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案内してもらった広い場所は南大通りへ入って更に西側へ進んだ場所にある20平方メートルほどの広さがある公園だった。
特に遊具などがあるわけでは無いが、腰かける場所はある。周囲を木で囲まれた芝生の広場だ。人によっては面白みの無い場所などと思うかもしれないが、子供達が駆け回るのには適していると言えるのではないだろうか。
午前中に案内してもらった服屋は北大通りにあったので、一応は街の東西南北の大通りを見回したことになるだろう。
とは言え、この街は円形の城壁に囲まれた都市だ。まだまだ私の知らない場所は勿論、この子達ですら把握していない場所があっても、不思議なことでは無い。
それはさておき、目的地に到着したのだ。他の利用者は今のところ見当たらないが、後から来る可能性もある。そういった者達の邪魔にならないよう、隅の方を使わせてもらうとしよう。そこでようやくシンシアを降ろす。
「さて、待たせたね。それじゃあ、魔力について話をするとしようか」
「「やったああああっ!!!」」
「待ってましたあっ!!」
「アンタ達うるさいっ!周りに迷惑でしょうがっ!」
「周りにって、人いねえじゃん。クミィはちょっと気にしすぎだぜ?」
「アンタ達の叫び声は建物の中にも響いて来るのよっ!?ちょっとは声の音を抑えなさいよっ!」
ようやく魔力について教えてもらえることになり、マイクとトミーに混ざってシンシアも大はしゃぎしている。そしてそのままクミィに怒られてしまった。
マイクがクミィに反論するが、残念ながらクミィの方が正しいだろうな。
マイク達の声はとても大きい。シンシアとクミィが服屋で服を選んでいる最中にも叫び声が聞こえてきたと言っていたし、周囲の住宅に彼等の叫び声が聞こえてしまったとしても何もおかしくは無いだろう。これには気を付けないとな。
いっそのこと、音を遮る結界を張って周囲に音が漏れないようにしてみようか?
いや、よそう。便利過ぎると成長の妨げになると古参の冒険者が言っていたらしいからな。この子達にはちゃんと、状況に応じて声のボリュームを落とせるように成長してもらわないと。
「クミィだって今大きな声出してんじゃんか!」
「大きな声で言わないと聞こえないでしょうがっ!!」
「ほらほら、その辺にしておこうか。魔力について知りたいのだろう?立ったままだと落ち着かないだろうから、座って話をしよう」
「ハーイ!ほら、ノア姉ちゃんは小さい声でもちゃんと聞こえるんだぞ。クミィがデカイ声出す必要なんてないじゃん」
「むううぅぅっ!ちょっとっ!ノアさんからも言ってやってよ!コイツ等、私の言う事全然聞いてくれないのよっ!?」
「そうだね、今回はクミィが言ってることが正しいよ。特にシンシア。貴女だって私の服を選んでくれている時に、マイク達の声が聞こえてきていたんだろう?それぐらい大きな声が、普通に生活している周りの家の人達に聞こえてきたら、きっと貴女達のことを良く思わないんじゃないかな?」
「うえぇっ!?マイクが怒られてたのに、オレにも飛び火した!?」
「シン!アンタにも言ってたのよ!!なんで自分のことだと思ってないのよ!?トミー!アンタにも言ってたのよ!?」
「あれぇっ!?マイクだけじゃないのぉ!?」
「さっきから!アンタ達って!言ってんむぐぅ…!?!?」
「クミィ、キリが無いからそのぐらいにね。マイク、トミー、シンシア。大声を出してはいけない、と私は言うつもりは無いけど、時と場所は考えようね?でないと、こうして口を塞いでしまうよ?」
熱い討論になってしまっているせいで、話が進なかなかまないな。それに、クミィの声も大きくなり始めてきた。
この娘の声は他の子達よりも高く、大声を出すとより周りに響くことになってしまうだろう。
ちょっと強引で可哀そうだが、尻尾で口を塞がせてもらうい、マイク達に注意をしておこう。
その場に腰かけ、クミィを尻尾で抱えて私の膝の上に手繰り寄せる。謝罪の意味も込めてクミィを膝の上で抱きかかえ、頭を優しく撫でておこう。
「クミィ、苦しくなかったかな?ごめんね。こうでもしないと、話が進みそうになかったからね」
「んぅ…。アイツ等も静かになったし、別にいいわ…。でも、このまま撫でていて欲しいわ…」
「構わないよ、さ、皆もこの辺りに座ろうか。…私の尻尾が届くくらいの位置に座ってくれるかな?」
「はあい。クミィ、良いなぁ、ノア姉チャンに優しく撫でられるのって、気持ちいいんだよなぁ」
「いい子にしていたら、皆のことも撫でてあげるよ。さ、そろそろ始めようか。上手くいけば、魔力を知覚することぐらいはできるようになるかもしれないね」
「マジでっ!?スッぐむぅぅ…!?!?」
「とまぁ、こんな感じで、大きな声を出そうとしたら、尻尾で口で塞いでしまうからね?周りの迷惑にならないようにね?」
「は、はあ~い…。すごいや…。全然シッポが見えなかった…」
早速マイクが叫びそうになっていたので口を塞がせてもらった。
やると言った以上は遠慮するつもりは無い。少し可哀想かもしれないが、言っても収まらないのならば実力行使をさせてもらうとしよう。
もっとも、尻尾が届く距離まで来てもらったのは、それだけでは無いのだが。
「魔力を知覚すると言っても、やることはそんなに難しくはないんだ。皆、私の尻尾に触れてもらって良いかな?」
「触るだけで良いのー?」
「ノアお姉さんの尻尾って凄く細かく動きますよね…」
「ひんやり、スベスベで、なんか、不思議なかんじ…」
「ノアさん、アタシ、このままじゃ触れないんだけど…?」
「クミィの場合は、私が触れているから問題ないよ。これからみんなにやることは、私が流した魔力に触れてもらうだけだからね。直接体に触れてもらっていた方が分かり易いんだ」
これは資料室で読んだ本に書いてあった知識だ。自分の子供等に魔力を教える際に一番最初に行う行為だ。
魔力というエネルギーは、ルグナツァリオ達によってこの星は勿論、この星に生きる全ての生物に宿ることになったエネルギーだ。相当な先祖返りでもしない限り、魔力を持たない生物は存在しないと考えて良いだろう。
そんな魔力だが、生まれたての子供は魔力を知覚していない。
当たり前過ぎて自覚ができていないのだ。ごく稀に自力で自分の魔力を自覚できる者もいるらしいが、そういった者はいわゆる天才と呼ばれる者達である。一般的ではない。
そこで、他者の魔力を触れさせることで自分の魔力との違いを認識させ、自分の魔力を知覚させる。私の場合は不本意だが、”死猪《しのしし》”がそうだったな。
相当に昔の話、具体的にはアドモゼス歴が始まるさらにずっと昔の時代ではこの方法が確立されておらず、ごく一部の天才にしか魔術は使えないと思われていたそうだ。
体に触れていなくとも、此方から魔力を放出してやれば自分とは違う魔力を認識できるだろう。
だが、恐らくそれでは誰の魔力かは分かり辛いだろうから、やはり直接触れていた方が分かりやすい筈だ。クミィには頭を撫でている右手から、他の子達には尻尾から、私の二色の魔力を極少量流していく。
ただ、私も万能ではない。極少量と言ったが、あくまでも私基準だ。この量であってもこの子達にとっては、というよりも人間達にとっては結構な魔力量となってしまうだろう。
今日一日は、今朝のシンシアのように普段よりも身体能力が向上していてもおかしくないだろうな。
そういえば、無自覚だったが、シンシアには私の魔力が宿っていたはずだ。魔力を認識できていたのではないだろうか?
「シンシア、貴女には私の魔力が宿っていたみたいだけど、特に何かを感じはしなかったのかな?」
「んー?あぁっ!!なぁんか宿の手伝いしてた時に不思議な力に包まれてた感じがしてたのって、アレがノア姉チャンの魔力だったのかっ!?」
「それが認識できれば、後は速いよ。自分の体に意識を集中させて、似ているようで確かに違う感覚を感じ取ればいい。それが、貴女のの魔力だ」
「んー?なんか、スッゲー小さいけど、何かある?これが俺の魔力ってやつなのか?えっ?じゃあ、ノア姉ちゃんの魔力って何だコレ?デカすぎじゃねっ!?」
「んみゅぅ……これ…眠く…なるわ…。でも…もっと…なでて、ほしい…」
「ノアお姉さん、クミィが寝ちゃいそうですよ?」
いかん、抱き心地と撫で心地が良かったからついやってしまった。クミィは魔力を感じ取ることができたのだろうか?
それにしても、こうして抱きかかえてみて分かったが、人間の子供というのもなかなか可愛いじゃないか。
皆がこうであるなら、人間達と敵対する心配は無いのだろうが、ルグナツァリオが言っていたようにそうはいかないのだろうな。人間の街に来てまだ2日、それだけでも随分と様々な種類の人間がいることを確認している。
友好的に接してきてくれる相手ならば好感を持てるのだが、冒険者ギルドでは嫉妬と羨望、懐疑感に満ちた視線を受けられた時は結構な不快感だった。
そういった感情を持つのがそこまで悪いことでは無いと思うし、むしろ当然の反応なのかもしれないから、それは良い。
ただ、しつこいのだ。そんなに私のことを気にし続けても仕方が無いだろう。そんな風に他人を見ている暇があるのなら、依頼を受けて自分のランクを上げたり、訓練でも修行でもして実力を上げた方が良くないか?
あの連中は私に対して勿体ないと言っていたが、正直そんな風に相手を見ているだけで何も行動していない方が、よっぽど勿体ないと思うのは、私だけなのか?
話がそれた。あの手の連中のことは気にしないようにしようと思っているのだが、一度考えてしまうとどうにも不快感というか、不愉快さを覚えてしまうな。気を付けよう。
結局のところ何が言いたいかというと、そういった直接悪意や害意を向けてきていない相手でさえコレなのだ。
将来的に私に悪意や害意を向けてきた者に対して冷静に対処できるかどうか、今から少し不安なのだ。周りを巻き込まない自信があまりない。
今後人間達とより深くかかわっていくことになるだろうから、どうするべきかしっかりと決めておこう。
さて、それはそれとしてクミィだ。
私が優しく抱きかかえて撫で続けてしまったためか、とても眠そうにしている。一応、魔力を知覚させようとしていたので、確認はしてみようか。
「クミィ、私の魔力は認識できているかな?」
「んんぅ…。あったかくて、すっごく、おおきいわ…。アタシって…すっごく…ちっちゃいのね……」
「ボクも分かったー!!ノアお姉さんの魔力、デッカイねー!」
「凄いですね。僕の魔力は緑色をしているけど、ノアお姉さんの魔力は緑色と紫色…。これが強い冒険者が大抵持っているっていうことで有名な”二色持ち”ってやつですか…」
クミィトミーも、ちゃんと私の魔力と自分の魔力を知覚できたようだ。
そしてテッドが凄い。一度の認識で色まで判別できてしまうとは。これで魔力が二色以上あったら、高名な魔術師として世界中に名を轟かせることになっていただろう。
「皆、無事に自分の魔力を知覚できたようだね。そしたら次は、その魔力を自分の意思で動かせるようにしてみよう」
「ノアさん…。アタシ、寝たい……」
「ん?眠くなってしまったかな?それじゃあ、仕方が無いか。無理に起きている必要はないよ。よく眠ると良い。私も寝るのは好きだ」
「んぅ…。おやしゅみぃ……」
クミィが私に体を預けて眠りについた。
私は構わないのだが、魔力のレクチャーを続けた場合、他の子達と差がついてしまいそうだな。果たして、クミィがそれで納得するだろうか?おそらく、しないだろうな。さて、どうしたものか。
当然だが寝たばかり、しかも私が寝ても良いと言って睡眠を促した手前、クミィを起こすというのは論外だ。クミィが起きるまで休憩にしよう。
「なぁ、クミィが寝ちゃったし、今日はもう解散しねえ?」
「ええ?でもさぁ、せっかく魔力が分かったのに…」
「でもクミィが起きた時に自分だけ魔力が上手く使えなかったら、絶対文句言うぞ?てか、それは皆も同じだろ?」
「だよなー。ノア姉チャンも、今日いなくなるわけじゃないし、なあ、ノア姉チャンってどれぐらいこの街にいてくれるんだ?ホントに行きたいのって王都の中央図書館なんだろ?」
「そうだね。宿で契約している一週間はこの街にいるつもりだよ。少しくらいは冒険者のランクも上げておかないと、王都へ行った時に良い目で見られないだろうからね」
図書館の本を読み終わり次第、王都へと向かおうとも思ったが、最低ランクの冒険者のまま王都に立ち入った場合、おそらく大勢から白い目で見られてしまうだろう。そうなれば、余計なトラブルが発生するのは間違いない。
そういうわけで、この街を出るのは”中級《インター》”までランクを上げてからにしようと思っている。
「それなら解散しようぜ!ノア姉ちゃん、クミィの家まで案内するから、そこまで連れてってやってくんねえ?」
「勿論。それにしても、意外だね。こういうことはマイクが一番夢中になるかと思ったのだけれど、他の子を気遣えるのは偉いことだよ」
「お、俺の頭は撫でなくていいよぉっ!」
まさか、一番にクミィのことを気遣ってあげたのがマイクだったとは。
クミィはマイクのこういうところに好意を寄せているのだろうか?マイクの気遣いに心打たれて頭を撫でようとしたのだが、顔を赤くして拒否されてしまった。悲しい。
「それじゃあ、クミィの家まで案内を頼むよ。他の子はどうする?」
「「「一緒に行くー(行きます)!」」」
「じゃ、行こうぜ!今日はそれで解散だ!」
クミィを家まで送り届けたら、クミィの母親から少々大げさとも思えるほどに礼を言われてしまった。
何でも、昨晩クミィは私のことを両親に話していたらしく、遊んでもらえることをとても楽しみにしていたらしい。
眠ってしまうほどに相手にしてもらえたことに対する感謝のようだ。クミィを見る母親の表情は慈愛に満ちている。自分の娘が愛おしくてたまらないのだろう。その愛情には好感が持てる。
一応、魔術に興味があったので自分の魔力を知覚できるようにさせたと伝えたら、それに関しても深く感謝されてしまった。
それというのも、一般的に魔術を知覚させる場合、ある程度成長させて本人の魔力量も増やす必要があるのだ。クミィの母親が言うには、自分達の見込みではクミィが魔力を知覚する場合、後三年は先の話になる見込みだったらしい。
クミィも含め、子供達が容易に魔力を認識できたのは、私の魔力を宿したからだろうな。今朝のシンシアもそうだったが、私の魔力が宿った者は全体的に身体能力が上がるだけでなく、認識能力も上昇するらしい。
そして、一度魔力を知覚してしまえば、そこからは自分の魔力を認識できなくなるということは無い。意識して操作し続ければ、例え少しずつだろうと成長できるのだ。そして、その成長度合いは、幼ければ幼い程に大きい。
深く感謝されたのは、早期に魔力を知覚できたことで一般的な子供よりも魔力を早く、そして大きく成長させられるようになったからだろうな。
謝礼金を渡されそうになってしまったので、ただの気まぐれであり街を案内してもらったお礼だから、気持ちだけ受け取っておくと伝えておいた。
後は本人のやる気次第だ。認識できるようになったとしても何もしなければ成長はしない。クミィ、頑張りなさい。
クミィを家に送り、母親に預けた所で今日は解散となった。時間的には午後の鐘が二回鳴ったところだ。正直、子供の足に合わせていたため、移動に用いた時間が大半である。
私にも自由時間ができたので、エリィは急がなくても良いと言っていたが、受注した依頼を片付けて行こうと思う。
“星付き《スター》”には早めになっておきたいのだ。それまでは今後も積極的に依頼をこなしていこう。
エリィが斡旋してくれた依頼は、全て街の西門から出た先にある森林から採取が可能なものだ。
私の移動速度ならば、今から行動を開始しても六回鳴る頃には戻ってこれるだろう。そうすればちょうど夕食時だ。夕食を済ませたら図書館にて閉館時間まで本を読む。
うむ。我ながら見事な時間配分じゃないか。それでは早速依頼を片付けていくとしよう。
「えっと、これから採取依頼を行うのかい?その、午後の鐘が八つ鳴ると、門を閉めることになっているんだけど…」
「あぁ、問題無いよ。六つ鳴るまでには戻って来るつもりだからね」
「え?いや、ここから”新人《ニュービー》”の依頼を果たすための森までは、少なくとも3時間は掛かるよ?六つ鳴るまでには、帰ってこれないんじゃないかな?」
「まぁ、見ていれば分かるよ。それじゃ、往ってくるね」
西門にて門番にギルド証を見せた際のやり取りだ。
例え”竜人《ドラグナム》”だとしても、”新人”は”新人”だ。強さの判断基準は最下層だろう。
それ故に門番の判断は正しい。私は魔力を抑えているわけだしな。なので気さくに話しかけ、此方を気遣ってきた仕事熱心な門番には好感が持てる。この街の治安が良いのは、彼のように街の防衛や治安を維持する人物が、真面目に仕事をしているからだろう。
だが、それはそれだ。私は自分を優先させる。彼の質問には適当に答え、その場で目的地に向けて軽く駆け出して行った。
ほんの十数秒で門番はおろか、巨大な城壁すらもこちらからは小さく見えている。もしかしたら、門番は何が起こったのか分からないのかもしれないな。まぁ、帰って来た時にでも説明すればそれでいいだろう。
そうこうしている内に目的地の森林まで到着してしまっていた。
所要時間はおよそ三分だ。これなら、六つ鐘が鳴るギリギリまでこの森に居座ることができそうだ。いざとなれば、途中までは魔力を使用せずに全力疾走すればいい。
さて、採取を開始するとしよう!