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「先生、それよりお店はもう終わり?」
「まだあと1時間ほどは営業したいところだけれど、もうこんなな状態だと、誰も来てくれないよね……」
折り紙の営業時間は午後19時まで。町の定食屋だから、忙しさは昼の方がダントツだけれども、夕方の需要も割と大きい。昔は20時まで営業していたけれど、19時以降は殆どお客様が来ないから、1時間早く閉めるようになった。
「でも、もしかしたら誰か来てくれるかもしれないから、あと30分は開けておくわ」
「じゃあ、僕も手伝うよ」
「ええっ。いいよそんな、睦月くんお仕事終わって帰ってきたばかりじゃない。先に家に戻ってゆっくりしててよ」
「仕事なんて大したことないよ。それよりも、先生に会えたことが嬉しいから。最後まで一緒にいてもいいかな?」
イケメンはなんでこういう甘い台詞をさらーっと吐くのかな!?
信じられないよ、ほんとに!
二次元の世界にしか生息していない人物が、私の旦那様だなんてどうかしているわっ。
睦月君とまだ再会してたった2日なのに、初日に結婚して最低な初夜を過ごし、今朝はキスまでされて(しかもファーストキス!!)今も尚、睦月君にドキドキさせられっぱなしなんて。
照れを隠すように私は厨房のかたづけに入った。怖いやくざみたいな人のせいで、売り上げが激減してしまったために夜の仕込みはほとんどない状態が続いている。
折り紙……昔はもっと繁盛していたのにな。
味が悪くなったわけでも、値段を高くしたわけでもない。ただ、時代にうちの店が追い付かなくなってしまっただけだと思う。
悲しいけれど…この現実を受け入れていくしかない。
「ねえ、先生。あのチンピラ男たちは、いつ頃から店に来るようになったの?」
「えっと……半年くらい前からよ」
「そんなに前から来ていたんだ」
「そう。せっかく借金を立て替えてもらったのに、折り紙の売り上げでお金を返せなくてごめんなさい。その代わり、私がちゃんと働いて返すからね」
「借金のことは気にしなくていいよ。先生が僕のお嫁さんでいてくれたら、それだけでいいの」
夫となった彼は優しい顔で笑ってくれた。
そういうわけにはいかないよ……。素敵な笑顔で笑ってくれる睦月君にとって、この案件は ”百害あって一利なし” だもの。
いくら幼少期の恩を返すためとはいえ、20歳のこれから未来のある青年が、こんな赤字経営のお店で仕事をするしか取り柄のない、しかも7歳も年上の私を妻に迎えるなんて可哀そうすぎる。
「チンピラについては、詳しく調べて手を打つから安心してね、先生」
さらに素敵なスマイルでにこっ、と笑ってくれる。「僕、お店のことでなにか手伝えることはない?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。片づけるだけだから、なにもないよ」
「そっか。じゃあ、閉店準備を待っている間に電話してくるね」
さっきまでカウンターのひと席に腰を据えていた睦月君は、席を立って店の外に出て行った。
はあ……。どうしてこんなことになっちゃったのかな……。
もう、ため息しか出ない。
がらんとしたお店を見渡した。昔はもっと繁盛して、お客様であふれていた風景が浮かぶ。どうやったら前のようにお客様が来てくれるようになるのかな。
このままだと、赤字で閉店……よね。
様々な思い出が蘇る。私が幼い頃、病気で亡くなってしまったお母さん。料理が上手だったから、自分のお店を持つのが夢だったとお父さんが言っていた。その夢が叶い、お母さんは、自らの手料理で空腹のお客様をお腹いっぱいにさせたい、と、お父さんと一緒に店に立ち続けた。
私を産んで、忙しいながらも店を切り盛りしていた。
ある日急に具合が悪くなって倒れて病院へ運ばれた。入院を余儀なくされ、そのまま帰らぬ人となってしまった。若いから癌が進行し、その体を蝕んでいたのだ。痛みはなく、気が付かなかった。あっという間に逝ってしまった。
お母さんは亡くなってしまったけれど、『折り紙』が私たちに残った。
お父さんはお母さんをすごく愛していたから、彼女が死んでしまい、絶望したことだろう。お店と私だけが残されて途方に暮れていた時、折り紙に駆けつけてくれた常連さんが言ってくれたのだ。
『また、折り紙の定食が食べたい』、と。
それから涙に濡れていた父は奮起した。母が病室で残してくれたレシピを元に、今までの常連客に支えられながら店を開け続けた。
私もできる限り、折り紙の営業を支えた。様々な想い出が刻まれている。
睦月君もそうだ。彼もこの空間で幼少期を過ごしたから。
初めて睦月君に会った時、彼は小さな体を震わせて折り紙を見上げていた。
私もお母さんの血を色濃く引き継いでいるのだろう。お店の前でお腹を空かせて悲しそうにしていた睦月君を放っておけなかった。小さな天使にお店のご飯をあげた時、嬉しそうな笑顔を見せて食べてくれた姿が忘れられない。
この店を辞めるということは、そうやって今まで築いてきた思い出も、お母さんの意思もそこで途絶えさせることになる。もう、二度と会えないとわかっていても、この店を手放せば再びお母さんとの別れが訪れるような気がする。
だからこそ、お父さんも経営が苦しくてもこの店の存続に尽力していたのだ。
もう……今日は開けていても無理かな。お客様は来なさそうだ。
看板の電気を落としたところだった。カラカラと横開きの扉を開けて入ってきたのは、なんとも珍しい、パリっとしたスーツを着こなした男性だった。睦月君とは違うようだ。この時間から……お客様かな?