「あなたみたいな子が、姉さんを覚えていてくれて嬉しいわ」
俺は軽く会釈をして家に上がった。
翌日、話し合い二回目。
「僕から発表しよう。たくさんあった噂の中で、実際に起こっていたのはたった二つだけだった」
ほとんどが噓、ということは、誰かが意図的に噓を混ぜた可能性が高い。
「それが、3ーAの教室から少女の泣き声、理科室からの物音だ」
調べるべき場所が定まった。ユミがホワイトボードにまとめていく。
「次は私! この海にはクラゲが多くて誰も入ろうとしないんだって。あと、発見者はたまたま海に遊びに来ていた観光客らしいけど、死体を発見するまでは誰もミイコちゃんの姿を見ていないみたい」
もしも自殺だとしたらそれはおかしい。あの海に寄るのは観光客より地元民のほうが多いはずだ。海に入るところを誰も見ていないとなると、見ていない間に突然死体が現れたことになる。
「二人ともありがとう、次はこの矛盾を消すために再度動いてもらう」
カイには噂と事件について先生への聞き込み、アスカには海につながっている川の撮影、ユミと俺は情報の整理、あとはもう一人協力してもらわないとな。
休日、昼の定食屋にて。
「今日もとんかつ定食?」
「お、スバルくんじゃないっすか。偶然っすねー」
この街の担当刑事、ミヤモトさん。日曜日の昼食はいつもこの定食屋のとんかつを食べにくる。グレーのスーツに赤いネクタイ、若干着崩れているところまでいつも通りだ。
「ほんと偶然。ところでさ、少しミヤモトさんに聞きたいことがあるんだけど」
「勉強っすかー? それならお父さんにでも……」
「三年前に女子中学生が自殺した事件、知ってる?」
ミヤモトさんは少しむせて、慌てて水を飲み干した。
「な、何を聞いてるんすか! また物騒な」
「その女の子がどんな状態だったのか知りたいんだよ。親父に聞いたって答えてくれないのなんか目に見えてる」
「はあ、僕だって君のお父さんと同じっすよ。守秘義務があるんだから答えられるわけないっす」
当然の答えだ。それならこっちにだって考えがある。ただ確認したいことがあるだけなんだ。
「じゃあ俺が当ててみようか」
「き、きみが?」
「その少女、ミイコさんは海岸でずぶ濡れの制服姿で発見された」
ミヤモトさんの目が泳ぐ。
「死因は溺死、その姿は傷一つない綺麗な状態だったんじゃない?」
「ど、どうしてそれを……」
「ミヤモトさん、何か引っかかることがあるなら俺に資料を見せてほしい」
明らかに動揺しているミヤモトさんに、俺は追い打ちをかける。
「俺を信じて。今からでも遅くはないはずだ」
賑やかな定食屋で、俺たちの間にだけ静寂が走る。
「スバルくん、君は一体……」
「俺は依頼をこなす、ただの推理好きの中学生だ。じゃあ明日、いつもの喫茶店で待ってるよ」
それだけ言い残すと、俺は定食屋を後にした。店を出る前少しだけ振り返ると、ミヤモトさんは完食した皿を見つめ、考え込んでいた。
翌日、放課後の話し合い三回目。
「はい! 写真撮ってきたよ! 川と海の写真、何に使うの?」
アスカから写真を受け取り、ユミがホワイトボードに張り付けていく。
「この写真のおかげではっきりしたよ、ありがとうアスカ」
「わかんないけど、役に立って何より!」
アスカは満足した様子でオレンジジュースを飲み始めた。
「僕もすべての先生に聞き込みしたよ。でも、事件については首突っ込むなって怒られちゃって、噂に関しても生徒と同じようなことばかりだし、ネットの声を鵜吞みにするなって言われたし……」
カイの言葉に少し引っかかった。
「その言葉、誰が言ってた?」
「え?」
「ネットの声を鵜吞みにするなって誰の言葉?」
「理科の教科担任の……」
ビンゴだ。真実への道は開かれた。
「謎は解けた」
カイとアスカはすごく驚いて開いた口が塞がらないみたいで、ユミは顔色一つ変えない。
「ここからは俺の番だ」
解散後、俺は窓から差し込む夕日に照らされながら、一人でアイスコーヒーを嗜んでいた。
「おじゃましまーす」
待ち望んでいた人がやってきた。
「来ると思ってたよ、ミヤモトさん」
ミヤモトさんは照れ隠しのように髪をいじる。
「頼まれていた資料、持ってきたっすよ」
「ありがとう」
「くれぐれも内密に、っすよ?」
「もちろん。それと、もう一つだけ頼まれてくれないかな」
そう言うと、ミヤモトさんは目を真ん丸にして固まっていた。
翌日、放課後の理科室。
ここには俺ともう一人、向かい合わせで立っていた。
「ミイコの噂、知ってますか?」
「呼び出して何を言い出すかと思えば、くだらない噂話か」
「あなたにとっては噂じゃ済まないでしょ、理科の教科担任、キリシマ先生」
先生は余裕の笑みで答える。
「どういう意味だね」
「噂の内容、よくご存じのはずですよね。3-Aと理科室の異変」
「私に何の関係が?」
「三年前の3-Aの担任である理科の教科担任、関係だらけだ」
一瞬口をつぐむ先生。反応はまずまずだ。
「俺の推理、聞いてくれますよね?」
「時間の無駄だ」
理科室の出入口に向かう先生に、俺は躊躇なく話し始める。
「当時の3-Aにはいじめがあった。その標的だったミイコさんは担任であるあなたに何度も相談した」
「そんな話は知らない」
「知らないはずがない、だって彼女は先生にここで殺害されたんだから」
先生の動きが止まる。そして静かに振り向いた。
「戯言も大概にしなさい」
笑顔の裏に怒りが見える。
「いじめの事実を隠したかった先生はミイコさんを水槽で溺死させ、海岸まで運んで後から死体に海水をかけた」
「彼女の死は自殺だ。海に身を投げてね」
「死体は傷一つなかった、でも自殺だとしたらそれはおかしいんだよ。あの海には大量のクラゲと無数の岩があるんだから。川も同様にね」
先生の拳が少しずつ握られていく。
「あの海岸は夕方6時以降進入禁止だから誰もいなくなる、それを知っているのは地元民ぐらいだ。死体発見は夜7時半、監視カメラもないから人がいない時間帯に運んできて偽装工作をするのは容易。だから何も知らない観光客が発見者になった」
もうそろそろ、潮時だろうか。
「まだまだあるよ。海で発見されたのに死体から淡水が検出されたり、死体の背中にはあまり海水が付着していなかったり、傷一つないどころか砂すら付いていない。他には……」
「もういい!」
先生は大声で俺の推理を制止した。
「ネットにデマの噂を大量に流したのも先生でしょ」
「ああ、そうだ。くだらない心霊現象で他に感づかれては困るからね、念の為だよ」
ため息をついた先生は、今度は俺の方へと近づいてくる。
「いじめいじめとうるさいものだ、馴染めていないだけで被害者ヅラする、無視されるやら物を壊されるやら、鬱陶しいったらありゃしない。だから殺した、その方が早いだろう?」
先生は俺の肩に手を置いて、それをゆっくりと俺の首にまわす。
「さあ、あの世で彼女に正解を聞くといい」
そう来ると思ったよ、俺だってバカじゃない。
「ミヤモトさん! 今だ!」
俺の声と同時にドアが開く。ミヤモトさんが先生を取り押さえ、俺はその場に座り込んだ。
終わったんだ、真実を見つける推理が。
その後、キリシマ先生は現行犯逮捕され、俺が録音していた証拠が決定打となった。
俺はいつもの喫茶店で仲間たちと話していた。
「あの世からの依頼、無事解決ってことかな」
「何言ってんだよカイ、この依頼はこの世のもんだぞ?」
「え、だって亡くなったミイコさんから……」
「差出人はミイコさんの妹さんだ」
三人が一斉に俺の方を向く。
「あれ、言ってなかったっけ」
三人は同じようにため息をついた。
また一人で喫茶店に残っていた俺のもとに、聞き馴染みのある声が届く。
「探偵ごっこは楽しかったか?」
「親父こそ、警察ごっこは楽しい?」
口はきいても、お互い目は合わせない。
「あまり勝手なことをするなよ」
それだけ言って、親父は行ってしまった。
探偵倶楽部はまだ終わらない。