テラーノベル
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「僕、ロシアさんのこと好きなんですよね。」
期待なんてしていなかった。
グラスに揺れるお酒に口まで緩められてしまったか。
はたまた、彼に誘われて浮かれてしまったのか。
ただ、こぼれてしまっただけ。
「日本、それは……。」
陶器にステンレスがぶつかる音がやけに響いて、酔いがすっと引いていった。
「あ〜……いいですいいです。」
ひらひらと笑って手を振る。
傷付く前に、気付かれる前に。
「ロシアさんお若いのに優秀で凄いな〜、頼れるな〜、なんか誇らしいな〜って意味なので。別に、」
「………悪い。俺は、お前のこと……そういう目では見られない。」
拒絶のくせに、花びらを掬うような声。
戸惑いに揺れながらもこちらを見据える花紫の水晶玉。
「……そう、ですよね。」
真っ直ぐだからこそ。優しいからこそ、痛かった。
微笑むフリで視線を逸らす。
静かに放たれた言の葉たちがゆっくり胸に染み込んでいく。
誰にも気付かれず溶けていく、淡雪のように。
***
昨夜の記憶を塗り替えるつもりなのか、ロシアさんはよく話しかけてくるようになった。
「日本、昼何食べた?」
「……凄いスマホ鳴ってるな。誰かと連絡取ってんのか?」
笑って、受け流して。
その度に胸が腐臭を放つ。
昨日を無かったことにしたいのはきっと僕の方だ。
それなのに、名前を呼ばれるだけで舞い上がってしまう自分が女々しくて、情けなかった。
だから、彼のせいだ。
『失恋を引きずりがちなあなた!』
そんなキャッチに魅せられて、適当な相手と夜を過ごすようになったのは。
***
人気の減ったフロアを抜け、仮眠室へと向かう。
アプリの相手とは二時間後に会う約束で、どうせ今日の夜も長くなるんだろう、と少し横になるつもりだった。
画面の向こうにも、現実の中にも、人は溢れ返っていた。
話しやすい人もいたし、顔立ちのいい人もいた。
ただ、その誰もが『彼』ではなかった。
虚脱感に腰が抜けそうになりながらも廊下を蹴り上げる。
そっとドアを開けると、閉じられたカーテンの奥に誰かいた。
バレないうちに引き返そうと思った時、すっかり耳慣れた声が聞こえた。
「日本?」
春の芽吹きを待つような、低くて落ち着いた声。
カーテンを開いてこちらを見つめているのは、一番会いたくて、一番会いたくない人だった。
「……ロシア、さん。」
「お前も残業か?空いてるぞ、入れよ。」
マットレスに寝転がった彼が壁とのわずかな隙間を指す。
「日本なら、ちっこいしいけるだろ。」
冗談やからかいの影もない、ただただ真っ直ぐな目。
「結構です。仕事のために使う人が優先ですから。」
「……仕事以外のために使おうとしてた、ってことか?」
冷静にそう返し、向けた背中に冷たい声が突き刺さる。
「……まさか、お前……アプリとかやってねぇだろうな?」
その一言に心臓が跳ねた。
関係ないでしょう、と言いながらポケットの中でスマホの電源を落とす。
ぐっ、とロシアさんの腕が伸びてきた。
そのまま後ろから抱き抱えられるような形でベットにもつれ込む。
「……痕、付いてる。」
そっと、うなじについた誰かの歯列を撫でられた。
そのまま確認するような動きで長い指が鎖骨をなぞる。
「随分手際いいな。俺にフラれてもう次か。」
ぽつりとこぼされた、拗ねたような口調の言葉。
緩まった拘束の合間を縫って顔を見ると、くぐもった瞳に覗き込まれていた。
「……関係ないでしょう、あなたには。」
喉の奥で鳴るような声になってしまった。
冷静な無表情を装っても、うまく先が紡げない。
「ある。」
「何なんですか。変ですよ、今日のロシアさん。」
返事の代わりに、彼の指先が動いた。
シャツのボタンをひとつ、またひとつと外される。
「っ、からかってるならいい加減に……!」
「痕、見せろ。」
淡々とした言葉に反して肌を這う手は荒っぽい。
いやがおうにも頬に熱が集まる。
「……お前、どこの誰に、どんな顔見せたんだよ。」
「だから、あなたには関係ないでしょうって!」
ジタバタと左右に身を捩ってみても、逃れられない。
いや、離してもらえない。
「じゃあ、何で震えてんだよ。」
脳に直接届きそうな距離感に、思わずぞくりと反応してしまう。
「俺に触られて、他の奴のこと思い出してんのか?それとも……忘れようとしてんのか?」
「……誰と寝ようが僕の勝手でしょう。」
全て見透かされているような透き通った声に息が詰まる。
自分で選んだはずだった。
彼の優しさと拒絶を受け入れて、諦めようとした。
怒りというには幼くて、悲しみというには鬱屈とした感情が押し寄せる。
「ロシアさんこそ。……僕のこと、『そういう目では見れない』って、フったくせに。」
一瞬の隙を突いて腕の中から逃げ出し、体を翻す。
物言いたげなロシアさんを懸命に睨んで顔を近付けた。
「僕は、あなたと……こういうことが、したいんですよ?」
目を逸らすことも、言い訳することも許さずに、そっと口付けを落とした。
形のいい唇に……は怯んでしまったので、その横の、凛とした輪郭に。
ぱちり、と星のように目が瞬かれる。
「しっ、失礼します!」
「おい、日本!」
ほとんど同時に叫び合う。
飛び出したはずの体は、なぜかまた彼の胸元に収まっていて。
その温もりのせいでぴしり、と心臓の表面が割れてしまいそうになった。
低い声が鼓膜を揺さぶる。
「日本。……もっかい、させろ。」
コメント
3件
ロシ日、栄養補給ありがとうございますっっっ!!!!
にわかさん最近更新頻度多くて影ながら舞い上がってます!露日はストレートに想いを伝えられないのがまた良き…!フラれた後の日本さんの泣き腫らした目が想像できるくらいに描写が美しくて好きです!✌️