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女性の一人住まいで男性が喜ぶ事などひとつしかない。然し乍ら大学部の教授が生徒にそう安易と手を出すだろうか。


「あ、惣一郎さん、此処で良いです」

「家の前まで送るよ」

「こんな派手な人がこんな車で現れたら両親が卒倒します」

「心筋梗塞は怖いよね、心臓発作も」

「ーーーそんな話をしているんじゃありません」


泉ヶ丘いずみがおか高等学校の校庭脇でイエローオーカーのブルーバードのサイドブレーキが引かれエンジンが停まった。


「ーーーーー」


車内に微妙な空気が漂い、惣一郎さんの手が私の右肩を引き寄せてその薄い唇が覆い被さって来た。柔らかな湿り気と煙草の臭いが上唇を舐め、下唇を啄み、舌先が口腔内へと滑り込んだ。


くちゅくちゅ


それは止む事なく続き、私の舌も惣一郎さんの舌を求めた。


(ーーーあ)


惣一郎さんは丸眼鏡を外し気怠げな表情でまた口付け始めた。絡み合う舌、息継ぎをする度に糸を引く唾液。頭の中が真っ白になった。同じ事を繰り返し、名残惜しさで唇が離れた。


「あ、あのーー教授」

「じゃあ、また明日ね」

「は、はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


惣一郎さんは私に口付けただけでアクセルペダルを踏み、一時停止の看板で右ウィンカーを下ろした。窓を開けて手を振る事も、ハザードランプを点滅させる事もなく走り去った。私たちの熱い夏が始まった。


木陰からいつも奥さまがこちらを見ていました

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