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#芸能
放課後の理科準備室は、埃のダンスと薬品の匂いが混ざり合う、僕たちの聖域だった。「なあ、ハル。もしこのまま、世界が止まったらどうする?」
窓枠に腰掛けた透が、逆光の中で笑う。透の髪は夕陽を透かして、名前の通り透明に輝いていた。彼は学校中の人気者で、僕はその影に隠れるように生きている地味な生徒。本来なら、交わるはずのない二人だった。
僕、ハルは、手元にある古いビーカーを拭きながら答える。
「……止まらないよ。あと十分もすれば、下校のチャイムが鳴る」
「ハルはいつも現実的だな」
透がふわりと飛び降り、僕の背後から腕を回した。首筋に触れる彼の体温だけが、僕にとっての唯一の真実だった。
歪みはじめる境界
透の家は、地元でも有名な名家だ。期待、重圧、敷かれたレール。彼の腕にある、時折増える不自然な痣を、僕は知っている。そして僕もまた、彼という光がいなければ息ができないほど、彼に依存していた。
「卒業したら、俺、あの家を継がなきゃいけない。……ハルとはもう会えなくなる」
透の言葉は、冷たい宣告だった。
「嫌だ」
僕は初めて、自分の意志を口にした。
「離れたくない。透がいない世界なんて、ただの空白と同じだ」
透は悲しそうに、でもどこか嬉しそうに目を細めた。
「……じゃあ、一緒に壊れる?」
永遠の静寂
冬の終わりの屋上。フェンスを越えた先には、灰色の街並みが広がっている。
チャイムが鳴り響く中、僕たちは手をつないだ。
「怖い?」
透が尋ねる。
「ううん。透と同じ場所に行けるなら、どこでもいい」
僕たちは知っている。このまま大人になれば、僕たちの関係は「若気の至り」として処理され、透は誰かと結婚し、僕は彼を遠くから眺めるだけの存在になる。そんな未来を迎えるくらいなら、一番美しい今のままで、誰にも邪魔されない場所に閉じ込めてしまいたかった。
「せーの、で飛ぼう。そうすれば、ずっと一緒だ」
透の握る力が強くなる。僕たちは視線を交わし、同時に一歩を踏み出した。
浮遊感。
一瞬だけ見えた空は、驚くほど青かった。
地面に叩きつけられる恐怖よりも、これで誰にも引き裂かれないという全能感が、僕の胸を支配した。
「愛してるよ、ハル」
「僕も、透」
落ちていく視界の中で、二人の影は一つに重なった。
明日から、僕たちの名前は「悲劇のニュース」として語り継がれるだろう。けれど、僕たちにとっては、これが唯一の、そして最高のハッピーエンドだった。