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『循環の迷宮』探索の4日目。
今日は6階にあるという滝を見てから、地上に向けて戻って行く予定だ。
……とはいうものの、リーゼさんが少し体調を崩してしまったらしく、6階へは少し休憩してから行くことになった。
「ごめんね、ダンジョンの環境に慣れなかったのかな」
テントを撤去する傍らで、リーゼさんが呟いた。
周囲のパーティはすでにおらず、残っているのは私たちだけになっている。
「まぁまぁ。そんなこともありますよ」
私はそう慰めるしかなかった。
原因が分かれば薬でも作るところなんだけど、鑑定しても、特に状態異常には出てこなかったんだよね。
……軽微なものは、状態異常として出てこないのかな?
「でも、もう大丈夫そうだから、そろそろ行こうか。
滝を見れば気分転換になるかもしれないし」
「そうですね。
ルークとエミリアさんも準備ができたようですし、進むことにしましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
6階への階段を下りていくと、途中から大きな水の音が響いてきた。
「……うわぁ、凄い音。
ここでこの音なら、6階に着いたときには目の前に滝があるんでしょうね」
「それにしても、この階段もかなり長くありませんか?
6階の天井はかなり高そう……」
そんな話をしながらしばらく進むと、ようやく階段が終わり、目の前には広い景色が開けた。
そこには……周囲の壁と同じ、青白い光を放つ、高く高くそびえる滝が姿を現した。
遥か上空から水が勢いよく流れ落ちて、大量の水飛沫を宙に舞わせている。
霧雨――
……まさにそんなイメージだろうか。
細かい水滴が私たちの方にも降り掛かってくるが、いやな感じはしない。
滝つぼに溜まった水は、少し先で大きな音と共に、階下に流れ落ちているようだった。
「おお……、これは凄い……」
「本当ですね! 迫力があります!!」
「こんな滝を見ることができるなんて……ダンジョンとは不思議な場所ですね」
「うん……大きな音だね、これは」
四人が四人、それぞれの感想を漏らす。
力強くて、そしてとても美しい光景。
これって、結構な観光スポットになるんじゃないかな?
……いや、ここまでの道のりを考えれば、さすがにちょっと厳しいか。
しばらく滝の周囲を散策しながら、軽く探索もしてみる。
特に魔物や宝箱の姿は無いようだった。
……少し前にたくさんの冒険者がここを通っただろうし、無いのも当然か。
「うーん、平和そのものですね」
「それじゃアイナさん、平和なうちに水を調達してしまいましょう」
「そうですね。
雑用は先に済ませておきますか」
大きめの水筒と瓶をアイテムボックスから取り出して、エミリアさんと一緒に水を汲み始める。
錬金術で浄化するのはいつでもできるから、今はひとまず水を汲んでしまうことにしよう。
「……アイナ様、魔物です」
水を汲み終わった頃に、ルークが注意を促してきた。
ルークの視線の先を見てみると、人間の形をした水の塊が動いている。
あれはいわゆる水の精霊ウンディーネ……というやつだろうか。
何となく女性の姿をしていて、可愛いような気がする。
ゆっくりと向かってくるウンディーネに対して、まずはルークが斬り掛かった。
ルークの剣が一閃してウンディーネを斬り裂いた……のだが、そのまま何事も無かったように、くっついて戻ってしまう。
……あれ? そんな再生力って、あり?
「私の知っているウンディーネとは違いますね……」
ルークは私たちを護りながら言う。
「それでしたら、昨日の教訓を活かしてわたしが!
シルバー・ブレッド!!」
パアアアアンッ!!
エミリアさんの魔法を受けたウンディーネは、一撃で見事に霧散させられた。
跡形も無く……とはまさにこのことだろう。
「おぉ……。これで終わり――」
「いえ、まだいます!」
再度、エミリアさんの声が聞こえる。
その視線の先にはまた別のウンディーネがいた。
「それじゃ、今度は私もいくわね」
そう言いながらリーゼさんは弓を番えた。
そして狙いを絞って一気に撃ち放つ――
ザンッ!
「――ッ!?」
「「え?」」
次の瞬間、私たちが見たのはルークに刺さった1本の矢。
そして――
「アイナさんッ!!」
不意に突き飛ばされる私。
ズザァアアアアッ!!
地面を|擦《こす》る音が聞こえた。
その音は……突き飛ばされた、私の身体が立てた音!?
痛みをこらえながら、慌てて起き上がる。
最初に見えたのは、宙を舞う矢を剣で弾いているルーク。
その次に見えたのは、肩に矢を受けて倒れているエミリアさん。
そして最後に見えたのは――
……ルークに向かって、矢を撃ち放つリーゼさんだった。
「え? リーゼさん、何を!?」
状況が把握できない。
ウンディーネの姿はすでに無いが、それはリーゼさんが倒した……?
え、でもこれは――
「――ちっ、さすがにルークさんは強いね!
それじゃやっぱり、狙いはこっちかなぁ?」
リーゼさんがそう言うや、彼女の弓矢が私の方に向けられる。
しかしそれを見たルークが、素早く私の前に躍り出た。
「アイナ様、下がって!」
「あらあら、勇猛で忠実なナイト様♪
確かに普通の矢は剣で弾かれるけど……この技はどうかなぁ!?」
そう言うと、リーゼさんの弓矢には力強い緑色の光が燃えるように宿った。
これは――
「クルーエル・テレブレーション!!」
リーゼさんが叫んだ瞬間、その弓から大きな風の塊が撃ち出される。
恐らく、弓矢の特殊攻撃――
ズガアアアアアンッ!!
「……うぐっ!?」
大きな音の合間に、ルークのうめき声が聞こえた。
ルークの影に隠れていた私にはダメージは無かったけど、ルークには――
「あっははは! お姫様がいたら避けられないもんねぇ?
そんなやつ、私の敵じゃないよねぇ!?」
「り、リーゼさん!? 何をするんですか!?」
「……はぁ? まだ平和ボケしてるの?
この状況を見てみなさいよ。どう思う?」
私の足元で倒れているルーク。
私の傍らで倒れているエミリアさん。
そして目の前には、こちらに弓矢を向けているリーゼさん。
「――……裏切り」
「遅い、遅いよ!
ああもう、あはははは! 見てられないわぁ!!」
「で、でも何で!? 私たちが何かしましたか!?」
「いいえ、別に?
まぁ、理由としては……金目の物を持っていた、ってことかなぁ?」
「金目の物……?」
このダンジョンで、手に入れたものを思い出してみる。
裏切ってまで欲しいものなんて、何かあっただろうか。
特に価値のあるものは何も手に入れてないと思うんだけど――
……その様子を見て、リーゼさんは改めてため息をついた。
「貴重な装備をたくさん持ってるでしょう? ほら、全部出しな」
「貴重な装備……? それって……」
「はぁ……。錬金術の腕は凄いけど、察しは悪いんだね。
ほら、あんたの指輪やブレスレット。エミリアさんのイヤリング、あとはルークさんのネックレスか。
それだけ頂いたら、今回は見逃してあげるよ」
……リーゼさんの目は冷たさを増していく。
周りには誰もいない。
頼りの仲間は怪我を負っている。
どうにかできるのは、私だけ――