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ヒムロは特別なドライブテクニックを持っていたわけではない。しかしドラゴンの群れに追われているという極限の状況が集中を生み、およそ二十分を逃げ切ってみせた。
しかしその場凌ぎの運転は車両に負担を与え続けた。
そして逗子インターチェンジ付近で遂に限界が訪れる。幌トラックの右前輪が外れたのだ。左に向かう緩やかなカーブの途中であったこともあり、バランスを崩した幌トラックは横転する。時速百キロで走る車両が起こす事故の被害は凄まじい。
「ぐっ……何が起こった」
幌トラックは大きくひしゃげ、見るも無残な姿となっている。
また周りには誰も倒れていない。
(皆はまだトラックの中か? くそ、頭痛ぇ)
シオンは幌から弾き出され、地面に強く打ち付けられた。しかしこれで死なないのがドラゴンスレイヤーである。ドラゴンの一撃すら耐える耐久力がなければ竜殺しなどできるわけがない。
「……左腕がやられた」
凄まじい耐久力とはいえ、着地の寸前に左手で受け身を取ったのがいけなかった。そうでなければこの程度の傷で済まなかったと思われるが、腕の骨折は現状において最悪だった。不幸中の幸いか、複雑骨折というわけでもない。痛みに耐えつつ、自然治癒を待つ。
四体の小型ドラゴン、一体の中型ドラゴンが次々と降り立つ。
シオンはすぐに周囲を見渡し、アーシャの姿を探した。ドラゴンスレイヤーはともかく、アーシャはただの実験体だ。これほどの衝撃ではどれほどの怪我を負っているか分からない。
(探す暇もないか)
しかしまずは目の前のドラゴンたちだ。
刀を抜いて慎重に待つ。戦力はドラゴンの方が上で、なおかつ正面戦闘を強いられている。攻め込めば背後を突かれ、喰われかねない。
(せめて腕が回復するまで時間稼ぎがいる)
ドラゴンの鱗は片手で貫けるほど甘くない。また安定しないので力が左右にぶれてしまい、刃が折れる原因にもなる。
そして五体のドラゴンの中で一際目立つ中型が問題だ。
一般には十メートル以上、五十メートル未満と定義をされる。だが同じ中型ドラゴンでも大きさによって脅威度は変化する。四体の小型ドラゴンを率いるこの中型ドラゴンは四十メートル級であり、中型としては最高峰だ。
「オオオオオオオオ……」
中型ドラゴンの低く響く唸り声が合図となった。
まずはシオンに一番近い、右後ろの小型ドラゴンが牙を剥く。一口で飲み込もうとするその攻撃に対し、シオンは体を捻りつつ跳んで躱す。そのまま小型ドラゴンの首に着地し、また跳んで背に移った。シオンはその際に竜殺しの赤い刃を振るい、片翼を削ぐ。
翼を支える骨格部を切り裂かれたが空気を受け止める被膜部分は繋がっている。そのため翼が切り落とされることはなかった。しかし再生しない限り、空を飛ぶことはできないだろう。
怒り狂ったように小型ドラゴンは暴れたが、もうその時にシオンは背中から逃げていた。続いて壊れた幌トラックを叩き潰そうとしている二体の小型ドラゴンに狙いを定める。
(そっちはさせない!)
小型ドラゴンの背中から跳んだシオンは、トラックを狙う二体に上から奇襲を仕掛ける。まずは片方の頭部を踏みつけ、踏み込むことで自らの体をもう片方の小型ドラゴンに飛ばす。踏まれた小型ドラゴンはバランスを崩し、シオンは勢いを取り戻した。
その勢いの付いたままに、ドラゴンの右目を貫く。
赤い竜鱗に覆われていない部分はドラゴンであっても比較的柔らかい。シオンの刀はその半分ほどまで埋まった。
「ギャアッ!?」
さらに突き刺した小型ドラゴンの頭部を踏み台として、刃を抜きつつもう片方に再度跳ぶ。もう片方は体勢を立て直したばかりだったが、シオンの追撃で同じように片目を貫かれた。
二体のドラゴンから血飛沫のようにデミオンが噴出する。
(ドラゴンの感知方法は視覚と聴覚。これで多少は時間を稼げる)
多数のドラゴンを相手にするとき、目を攻撃するのは有効な戦術である。小さな部位なので難度は高いが、今回は上手く不意打ちが決まった。シオンの時間稼ぎが功を奏したのか、ヒムロとハルが車から這い出る。氷花も気を失ったアーシャを背負って荷台から現れた。
彼女はアーシャを横たえさせ、すぐに駆け寄ってくる。
「ッ! 加勢します」
「竜がこんなに……」
「目に傷のある奴らはヒムロとハルで抑えて! 私が他の小型二体を相手する。中型をお願いするわ、如月シオン!」
ヒムロとハルはそれぞれ刀を抜き、背中合わせになって構える。二人は事故の衝撃から早くも復帰している様子である。シオンが見ると潰れた車の運転席から白い風船のようなものが見えた。エアバッグのお蔭でダメージが最小限で済んだらしい。
一方で荷台に乗っていた氷花とアーシャは重傷らしい。気絶しているアーシャは分からないが、氷花は片足を引きずっていた。
それでも、これほどの大事故で死者がいないことは奇跡だ。だが、まだ一人無事が確認できていない。
「セリカはどうした」
「分からないの。気付いた時にはこの子しかいなくて。どこかに放り出されたのかもしれない」
「俺みたいにか。お前はその足で二体、いけるのか?」
「そっちこそ片腕で中型いけるの?」
「やるしかないだろ」
ドラゴンスレイヤーの代謝能力ならば骨折すら間もなく回復する。中型ドラゴンは強敵なので、両手が使えなければ討伐は難しい。片足が折れた氷花も同じだ。
小型二体と中型一体を相手にそれぞれどうにか凌がなければならない。
「とにかく諦めるな!」
そう叫ぶシオンを脅威と見た中型ドラゴンは、まず巨体で押し潰そうとする。
「冗談だろ!?」
四十メートルを超えるドラゴンはその巨体が武器となる。シオンは痛む体に鞭打って全力で走り、驚異的なのしかかりを回避した。
破砕音と共にアスファルトが割れ、ガードレールが潰れる。
そのまま中型ドラゴンは暴れまわった。叩きつけられた爪は大地を破壊し、振り回される尾が高架を破壊する。翼を広げるだけで暴風が過ぎ去り、一瞬とはいえ雨が吹き飛ばされた。
また警戒するべきは中型ドラゴンだけではない。四体の小型ドラゴンもいる。
(手傷を負わせた小型が二体。それでもドラゴンと一対一は新人に荷が重い。氷花も水鈴姉さんの妹だけあって天才だ。でも小型二体を片足で相手するのはきついはず。俺が先に状況を動かさないと)
ヒムロとハルは竜殺一族といえど、ドラゴンスレイヤーとしてはまだ下に位置する実力だ。単独では正面から小型ドラゴンと戦う経験もない。それでも二人で二体を相手にできるのは、片目を負傷していることが大きな要因となっている。
シオンたちにとっての利点は雨が音を消してくれることだろう。
ドラゴンほどの巨体ならば姿も音も隠せないが、人間の出す程度の音ならば雨音が掻き消してくれる。狙うべきは死角。乱戦の中でも不意打ちはできる。
(この土埃に紛れる)
中型ドラゴンが暴れることで生じた土煙の中に身を投じ、ドラゴンの感知から逃れる。巨大なドラゴンならは隠れようがないが、人間ならば全身が隠れる。
人間の矮小さは大きなハンデにもなるし、上手く使えば武器にもなる。
不意打ちと暗殺こそキサラギのドラゴンスレイヤーが編み出した対ドラゴン戦術だ。シオンは土煙に紛れ、中型の心臓を狙って突いた。
赤い刃がドラゴンの鱗を突き破り、その首の付け根に刺さる。しかし左腕が使えないため、心臓までは届かない。刃は途中で止まってしまった。
(ダメか)
シオンは力づくで刃を押し込むようなことはせず、引き抜いて逃げる。無理に力を込めればまた刀が折れてしまう。
また土煙に身を隠した。
(そろそろ左腕も動かせる。もう少しか)
既に痛みは引き、腕も動かせるようになった。骨がほぼ接着した証拠だ。一分以内に完治することだろう。
中型ドラゴンは今もその身を回転させて暴れまわり、周囲に破壊を振りまいている。そして小型ドラゴンは巻き込まれることを恐れてか、距離を取っている。自然と分断できて、今はありがたい。だが一方ですぐに三〇八小隊の救援にも行けない。
(新人たちがまずい。何とか手助けしてやらないと)
シオンの立ち回りは薄氷の上を歩くような危険なものだ。中型ドラゴンを引き付けるため、鬱陶しく振る舞わなければならないのだ。暴れまわる中型ドラゴンの予測不能な動きを見て躱し、可能ならば小型ドラゴンを仕留めなければならない。
そしてこのような乱戦において有効な戦術をシオンは知っている。
(中型と小型を同士討ちさせれば……付け入る隙があるとすればそこだ)
中型は怒り、咆哮している。
噛み砕き、爪で引き裂こうとする中型ドラゴンはシオンを追い始めた。それこそシオンの思う壺である。その牙と爪は小型ドラゴンと比較にならないほど驚異的だ。巨体は暴風を生み、僅かに触れるだけでも大怪我は必至である。
「氷花! こっちに引き付けろ!」
「ッ! そういうことね」
六道家が開発する対竜戦術の一つ。
ドラゴンとドラゴンをぶつけて消耗させる。氷花は理解し、すぐにシオンの策に乗った。中型はシオンを追い、小型二体は氷花を追う。
羽虫のように鬱陶しく振舞い、視野を狭めさせ、そしてついに三体をぶつけることに成功した。
「オオオオオオオオッ!」
「ギャッ!?」
「オオオオオ! オオオオオ!」
唸る中型は邪魔をするなとばかりに小型たちを叩き潰す。徹底的に殴られ、尾で潰され、牙で噛み砕かれ、小型ドラゴンはあっという間に力尽きた。
中型と小型の間には隔絶した差がある。
ましてこの中型ドラゴンは間もなく大型になるであろう大きさだ。小型ドラゴンなど瞬時に喰われてしまう。吼えた中型は力尽きた小型たちの首を噛み砕き、そのコアを捕食する。ドラゴンは共食いすることでも力を高め、巨大化する。主に人を喰らうが、同じドラゴンも喰らうのだ。
(今後のことを考えれば中型に喰わせるのは不味いけど……今はこれしかない)
中型ドラゴンの捕食行動を横目に、もう一つの戦場に目を向ける。
目を負傷した二体の小型を相手にしているヒムロとハルである。
「あ! 二人とも!」
丁度その瞬間、小型の尾が二人を巻き込むように薙ぎ払われた。ヒムロとハルは宙を舞い、それを目の当たりにした氷花が悲鳴を上げる。
もう片方の小型が二人に迫り、牙を剥こうとしていた。
(この距離、間に合わない)
無理だ。
絶対に間に合わない。
そう叫ぶ心が判断を迷わせ、シオンの動きを止めてしまう。対照的に氷花はアスファルトが砕けるほどの勢いで飛び出すも、やはり届かない。
今まさに、小型はヒムロの方を喰らおうとしている。だがそこに、赤い斬撃が奔った。
「はあああああああああああ!」
こんな雄叫びを上げ、竜殺の刃を振り下ろしたのはセリカだった。この一撃が小型の下顎を切り飛ばし、更に踏み込んだ彼女によって心臓を射抜かれる。
「最高よセリカ!」
そして間に合った氷花。
彼女はもう片方の小型ドラゴンへに標的を切り替え、背中から心臓を貫いた。気を取られていた小型は完全に不意を打たれ、あっさりと死に至る。
また死を目前にしてたヒムロは泣きそうな顔でセリカに呼びかけた。
「君も無事だったんだね!」
「お陰様でね」
「ってセリカ! すごい怪我じゃないか」
全身血塗れ、と言っても過言ではないくらいの状態だ。額からも流血しており、顎を伝って滴っている。手足も擦り傷だらけで、衣装も所々破けていた。
慌ててハルが駆け寄り、座らせて応急処置を始めようとする。だがすぐにシオンが叫びつつ駆け寄ってきた。
「早くそこから離れろ!」
まだ脅威が残っている中、新人たちは目の前の脅威を片付けたことで油断してしまった。だから勢いよく迫る中型ドラゴンに気付けなかったのだ。
そして身に迫る危険を察知したときにはもう遅く、彼らは動けない。
(間に合え!)
間一髪でヒムロとハルをシオンが、セリカを氷花が救出する。また中型の狙いは油断した新人たちではなく、彼らが倒した小型の方だった。
それでも五十メートルに迫ろうかという巨体は凶器となり得る。
もしも間に合わなければ三人とも押し潰されていた。
しかし脅威は止まらない。
「やられた。あの中型……死んだ竜からもコアを捕食している。もう知能が大型レベルだ」
中型は赤い粒子となって昇華しつつある小型たちを捕食し、デミオンを取り込み始めたのだ。
ドラゴンはデミオンを取り込むことでコアに貯蓄し、その身体を巨大化させる。そして大きなドラゴンであるほど知能も高い。
「氷花! 今の内に隠れるぞ! あんなのと戦えるか!」
「う、うん。皆、瓦礫に影に隠れよう!」
「俺はアーシャを連れてくる。先に隠れてろ」
既に大型寸前だった中型ドラゴンは、四体の小型ドラゴンを捕食し取り込んだことで更に巨大化している。コアが成長し、それに合わせて体躯も膨れ上がった。
鱗はより硬く、牙はより鋭く、そして運動性能はさらに高く。
まさしく進化の途中だ。
(冗談じゃないぞ。車も失って、こんなとこで大型なんて)
シオンは横転した車の傍に寝かされているアーシャを回収し、背負う。
「オオオオオッ!」
だがその瞬間、大型へと成長したドラゴンは翼を広げ、咆哮し、力いっぱい羽ばたいた。
五十メートルを超えた巨体が宙に浮き、大雨すら吹き飛ばす暴風が吹き荒れる。
「あっ……」
アーシャを背負ったまま、シオンは吹き飛ばされた。