桃華の視線が文字をゆっくりと追いかけていく。兄から連絡用に渡されているスマートフォンには、『ハロウィン特集』という文字が踊っていた。
「はろうぃん…」
今までどんな日かわからなかった日。
ずっとコスプレをして町を練り歩く日だと思っていた日。
そして。
『わーい!おかしー!』
何故か毎年お菓子を姉や兄からもらえた日。
今年になってやっとハロウィンの本来の楽しみ方を知った桃華は姉のいるであろう場所に向かった。
「おねえちゃん、ことしもハロウィンってやる?」
ひょこりとキッチンの扉から顔を出し、姉に問う。
姉はカーキのエプロンを着けてクッキーとパンプキンパイを作っていた。
「やるけど、どうした?…あ、これ、味見して。試作品だけど」
焼き上がったばかりのクッキーと小さな手のひらサイズのパイをリスのように口いっぱいに頬張り、ごくりと飲み込む。
口の端の食べかすを守に取ってもらうと、桃華は手を挙げて言った。
「ことし!かそうしよう!」
守はぴたりと作る手を止め、「ちなみに、服は?」と尋ねた。
桃華は「うーん…」と考えてから、「ぼくがつくる!」と元気よく豪語する。
守はその威勢の良さに少し笑ってから言った。
「俺手伝うから、やりたいやつリストアップしときな」
「はーい!」と元気よく返事をし、キッチンから出る。
次に目指したのはちょうど休み時間だった海達の教室だった。
自由帳と筆箱を鞄から出し、海の隣へと座る。
ぐりぐりと『きゅうけつき』『おおかみ男』などと幼子特有の崩れた字で書いていると、他のクラスメイト達も集まってきた。
何を書いているのか問われると、「かそう!」と答える。
「あのね、ハロウィンだからね、かそうするの!」
大きく仔猫のような目をキラキラと輝かせ、頬を紅潮させて「しきくんたちはなにするの?」と聞く桃華に四季はきょとんとして言った。
「逆に、するのか?ここで」
「なんですとっ!?」
稲妻のような衝撃が桃華を襲い、桃華は机に突っ伏した。
海は「大丈夫か?」と慰めるが、桃華は落ち込んでいるのではない。
(ぼくが…ぼくが、ハロウィンをだいせいこうさせなきゃ…!)
闘志に燃えていたのである。
ここに、幼子のハロウィン奮闘劇が始まった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!