テラーノベル
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水桃
rなし
中編です👋 物語続きます。
長い! 5000文字
らんには、誰にも負けないくらい好きな人がいた。
それは、手の届く距離にいる人ではない。学校の同級生でも、近所の友達でもない。ステージの上で輝いている存在——アイドルの こさめ だ。
きっかけは、何気なく見た動画だった。画面の向こうで笑っていたその人を見た瞬間、胸の奥に小さな火が灯った気がした。それからというもの、らんの生活はほとんどこさめ中心で回るようになった。新しい動画が上がればすぐに見るし、SNSも欠かさずチェックする。ライブの情報が出れば真っ先に申し込み、グッズもできるだけ集める。気づけば、毎日毎日「好きだ」と思っていた。
それはもう、友達に呆れられるくらいのレベルだった。
「また見てんの?」
友達がスマホを覗き込んで言う。
「当たり前だろ」
らんは真顔で答える。
「だって、こさめだぞ」
その言葉に、友達は笑いながら肩をすくめるだけだった。
そんなある日、待ちに待ったライブの日がやってきた。
らんは朝から落ち着かず、何度もチケットを確認していた。会場に向かう電車の中でも胸の鼓動が早く、手のひらにはうっすら汗がにじんでいる。ライブに来るのはこれが初めてではないのに、今日はいつもより緊張していた。
理由は、席だ。
チケットを確認したとき、思わず声が出た。
——最前列。
信じられなかった。
本当にこんなことがあるのかと、何度もチケットを見直した。
そして今、らんはその場所に立っている。
ステージは目の前だ。ほんの数メートル先に、あの人が立つ。
照明が落ちて、会場が暗くなる。観客の歓声が一気に大きくなり、胸の奥が震える。
音楽が流れ、ライトがついた。
そして、ステージに現れた。
こさめ が。
画面越しでは何度も見てきたはずなのに、実際に目の前に立つ姿はまるで別物だった。光を浴びて、笑って、歌っている。そのすべてが眩しくて、らんはしばらく息をするのも忘れていた。
気づけば、目の奥がじんわりと熱くなる。
涙が、止まらなかった。
「やっと会えた……」
小さく呟く。
もちろん、相手に聞こえるはずはない。それでも、胸の奥に溜まっていた感情が溢れていた。
好きで、好きで、好きでたまらない。
ステージの上で笑っているその人を、らんは涙を拭きながらずっと見つめていた。
ライブが終わったあとも、しばらく現実感が戻らなかった。
帰り道の電車でも、頭の中ではずっとライブの光景が繰り返されていた。
あの距離で見られたこと。
目の前で歌っていたこと。
もしかしたら、一瞬だけ目が合ったかもしれないこと。
そのすべてが夢みたいで、胸がいっぱいだった。
そんな余韻の残る翌日。
らんのスマホに、地元の友達からメッセージが届いた。
「今日飲み会やるんだけど来る?」
正直、家で昨日のライブの余韻に浸っていたかった。けれど、断るのも悪い気がして、らんは「行く」と返事をした。
夜、居酒屋に着くと、すでに何人か集まっていた。
「おー、らん!」
「久しぶりじゃん」
友達に声をかけられ、らんは軽く手を振る。テーブルには料理と飲み物が並び、いつもの気楽な雰囲気だった。
しばらく話していると、店の入り口の方が少しざわついた。
「お、来た来た」
誰かが言う。
らんは何気なくそちらを見た。
——その瞬間、思考が止まった。
入ってきた人の顔が、あまりにも見覚えのあるものだったからだ。
似ている。
いや、似ているなんてもんじゃない。
そっくりだった。
昨日ステージの上で輝いていた、あの人に。
らんは思わず、その人をじっと見つめてしまう。目を逸らそうとしても、どうしても視線が離れない。
「どうした?」
隣の友達が聞いてくる。
「いや……」
うまく言葉が出ない。
その人は普通に席に座り、みんなと挨拶をしている。笑った顔も、話し方も、どこか見覚えがある気がした。
胸がどくん、と大きく鳴る。
(まさか……)
そんなはずはない。
だって、昨日までステージに立っていた人だ。こんな地元の飲み会にいるなんて、普通はありえない。
そう思うのに、目が離せなかった。
しばらくして、誰かが話題を振る。
「そういえばさ、こいつアイドルやってんだよ」
「え?」
らんの耳がぴくっと動いた。
「マジ?」
「うん、グループで活動してる」
周りが「すげー」と笑う中、らんの心臓はさっきよりも激しく鳴っていた。
そして、誰かがその名前を呼んだ。
「なあ、こさめ」
その瞬間、らんの世界が一瞬止まった。
やっぱりそうだった。
目の前にいるのは、昨日ステージの上にいたあの人。
こさめ だった。
らんの頭の中は真っ白になる。
好きで、好きで、ずっと追いかけていた人が、同じテーブルに座っている。
こんなこと、ありえるのか。
言葉をかけたい気持ちはあった。
「昨日ライブ行きました」とか、「ずっと応援してます」とか、言いたいことはいくらでも浮かぶ。
でも、口が動かなかった。
もし違ったらどうする。
もし迷惑だったらどうする。
そんな考えが一瞬で頭を埋め尽くす。
結局、らんはただ黙ってその人を見つめることしかできなかった。
心臓は、ずっと落ち着かないままだった。
目の前にいるのは、間違いなく自分の推しなのに。
らんは何も言えず、ただドキドキしながらその横顔を見つめ続けていた。
らんはグラスを持ったまま、まだ現実をうまく受け止められずにいた。目の前には、昨日までステージの上でしか見たことがなかった人が、普通の顔で座っている。照明も歓声もない、ただの居酒屋のテーブルの向こう側で、友達と笑いながら話している姿。それなのに、らんの胸の奥ではずっと同じ鼓動が鳴り続けていた。
昨日、あんなに遠くて輝いて見えた人が、今日は同じテーブルで酒を飲んでいる。そんな状況が現実だとは思えなくて、らんは何度も「夢だろ」と心の中で呟いていた。夢じゃないと確認する方法は分からないけれど、とにかく落ち着かなくて、手に持っていたグラスをそのまま喉に流し込む。
アルコールが体に広がる感覚がある。少しずつ頭がふわふわしてきて、現実と夢の境界が曖昧になっていく。それでも視線だけはずっと同じ場所に向いていた。テーブルの向こう側、こさめがいる場所だ。
友達の話し声や笑い声が店の中に広がっている。みんなだんだん酔ってきて、会話のテンポも少しずつ崩れてきていた。らんもかなり酔っていた。体が少しふらついて、椅子に体重を預けるようにして座っている。それでも目だけは、ずっとこさめを追い続けていた。
気づけばまたグラスを空にしていた。
そして、ふと視線がぶつかる。
こさめがこちらを見ていた。
らんは反射的に目を逸らそうとしたが、もう遅かった。こさめは少しだけ笑って、椅子を引いた。
椅子の脚が床を擦る音が小さく響く。
次の瞬間、こさめはらんの隣の席に座っていた。
距離が、一気に近くなる。
らんの頭は酔いでぼんやりしていたが、それでもこの状況がとんでもないことだというのは分かった。推しが、隣に座っている。
こさめはくすっと笑いながら、らんの顔を覗き込んだ。
「ふふ、なぁに?」
その声は柔らかくて、どこか楽しそうだった。
らんは何か言おうとした。昨日のライブのこととか、ずっと好きだったこととか、本当は言いたいことが山ほどある。でも酔った頭では言葉がうまくまとまらない。
胸の奥にあった感情が、そのまま口からこぼれた。
「……すき」
ほとんど呟くみたいな声だった。
言った瞬間、らんの頭が少しだけはっきりした。
(やば)
酔った勢いとはいえ、推し本人に言ってしまった。恥ずかしさが一気に押し寄せてきて、らんは慌てて視線を落とす。
「……ごめん」
小さくそう言うと、隣でこさめが静かに笑った。
「ふふ」
怒っている様子は全くなかった。
「ありがとう、らんくん」
名前を呼ばれて、らんは思わず顔を上げる。
こさめは楽しそうに笑っていた。
「らんくん、さっきからずっとこさめのこと見てたよね」
その言葉に、らんの肩がびくっと揺れる。
「え……」
「ずーっと」
こさめはくすっと笑う。
らんの顔が一気に赤くなる。
「……見てない」
「見てたよ」
「見てないって」
顔を逸らしたまま否定すると、こさめはさらに楽しそうに笑った。
「かわいいね、らんくん」
その一言で、らんの心臓がまた大きく跳ねる。
しばらくして、こさめは少しだけ声のトーンを落として言った。
「ねえ」
「……なに」
「ほんとに、こさめのこと好きなの?」
冗談っぽい言い方だったけれど、らんには真面目な質問に聞こえた。
少しだけ考えて、らんは小さく答える。
「……うん」
酔っているせいか、変に取り繕うこともできなかった。
「めっちゃ好き」
その言葉を聞いたあと、こさめは少し黙った。
そして、ゆっくりと笑う。
「そっか」
こさめはグラスを軽く揺らしながら言った。
「実はね、こさめも気づいてたんだ」
「……なにを」
「らんくんのこと」
らんは目を瞬かせる。
こさめは少し照れたように笑った。
「昨日のライブ、最前だったでしょ」
その言葉に、らんの心臓が止まりそうになる。
「……え」
「すぐ分かったよ」
こさめはさらっと言う。
「泣いてたから」
らんの顔が一瞬で熱くなる。
恥ずかしくて、もうどこを見ればいいのか分からない。
すると、こさめは少しだけ体を近づけてきた。
そして小さく言う。
「こさめね」
「……」
「らんくんのこと、ちょっと気になってた」
らんの思考が止まる。
「え……」
こさめは少しだけ照れた顔で笑った。
「だから今日会えて、ちょっと嬉しい」
その言葉に、らんの胸がぎゅっと締めつけられる。
夢みたいだと思った。
推しが目の前にいて、しかも自分のことを気にしていたなんて。
こさめはらんの顔を見ながら、楽しそうに言う。
「らんくん」
「……なに」
「そんな顔してると」
こさめは小さく笑った。
「こさめ、本気になっちゃうよ?」
こさめは、らんのことをじっと見つめていた。
さっきまで冗談みたいに笑っていたのに、その視線だけは少しだけ真剣で、からかっているようにも、本気のようにも見える。居酒屋の賑やかな空気の中で、その一瞬だけ時間がゆっくり流れているみたいだった。
らんは視線を逸らすこともできず、ただこさめの目を見返していた。胸の奥では相変わらず心臓がうるさいくらい鳴っている。酔いのせいなのか、それとも目の前の人のせいなのか、もう自分でも分からなかった。
推しが隣にいるだけでも信じられないのに、「気になってた」なんて言われてしまった。そんな状況で平然としていられるほど、らんは器用じゃない。
言葉を探そうとしても、うまく見つからない。
ただ黙って見つめ合うような時間が、ほんの少しだけ続いた。
そのときだった。
——ピロン。
軽い電子音が鳴る。
こさめのスマホの通知音だった。
こさめは「あ」と小さく声を出して、ポケットからスマホを取り出す。画面を確認しようとしたその瞬間、らんの視界にも通知の内容がちらりと映ってしまった。
そこに表示されていた文字を、らんは反射的に読んでしまう。
「次のライブ会場は幕張メッセです。スケジュールは——」
一瞬、頭が真っ白になった。
ライブの通知だった。
つまり、完全に仕事関係の連絡だ。
らんは慌てて視線を逸らす。
「……っ、ごめん」
思わず小さく謝る。
本当は見ようと思ったわけじゃない。でも結果的に見てしまったことに変わりはなかった。
すると隣で、こさめが小さく笑った。
「ふふ」
怒っている様子は全然ない。
むしろ、少し楽しそうだった。
こさめはスマホの画面を軽く消すと、またらんの方を見た。
「らんくん」
「……なに」
「今の、見ちゃった?」
問いかけは柔らかい声だった。
らんは少し迷ってから、正直に頷く。
「……ちょっと」
嘘をつく気にはなれなかった。
すると、こさめはくすっと笑う。
「そっか」
そして、ほんの少しだけ顔を近づけてきた。
周りは相変わらず騒がしい。友達たちは酔って笑い合っていて、こっちの様子なんて全く気にしていない。けれど、らんにとっては世界の音が少し遠くなった気がした。
こさめは小さく囁く。
「2人だけの秘密だよ?」
その言い方は、どこか悪戯っぽかった。
らんの胸がまた強く跳ねる。
そして次の瞬間。
こさめの手が、らんの手に触れた。
驚く暇もなく、その指がするりと絡んでくる。
指と指が、自然に組み合わさる。
「……っ」
らんの肩がびくっと揺れた。
心臓の音が一気に大きくなる。
こさめはそんな反応を見て、少し楽しそうに笑っていた。
「らんくん、分かりやすいね」
「……うるさい」
顔が熱い。
でも手は離せなかった。
というより、こさめが離さなかった。
指を絡ませたまま、軽く揺らす。
「ライブ、来てくれる?」
こさめがぽつりと言う。
その声はさっきより少しだけ静かだった。
らんは一瞬だけ驚いた顔をする。
「……行く」
答えは迷わなかった。
「絶対行く」
そう言うと、こさめは嬉しそうに笑った。
「ほんと?」
「うん」
「そっか」
こさめは少しだけ目を細める。
そして、絡めたままの手を軽く握った。
「じゃあさ」
こさめが言う。
「幕張でも、らんくんのこと探そっかな」
その言葉を聞いた瞬間、らんの心臓はまた大きく跳ねていた。
コメント
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ほんとに愛してます💍💗 瑞桃って素晴らしいですよね😫 るふるんありがとう、 これで私6億年くらいは生きていけるよ🥹🍓 書いてくれてありがとう😭‼️