「車は好きで、だいぶ乗っていたんですが、こんなに大きくてハイグレードなのは初めてなので、ちょっと緊張してます……」
住宅街から大通りへと出て、ようやく少し落ち着いてきて口を開いた。
「そうか、悪いな。さっきも言ったように、この車が好きで長く乗っていたものだから。無理を言ってしまって、申し訳ないことをしたよな」
「ああ、いえ、申し訳ないだなんてことは……!」謝られたことを、手を振って否定をして、「……実際、愉しんでもいますから。こういう車を初めて運転することができて」と、本音を打ち明けた。
「そうか、それならよかったよ。私も、以前は自分で運転をしていたんだが……」
そこまで話して、蓮水さんがふと口をつぐんだ──。何か運転をしなくなった訳があってとも一瞬思ったけれど、信号が青になり、その先は聞けずじまいになってしまった。
──程なくして、会社に着くと、
「これは、セキュリティカードだ。このカードで会社内には出入りができるんで、私が帰る時間までは好きにしてもらっていてかまわないから」
と、カードの入ったホルダーが首にかけられた。
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、また帰宅をする際には、よろしく頼むよ」
髭をたくわえた口元にふっと笑みを浮かべて、背を向ける。その紳士然とした佇まいに、自然と目が吸い寄せられた。
配下の人たちに取り囲まれて会社へ入って行く姿を、いってらっしゃいと心の中で唱えて見送った後で、さてこれからどうしようかな……と、考える。
(私も会社を訪れてみようか……。こんな大きな会社の中を自由に見られるなんてことも、あんまりないだろうし……)
そう思いエントランスを抜けて社内に足を踏み入れると、大企業の放つ威圧感に一気に圧倒されそうになった。
「一流メーカーだけあって、さすがに……」
階数別に様々な部署が記されたクリアボードを、感嘆しつつ見上げた。
(……確か紳士服のHASUMIって、一代で築かれたんだよね……)
最初は一軒のテーラーから始まったというのを、何かのメディアで見たような記憶があって、改めてその手腕を見せつけられたような気がした……。
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