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Side 果歩
「お父様もやっとわかってくれたんだわ」
父からの呼び出しに、わたしは車を走らせた。
預金も底をつき始め、これからの生活が危ぶまれていたこのタイミング。
やっぱり一人娘のわたしが、可愛いはずだ。
いい加減、父の怒りも解けて、止められていたおこづかいをもらえると、信じて疑わなかった。
市内の小高い丘の上に立つ、テニスコート付きの大きな洋館は自慢の家だ。
高級車の並んだガレージの一角に愛車を停め、降り立った。
玄関に入ると、お手伝いの藤崎さんが出迎えてくれる。
うやうやしく、頭を下げられると自尊心が満たされた。
「お嬢様、お久しぶりです。旦那様がお待ちになっております」
わたしは、頷き廊下の奥へと進んだ。
書斎のドアの前に立つと少し緊張する。
この家では、父は絶対的な存在で、わたしは逆らえずにいた。
「お父様、果歩です」と声を掛け扉を開いた。
大きなオーク材の机の向こう、本革のビジネスチェアに座る父は、少し見ない間に老け込んだ気がした。
「果歩……。お前、少しは頭が冷えたか」
「お父様、……このままだと生活が立ちゆきません。助けてください」
わたしは必死で助けを求めたが、父の顔色がサッと変わった。
しまった、返事を間違えた。
そう思った瞬間、怒声が飛ぶ。
「ばかもん。まだ、自分のやった事がわからないのか!このままだと、大変なことになるぞ。お前がケガをさせた相手に、いいから謝れ」
|あの女《美緒》に謝る?
父の言葉に、イラッとして顔が引きつる。
「今日、警察に居る知り合いから聞いた話だが、果歩、お前はケガを負わせた女性から、訴えられたようだ」
父から発せられた言葉が、一瞬理解できなかった。
「えっ⁉ わたしが、訴えられた?どういうこと?」
聞き返したわたしに、父はイライラと頭をかきながら、大きな声をだした。
「だから、お前が突き飛ばしてケガをさせたからだろ!立派な傷害事件だ。野々宮の家から犯罪者を出すなんて、みっともない事をしてくれたもんだ!」
傷害事件の犯罪者。
意外過ぎるワードに、わたしは動けずに固まってしまう。
気に食わない美緒の背中をただ押しただけ。
その上、大げさに入院なんてして、逆に嫌がらせをされた気分だった。
それが、こんな大ごとになるなんて……。
「これで、立派な離婚理由が出来て、成明との離婚も確定になったな。この先の事も考えると犯罪者なんて外聞が悪すぎる。せめて、示談に持っていくしかない。慰謝料として、300万、いや500万用意してやる。だから謝って、示談をもぎ取ってこい!」
父から提示された金額の500万円。
それがあれば、こんな惨めな暮らしをしなくてもいい。
なのに|あの女《美緒》にみすみす差し出すなんて……。
「わたしだって、生活に困っているのに……。なんで……」
と言いかけた途端、父の怒声が飛ぶ。
「我が儘もいい加減にしろ!謝罪が出来ないなら、お前を、心神耗弱の病人として精神科に入院させる」
緑原総合病院の精神科の病室が、どんな状態なのか知っている。
部屋からは自由に出れず、他の入院患者の叫び声が聞こえてくる。
入ったら最後、本当の病人になってしまいそう。
父の言う事はいつも一方的で、その上、高圧的だ。
わたしの進学先も医療系でないと認めてくれなかったし、結婚相手だって、医者である事が絶対だった。
わたしの意思などお構いなしだ。
これまで、たくさんの不満はあったけど、緑原総合病院の一人娘として、仕方ないと受け入れてきた。
贅沢な暮らしのために、これまで父に従ってきた。
けれど、今みたいに何の援助もしてくれないなら、従う理由はない。
「精神科に入院だなんて、冗談じゃない!わたしは、正常よ。入院なんて絶対にしないわ!」
ヒステリックに大きな声を上げた。
わたしの反抗的な態度に父は、顔を真っ赤にして、ワナワナと震えている。
そして、机をバンと叩き、椅子から立ち上がった。
「ばかもん!いい加減にしろ‼」
「いい加減にするのは、お父様の方よ。わたしは、人形じゃない!」
思いっきり叫ぶと、踵を返して、父の元から逃げ出した。
だけど、逃げ出したそばから後悔が押し寄せる。
この先、どうやって生活をすればいいのか……。
父に従って生きて行けば、思い通りにならくても、贅沢な暮らしが保証されている。
なんで、こんな思いをしなければならないのか。
どんどん状況が悪くなっている。
どうにか、マンションまで戻って来た。
片付ける人がいない部屋は、物が散乱していて、余計に気持ちが落ち込む。
父のあの怒りようでは、この部屋にもいつまで居られることか……。
ドサッとソファーに身を預け、背凭れに寄りかかり、天井を見上げた。
「訴えられるとか、冗談じゃない」
謝りに行く……だなんて、考えただけでも憂鬱になった。
「|あの女《美緒》が、訴えたりしなければ、こんな事にならなかったのに……」
今の自分の不幸は、すべて|あの女《美緒》に起因している気がする。
ここまで、追い込まれたのも、美緒が自分の視界にチョロチョロと入るようになってからだ。
「疫病神ね」
手元のバッグを引き寄せ、手鏡を取り出した。
鏡に映る自分の顔は、僅かの期間で幾つも年を取ったように見える。
最初、デパートで買っていたお弁当も今ではコンビニで買っている。
食事のバランスなんて構ってられなかった。
だから、よく見ると肌が荒れ、化粧のノリも悪くなっていた。
こんな暮らしから、早く以前の暮らしに戻りたい。
そのためには、何が何でも、告訴を取り下げさせ、父を納得させないと、援助の再開は難しい。
わたしは、重たい腰を持ち上げ、|あの女《美緒》に会いに行く事にした。
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