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淡雪のあと

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淡雪のあと

1 - 第1話 淡雪のあと

♥

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2025年07月26日

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「僕、ロシアさんのこと好きなんですよね。」


期待なんてしていなかった。


グラスに揺れるお酒に口まで緩められてしまったか。

はたまた、彼に誘われて浮かれてしまったのか。


ただ、こぼれてしまっただけ。


「日本、それは……。」


陶器にステンレスがぶつかる音がやけに響いて、酔いがすっと引いていった。


「あ〜……いいですいいです。」


ひらひらと笑って手を振る。

傷付く前に、気付かれる前に。


「ロシアさんお若いのに優秀で凄いな〜、頼れるな〜、なんか誇らしいな〜って意味なので。別に、」

「………悪い。俺は、お前のこと……そういう目では見られない。」


拒絶のくせに、花びらを掬うような声。

戸惑いに揺れながらもこちらを見据える花紫の水晶玉。


「……そう、ですよね。」


真っ直ぐだからこそ。優しいからこそ、痛かった。


微笑むフリで視線を逸らす。

静かに放たれた言の葉たちがゆっくり胸に染み込んでいく。


誰にも気付かれず溶けていく、淡雪のように。




***




昨夜の記憶を塗り替えるつもりなのか、ロシアさんはよく話しかけてくるようになった。


「日本、昼何食べた?」

「……凄いスマホ鳴ってるな。誰かと連絡取ってんのか?」


笑って、受け流して。

その度に胸が腐臭を放つ。


昨日を無かったことにしたいのはきっと僕の方だ。


それなのに、名前を呼ばれるだけで舞い上がってしまう自分が女々しくて、情けなかった。


だから、彼のせいだ。


『失恋を引きずりがちなあなた!』


そんなキャッチに魅せられて、適当な相手と夜を過ごすようになったのは。




***




人気の減ったフロアを抜け、仮眠室へと向かう。


アプリの相手とは二時間後に会う約束で、どうせ今日の夜も長くなるんだろう、と少し横になるつもりだった。


画面の向こうにも、現実の中にも、人は溢れ返っていた。

話しやすい人もいたし、顔立ちのいい人もいた。


ただ、その誰もが『彼』ではなかった。


虚脱感に腰が抜けそうになりながらも廊下を蹴り上げる。

そっとドアを開けると、閉じられたカーテンの奥に誰かいた。


バレないうちに引き返そうと思った時、すっかり耳慣れた声が聞こえた。


「日本?」


春の芽吹きを待つような、低くて落ち着いた声。


カーテンを開いてこちらを見つめているのは、一番会いたくて、一番会いたくない人だった。


「……ロシア、さん。」

「お前も残業か?空いてるぞ、入れよ。」


マットレスに寝転がった彼が壁とのわずかな隙間を指す。


「日本なら、ちっこいしいけるだろ。」


冗談やからかいの影もない、ただただ真っ直ぐな目。


「結構です。仕事のために使う人が優先ですから。」

「……仕事以外のために使おうとしてた、ってことか?」


冷静にそう返し、向けた背中に冷たい声が突き刺さる。


「……まさか、お前……アプリとかやってねぇだろうな?」


その一言に心臓が跳ねた。

関係ないでしょう、と言いながらポケットの中でスマホの電源を落とす。


ぐっ、とロシアさんの腕が伸びてきた。

そのまま後ろから抱き抱えられるような形でベットにもつれ込む。


「……痕、付いてる。」


そっと、うなじについた誰かの歯列を撫でられた。

そのまま確認するような動きで長い指が鎖骨をなぞる。


「随分手際いいな。俺にフラれてもう次か。」


ぽつりとこぼされた、拗ねたような口調の言葉。

緩まった拘束の合間を縫って顔を見ると、くぐもった瞳に覗き込まれていた。


「……関係ないでしょう、あなたには。」


喉の奥で鳴るような声になってしまった。

冷静な無表情を装っても、うまく先が紡げない。


「ある。」

「何なんですか。変ですよ、今日のロシアさん。」


返事の代わりに、彼の指先が動いた。

シャツのボタンをひとつ、またひとつと外される。


「っ、からかってるならいい加減に……!」

「痕、見せろ。」


淡々とした言葉に反して肌を這う手は荒っぽい。

いやがおうにも頬に熱が集まる。


「……お前、どこの誰に、どんな顔見せたんだよ。」

「だから、あなたには関係ないでしょうって!」


ジタバタと左右に身を捩ってみても、逃れられない。

いや、離してもらえない。


「じゃあ、何で震えてんだよ。」


脳に直接届きそうな距離感に、思わずぞくりと反応してしまう。


「俺に触られて、他の奴のこと思い出してんのか?それとも……忘れようとしてんのか?」

「……誰と寝ようが僕の勝手でしょう。」


全て見透かされているような透き通った声に息が詰まる。


自分で選んだはずだった。

彼の優しさと拒絶を受け入れて、諦めようとした。


怒りというには幼くて、悲しみというには鬱屈とした感情が押し寄せる。


「ロシアさんこそ。……僕のこと、『そういう目では見れない』って、フったくせに。」


一瞬の隙を突いて腕の中から逃げ出し、体を翻す。

物言いたげなロシアさんを懸命に睨んで顔を近付けた。


「僕は、あなたと……こういうことが、したいんですよ?」


目を逸らすことも、言い訳することも許さずに、そっと口付けを落とした。

形のいい唇に……は怯んでしまったので、その横の、凛とした輪郭に。


ぱちり、と星のように目が瞬かれる。


「しっ、失礼します!」

「おい、日本!」


ほとんど同時に叫び合う。

飛び出したはずの体は、なぜかまた彼の胸元に収まっていて。

その温もりのせいでぴしり、と心臓の表面が割れてしまいそうになった。


低い声が鼓膜を揺さぶる。


「日本。……もっかい、させろ。」




(終)

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