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真剣な眼差しで本を読むまふゆ。よく見ると、あの、本は──
「好き恋……!」
「絵名、丁度いいところに。今時間ある?」
「四巻って、四巻って……」
じゃあ朝比奈まふゆはあの少女漫画の一から三巻までしっかりと読んで学んだということか。
「怖……」
「何が?」
「ていうか、あの時まふゆはわかった感じ無かったし、またやるの。もういいと思うんだけど」
「でも思ったこと、感じたことを私なりに言語化して友達に感想を伝えたら、また貸してもらっちゃった。五巻まで」
「はぁ……はぁ!?」
私とやって思ったこと、感じたことを言語化して友達に感想を伝えた。軽く恥じゃないの、恥、私は聞いてないからいいけど、その想像をするだけでも恥ずかしさが込み上げてくる。
「ちゃんと内容も踏まえつつだよ」
「読書感想文じゃないんだから、そんな具体的に言わなくても、感じたことを無理やり作らなくても……」
「やろうか。じゃあこの、バックハグのシーンなんだけど」
「は……?」
「バックハグのシーンなんだけど」
「……ちょっと見せて」
なになに。
結局男のほうが、別れ際に離れてほしくなくてバックハグをすると。『なんでか分かんないけど、離れたくなかった。もう少しだけ一緒にいたい』わーお。成長したんだ、見ない間に。
「じゃあまふゆは離れたくない気持ちを持って私に接しなきゃね」
「離れたくない、気持ち……」
少し目を細め、苦い顔をしたまふゆ。
あ、たまたまだけど、まふゆにとってはちょっと酷なものになるのかな。
「違うものにする? もっと色々あるし」
「これでいいよ。やってみよう」
「じゃあ、やるけど……」
***
好きという感情を知っていき、無意識に素っ気ない態度を取ってしまっていた夏(少女漫画の男)。そんなことを知らない音寧(少女漫画のヒロイン)はその態度の原因を知る為、デートに誘い、様子を伺うことに。
しかし期待以上の反応は見られず、これ以上夏に踏み込むのをやめよう、と別れることを決意した音寧。その為帰り際の音寧の返事は素っ気ないものとなっていた。
「『じゃあ、もう行くね。ばいばい』」
その光景は夢に見たものと重なった。いざ絵名の口から発せられると、体中の熱が集中して、冷や汗が出てきて、苦しくなった。一瞬世界がぼやけて、私は絵名の手を取った。
「まふゆ……?」
「絵名っ!」
「ちょっ」
こちらを見た絵名のその手を引いて、抱きつく。漫画バックハグだったが、そんなことはどうだっていい。バサリと絵名が持っていた漫画が音を立てて落ちた。
実体はある。手の中にある。しっかりここにある。触れられている。大丈夫。絵名はここにいる。
「……──」
今、なんと言おうとしたか。息を吸うだけで、その声は出なかった。
「ま、ふゆ……?」
「……もう少しだけ、このままで……。お願い」
「う、ん……」
いや、叶うならずっと、私が安心できるまで。
そう。安心さえできればこんなにも離れたくないと、思うことは無いだろうから。
絵名は私の体に手を回し、抱きしめ返してくれた。絵名のハグは、私が抱きしめるよりもずっと安心できるものだった。