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授業が終わった一ノ瀬は、その足で保健室へと向かった。
ドアを開ければ、そこには頼れる2人の人物の姿。
中にいる先生コンビを前に、彼は言葉を探すように視線を宙に向ける。
そんな生徒の心中を察し、無陀野は自分の前に座るよう促した。
「眠れてるか?」
「え?まぁ普通に…あーいや…ごめん嘘。あんまり…」
「初めて人を殺した時は誰でも引きずる。何もおかしなことじゃない」
「そうそう。それにあの所長、かなりヤバい奴だったわけだし。結果的に四季君のおかげでもう被害者は出ないって考えれば…」
大人組から前向きな言葉をかけられても、若人の顔は晴れない。
どれだけ自分の行動を正当化しても、”人を殺した”という事実は変わらないと…
目を閉じるとあの時の光景や感触が蘇り、心が不安定になる日が続いていた。
“自分の決断が間違ってなかったという確証が欲しい”
そう呟く一ノ瀬に対し、無陀野は静かに言葉を紡ぐ。
「残念だが”間違ってない確証”なんかないんだ。争いがそもそも間違ってることだからな。
それでも戦場に出て命を奪う覚悟あるなら、奪われる覚悟も持たないといけない。 お前が殺した所長も持ってたはずだ。たとえ覚悟なく鬼を殺しててもだ。 お前は言ったな?鬼も笑って過ごせるようにしたいと。その夢には困難が山ほどある。 誰かの返り血を浴びなきゃいけない時もある。お前は今回それを体感したんだ。 それを踏まえてどう生きるのか?それに関してはまだ真っ白なキャンバスのままだ。 好きな色を塗ればいい。筆を置くことだってできる。決めるのはお前だ」
「…そうだな…もう少し考えるわ…」
「眠剤出すよ」
「あぁ…さんきゅ」
そう言って席を立つ一ノ瀬。
だがドアの方へ向かいかけた足を今一度止めて、夕日に照らされる室内を振り返る。
「…鳴海って、今回のこと知ってんだっけ?」
「情報は常に共有してるからな」
「…何か、言ってた…?俺の、こと…」
「距離を置くべきかどうか迷っていた」
「そっか…やっぱそうだよな…」
「自分の顔を見たら、お前があの時のことを思い出してツラくなるだろうからと」
「えっ」
「命を救う役目の自分といたら、お前に精神的苦痛を与えてしまうかもしれない…鳴海はそう考えてる」
「鳴海といて嫌な思いしたことなんか一度もない!…むしろ逆だろ。鳴海と…どう接したらいいか、分かんねぇんだよ…」
「あいつはお前にとって天使なんじゃなかったのか?」
「そうだよ天使だ…天使だから!…人を殺した俺が…甘えていい子じゃない」
一ノ瀬は俯いたまま、手をグッと握り締める。
鳴海とどう接したらいいか分からない。
それは少し前の自分からしたら、信じられないような心境だろう。
辺りが静寂に包まれる中、最初に声を発したのは、今まで会話に入って来なかった花魁坂であった。
その声はいつもの朗らかなものではなく、恐怖を感じるぐらいの冷たさを帯びていた。
「…四季君が思うなるちゃんって、そういう子なの?」
「!」
「あの時君がどういう気持ちだったか、あの出来事が君の心にどれだけ暗い影を落としてるか…そういうのが1つも分からない子?」
「違っ…!」
「”人を殺した”っていう事実だけを受け止めて君を避けるような、短絡的な思考しか持たない子だと思ってるの?」
「違う!そんなこと思ってねぇ!鳴海は…めちゃくちゃ優しくて、俺が欲しい言葉を、たくさんくれる… しんどい時は傍にいてくれて、話も聞いてくれて…鳴海の笑顔に、何度も救われてる」
「な~んだ、ちゃんと分かってるじゃん!…だったら鳴海への想いとか行動とか、変える必要ないんじゃない?」
「…うん」
鳴海の話題で少し元の調子を取り戻したかと思ったが、やはりまだ一ノ瀬の表情は浮かない。
下を向いたまま保健室を出て行った彼を、無陀野と花魁坂は見守るしかなかった。
一ノ瀬が完全に出て行ってから、花魁坂はベッド周りにかかっているカーテンを開ける。
そこには同期の言葉を静かに聞いていた皇后崎の姿があった。
「なんで隠れたの?四季君の様子がおかしいって、最初に教えにきてくれたのに」
「俺がいたら吐き出せるもんも吐き出せねぇだろ」
「優しいね。支えてあげてね」
「俺があいつを?そんなやわじゃねぇだろ」
素っ気ないながらも優しさを感じる言動に、花魁坂は少し笑みを見せた。
若者たちが出て行った保健室は、途端に静かになる。
花魁坂の声は、その静寂を壊さないような低く小さなものだった。
「…まぁ戦う鬼なら誰もが通る道とはいえ、やりきれないねぇ」
「これは俺たちの罪だ」
「え?」
「俺たちの代で戦争に終止符を打ててれば、若い世代が手を汚す必要はなかった。これを罪と呼ばないなら一体何だ?」
「優しいな……あんまり優しくなり過ぎないでくれよ…悲しくなるからさ」
丸椅子に座ったまま俯く同期の姿に、花魁坂は心配そうな表情を向ける。
分かりやすく表に出ないが、無陀野はとても優しく仲間思いだ。
担任という立場になった今、以前よりもさらに抱えているものは増えただろう。
最強と言われるほどの強さを持つ彼。だが少しでもバランスが崩れれば…
また静寂が辺りを包み始めた頃、不意に保健室の扉がガラッと開く。
その人物はゆっくりとした速さでで中へ入って来ると悲しそうな、しかし強さを持った声で言葉を発した。
「2人のせいじゃないよ」
「「!」」
「もっと前の世代が戦争を終わらせてたら、今がツラい思いすることもなかった…。オレらが背負うのはなんかおかしーじゃん?」
「…聞いてたのか、今の話」
「聞いたってゆーか聞こえちゃった、的な?」
「いや、そこはいい。俺たちが話していることで、お前が聞いちゃいけないことは何もない」
「そうじゃなくてね、今の話を聞かせちゃってごめんねってこと」
「え?」
「お前は今年から隊長に任命されただろ?忙しいのに知らなくていいことまで耳に入る。その結果、余計な心労がかかるだろ」
「えーん。だのちんやさぴぃ🥺」
「ふふっ。イナッチは優しいね。でも教師側俺たちと生徒側四季君たちの間に挟まれることで、いろいろ悩ませたくないんだ」
「……2人とも優しーねぇ。そんでにーちゃんも。後輩のことを大切に思うのめちゃかっこいいよ。でも… それでいろいろ抱え過ぎて、ボロボロになっちゃったら…悲しーし、ツラい… 背負うもんはさ分けて欲しーわけよ。オレらと後輩ちゃんの代で全部終わらせちゃおーぜ?」
力強い言葉と眼差しを受け、2人は阿吽の呼吸で目線を交わす。
目の前の同期に対して思っていることは、2人とも同じようだ。
「ありがとう。今のお前の言葉で、俺と京夜がどれだけ救われたか分かるか?」
「イナッチが俺たちのことを想って言ってくれた言葉全部…すごく嬉しかった。泣きそうになっちゃったよ」
「きょーやちん…」
「お前の言葉には温度がある。一体誰に似たんだか…」
「ダノッチ…」
「全部終わらせよう…この世代で」
「! おう!」
明るい笑顔を見せる鳴和に、大人組もそれぞれ口元を緩める。
花魁坂はポンと優しく大那の頭に手を置くと、そのままその手を肩に回した。
「まっすーとなるちゃんに続き、また手のかかる人が増えたけど許してね?」
「元問題児に任せんしゃーい!」
「俺はお前ほど手はかからない」
「どうだか~あんまりなるちゃんを困らせるようなことしちゃダメだよ?」
「そのまま返す」
普段の彼らとは違う幼いやり取りに、鳴和は兄がいい仲間に恵まれたのだと実感した。
そうしてしばらく他愛のない会話をしていた3人だったが、ふと思い出したように花魁坂が口を開いた。
「そういえば、ダノッチも明日杉並行くんでしょ?」
「あぁ」
「重傷者の治療は済ませて戻って来たけど…また行くのは気が重いなぁ~」
「苦労をかけたな。今日戻ったばかりなのに」
「仕方ないよ。急なことだったし」
「澄ちんも頑張ってるみたいよ?」
「だね。でもまさか杉並区が桃に落とされるなんてね」
花魁坂のその言葉に、大那と無陀野が頷きを返した直後…
またも保健室のドアが勢いよく開けられる。
焦ったように入って来たのは、遠野の後輩である遊摺部であった。
「杉並が…陥落したって本当ですか…?」
「あぁ…だから俺とダノッチは、明日杉並に行くんだ」
「僕らは…僕らは行かないんですか…?」
「人手不足で力は借りたいけど、華厳の滝からまだ3日だし…」
「行かせてください…!杉並には…妹が…妹がいるんです…!」
「「!?」」
「お願いします…!連れてってください!」
「ダノッチ…」「だのちん…」
「遊摺部、今すぐ皆を教室に集めろ。明日のことについて話す」
「すみません…ありがとうございます!」
不安から目に涙を浮かべた遊摺部は、そう言って保健室を飛び出して行った。
こうして羅刹1年生は杉並の地へ向かうことになるのだった。