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舜太が仁人の家に入ったのは今日が二度目だった。
一度目の時は何から何までお世話を焼いてくれて丁寧にもてなしてくれた。
それからもう結構経っているので、部屋の中はずいぶん様変わりをしていて。
舜太はまるで初めて来たような気分になる。
おしゃれなインテリアや壁に飾られている絵が仁人らしい。
好きな人のテリトリーにいる。それは嬉しいはずなのに、これから教えてくれるだろうことが気になって落ち着かない。
タクシーの中で頼んでいたので、ちょうど家に着いたタイミングで届いたデリバリーを仁人がテーブルに並べて取り皿を渡してくれる。
二人でいただきますと声を揃えて、何となく無言で食べ進める。
何か話さなければと思うが、舜太の頭の中は先程の二人のやり取りでいっぱいで別の話題など全く浮かんでこない。
仁人も仁人でどう説明しようか考えているのか、心ここに在らずといった様子で食べている。
無言の空間で時計の針の音が大きく響く。
それに先に音を上げたのは舜太だった。
「……あー、もう!食事は美味しく食べよ!正直さっきの仁ちゃんとはやちゃんのやり取りが気になりすぎてぜんっぜん話題浮かばへんけど、なんか今は楽しい話しながら食べよ!」
せっかく好きな人と好きな人の家で美味しいご飯を食べているというのに、二人して神妙な顔して気不味い思いしながら食べる食事は味がしない。
舜太は気持ちを切り替えようと、無理やり笑みを浮かべて仁人に提案する。
最初こそ舜太の言葉にポカンと口を開けていた仁人だったが、しばらくして「何だそれ」と笑ってくれた。
「ほんっと、舜太には敵わないわ。楽しい話ね、おっけ。こないだ太智とバライティ出た時のとっておきの話してやるよ」
「えっ、なになに?」
話題が浮かばないと舜太が言ったからか、仁人がすぐに話題を提供してくれる。
ラジオをもう何年もやっている仁人の話は組み立ても上手くて聞きやすく、夢中にさせる何かがある。
だから舜太は気が付けば仁人の話に夢中で頷き、笑い、久しぶりに仁人との会話を楽しむことが出来た。
ほどよくお腹が満たされてきた頃、仁人が箸を置いて僅かに居住まいを正した。
「…さっきは、悪かった。驚かせたろ」
「え、あ、ううん…。俺も立ち聞きとかしてしまって、ごめんな」
「さっきの、勇斗との話、だけど…」
「うん…」
「…あー、なんていうか、うん、あのな」
明らかに言いづらそうな仁人の様子に、舜太は少し申し訳なさを感じる。
嫌な思いをさせたいわけじゃなかった。
「…仁ちゃん、無理して話さなくてもええよ?確かにめちゃくちゃ気にはなるけど、仁ちゃんに無理してまで話してもらおうとは思わんから」
ただ自分が知りたいという理由を押し付けすぎたかもしれないと、好きな人の曇った表情を見て舜太は反省する。
もう無理に聞き出すのはやめようと本気で思っていたのだが、一度言ったことを曲げることはしない仁人は「いやいや、話すって言ったのは俺だから」と話し始めた。
「…これ、勇斗しか知らないから、勇斗以外に言うのが初めてで、なんつーか、どう切り出せば良いのかわかんないだけ」
「…そうなんやね」
二人がよく一緒にご飯を食べに行ったりしていたのは知っている。
泊まりに行ったり遊びに行ったり。
グループについてもいろんな話をしていた二人だから、お互いに特別なところはあるとは思っていた。
けれど実際にそれを目の当たりにしてしまうと、仁人を好きな気持ちがある分、落ち込んでしまうのはどうしようもない。
舜太が落ち込んでいるなど思いもしない仁人は、意を結したように口を開いた。
「あー…、俺、さあ、男と付き合ってたのよ」
そして若干気まずそうに次いで出てきた言葉は、舜太の思考を止めるには十分過ぎるほど衝撃的なもので。
ーーー仁ちゃんが男と?付き合ってた?
「…え?ほんまに?」
ずっとノーマルだと思っていた。
そんな素振りなんて一つも見つけられなかった。
この何年間か、ずっと見てきたというのに。
一体自分は仁人の何を見ていたのだろうか。
仁人に男の恋人がいたことも、仁人のことを何も見れていなかったこともショックで。
唖然とする舜太が嫌悪感を抱いたと思ったのか、仁人は申し訳なさそうに視線を彷徨かせた。
「ごめんな、聞きたくないよな。グループのリーダーが同性愛者とか」
「え、あ、いやいや!待って、俺別に偏見とかないで!…ただ、仁ちゃんが誰かと付き合ってたってことに、ちょっと驚いてて」
嫌な誤解をされていると気づき、舜太はすぐに否定する。それに仁人が少しホッとしたのを見逃さない。
自分だって同性である仁人のことがずっと好きなのだ。偏見なんてあるはずがない。
「まあ、わざわざ言わないだろ。恋人が出来たとか」
「まあ、そうやんな…。え、で…じゃあ、もしかして今度のバライティの共演者に彼氏、さんがいるってこと?」
「“元”彼氏な」
今は付き合っていないと否定して欲しくてわざと“彼氏”と呼んでみると、仁人はすぐに言い直してくれてそれに密かに安堵する。
ただ、会うなとか連絡無視しろだとか言っていた勇斗の口ぶりからして、良い別れ方をしなかったのだろうことはわかる。
その考えを肯定するかのように仁人は「つーか、付き合ってるって思ってたのは俺だけだったんだけど」と吐き捨てるように告げた。
「は?なんなんそれ」
「そのまんま。俺さ、遊ばれてただけだったんだよね。俺はさ、そいつのことすげー好きだったけど、あいつにとって俺って、もう2番目とかですらない摘み食いみたいな感じで」
「俺馬鹿だからさ、それに全然気づかなくて、結局飽きたらこっぴどく捨てられたんだけど」
「その時はまあ、結構落ちてて、でもまあそれを糧に作曲とかしたりして気を紛らわせて、勉強させてもらったって思うようにしてたの」
次々に打ち明けられた事実に、舜太は相槌ひとつ打つことができなかった。
自分の大事な人が、自分たちM!LKの大事なリーダーが、そんな風に軽んじられていただなんて。
この可愛くてかっこいい人をそんな風に扱われたということが許せなかったし信じられなかった。
「それから一年くらいして、そいつから連絡きたんだよね。なんか、「会いたい」みたいな、そんなあからさま〜な感じのやつ」
「…会いに行ったんや?」
「いや、断ったよ流石に。でもさ、家に来たんだよ。今まで一回も俺のために動いたことなかったそいつがさ「会いたかったから」って俺んちに来たの」
自重気味に笑う仁人の表情から、その男に対する想いが見え隠れする。
舜太はそれが嫌でたまらなかった。
「そっからまた、ずるずる。また好きになって、セフレみたいになってた」
「……そか」
「他の人と遊んでるところに迎えに行ったり、会いに来てって言われたら深夜でも飛んで行ったり…。まじで、馬鹿だったんだよ」
「それで…?」
「それで、また本気になってたところで、そいつに熱愛報道が出てさ。…認めたんだよ、それを。相手はさ、めちゃくちゃ可愛いアイドルの女の子で。今はもう、その子はその熱愛のせいで引退したのかな」
「……」
「あの熱愛本当なのって聞いたら、本当だって。すっごい好きって、こんなに人のこと好きになったの初めてって言われた」
「…うん、」
「すっげぇ、最悪の気分だった。まじで、キツかったわ…」
笑う姿が痛々しかった。
この人をこんなに傷つけたくせに、それでもそれ程までに想ってもらえた男に嫉妬する。
だってそれは、舜太が何年も欲しくて欲しくてたまらなかったものなのだから。
それを向けられておきながら、その男は何度も何度も好き勝手遊んで傷付けて捨てたのだ。
舜太は自他共に認めるポジティブで明るい性格をしている。だいたいのことは許せる度量もあり、誰かのことを憎いだとか嫌いだとか思ったこともない。
嫌な人がいたとしても、こういう人もおるんやな。自分はこうはならんとこうと思うくらいで。
そんな舜太が初めて誰かを憎いと思った。
「はやちゃんは、いつから知ってたん?」
「勇斗は、最初から知ってたよ。元々、勇斗がきっかけで知り合ったんだよ。勇斗とそいつがドラマで共演して仲良くなって、俺と勇斗が飯食ってるところに合流して来たのがはじまり」
「あ、そうなんや…」
「だからさ、勇斗責任感じてんだよね。自分が2人会わせなかったらよかったとか言って。全然、勇斗のせいじゃないんだけどな」
「何回言っても聞かないのよ。真面目くんだからね」
確かに、勇斗のせいでは絶対にない。
勇斗だって、まさか共演者の俳優仲間がそんなクズ男だなんて思いもしなかっただろう。
「…勇斗はさ、またあいつと話したら俺が同じこと繰り返すって思って心配してくれてたんだよ」
「仁ちゃんは、まだその人のこと好きなん…?」
「いや、流石にもう気持ちはないだろ。散々弄ばれてるからさ」
そう言って自嘲気味に笑う仁人だが、敵わない恋ほど忘れられないのは舜太も何となくわかる。
会わなければきっとそのまま過ごせるんだろう。
けれど会ってしまえば、話してしまえば、ーーー求められてしまえば、どうなるかはわからない。
そんな危うさがまだ仁人にはある気がして、これは勇斗があれだけ何度も言い聞かせていたのもわかると思ってしまった。
「ちなみに、その人って誰なん?共演する俳優さん、二人おるよね」
メンバーからは冗談で感情がないなど言われている仁人をここまで夢中にさせた相手は一体誰なのか。
この人を何度も傷付けたクソ野郎は一体誰なのか。
共演者の二人の俳優を思い浮かべる。
どちらも非の打ち所がない整った顔をしていて、スタイルも良ければ演技力もある今人気絶頂の俳優だ。
魅力的な二人だが、今しがた仁人の話たような人柄なのがいまいち想像つかない。
「あー…、夏目朔弥の方な」
「えっ、夏目さんなん…?うわ、イメージ全然ちゃうねんけど」
「顔が善人顔だからな。でもまあ、実際雰囲気はあのままだよ本当に。性格も優しいし。ただ、根本的にクズなだけ」
過去の話をする仁人は、空気が重くなりすぎないようにとなるべく軽い口調で話してくれていた。
けれども笑おうとした口角が上がりきれていなかったり、僅かに眉間に皺が寄ったりと感情が表に出てしまいそうな時が何度もあった。
それを舜太が見逃すはずはなく、その表情を見るたびに夏目という男に対する怒りが沸いてくる。
「そらそうや。うちの大事なリーダーを傷つけた男なんやから。クズに決まってんで」
「…ははっ、何だよそれ」
語気を強めてキッパリ言い放てば、仁人は眉尻を下げて笑う。
舜太が一番好きな仁人の笑顔だった。
普段はキリッと釣り上がっている仁人の眉がへにゃりと下がるのが可愛くてたまらない。
「…俺にしたらええのに」
「ん?なに?聞こえなかった」
自分ならばずっと仁人を笑顔にさせる自信がある。
そう思った時、つい口から溢れた想いは仁人の耳には届かなかったらしい。
いま想いを告げたところで困らせるだけだとはわかっていても、もしもまた仁人がそんなクズに惑わされてしまったらと思うと居てもたってもいられなくなる。
そんなのは嫌だ。そう思った舜太は不意に閃いた。
「仁ちゃん!」
「あ?な、何だよ…」
「俺めっちゃ良いこと思いついた!」
「ええ…?」
「仁ちゃん、俺と付き合ってるフリしよ!」
「はあ?!」