「うん、確かに傷は大した事ないね。とりあえず絆創膏を貼っておくよ」
詩歌の恥ずかしさに全く気付いていない郁斗はマイペースに傷口を確認すると、用意してあった救急箱から絆創膏を一枚取り出し、傷口に合わせて丁寧に貼り付けた。
「……ッ、……」
その際、彼の指が肌に触れて擽ったさを感じて反応した詩歌は吐息のような声を漏らしてしまい、更に頬を赤く染めていく。
「痛かった?」
「い、いえ……、大丈夫です! ごめんなさいっ!」
「そお? あ、もう終わったからスカート下げて大丈夫だよ。脚、冷えちゃうからね」
「は、はい! すみません」
絆創膏を貼り終えた郁斗は足が冷えるからとスカートの裾を下げるように促すと、慌てて裾を下げた詩歌は先程借りたブランケットを上から掛けて脚を隠した。
「さてと、手当も済んだ事だし、そろそろ本題に入ろうか」
そして、救急箱を片付けた郁斗が再びソファーに座ると、未だ恥ずかしさを滲ませていた詩歌にそう声を掛けるも、彼女は何故かきょとんとした表情で首を傾げた。
「ほ、本題……?」
「嫌だなぁ、詩歌ちゃん、キミの事だよ。さっきキミが誰かから逃げてるワケありさんっていうのは分かったけど、それをもう少し詳しく話してほしいんだ」
「あ……、そ、そうですよね……」
郁斗に言われて詩歌は自分が置かれている状況を改めて自覚し直すと、一旦小さく深呼吸をした後、
「実は私、京都にある実家から……家出して来たんです」
この東京へ、大したお金も持たずにやって来た経緯を一から説明し始めた。
「家出……ね。それは突発的にって事? だって計画的な家出ならお金だって少しくらいは余分に持って来るよね?」
「……いえ、その……突発的……ではなくて以前から考えていた事です。ただ、なかなか実行に移せなくて……」
「ふーん? それは監視が厳しい、とか?」
「はい、それはあります。父親が、とにかく過保護で……」
「ああ、そう。まあキミみたいな娘ならそれも無理ないかもね」
「え……?」
「ああ、ごめん。話続けてくれる?」
「は、はい……」
話を聞いていた郁斗は、詩歌のように容姿端麗で格好や所作や言葉遣いからして明らかに良いところの生まれだと分かるので、親としては心配するのも当然だと思ったのだ。
郁斗の言葉を聞いてどこか腑に落ちない表情を浮かべた詩歌だったけれど、その事には触れずに話を続けていく。
「何度か思い留まりもしました。家を出たところで宛もないし、私には、何の取り柄もないから……」
「けど、家出を実行した。それはどうして?」
「……結婚を、させられそうになったから……」
「結婚……か」
詩歌の家出の原因は望まぬ結婚を強要されたから。しかし、良いところの生まれならば政略結婚も珍しくはない事だろう。
ただ、詩歌の話には続きがあった。
「……実は私は花房家の血を継いでいない、義理の娘なのです。生まれて間もなく施設に預けられ、十歳の時に花房家に養子として引き取られました。義母は優しくてとても良い人だったんですけど、私が高校へ上がった頃に事故で亡くなりました。それからは義父と使用人数人とで住んでいるのですが、義父は利益の為には手段を選ばない人で、私を引き取ったのも事業を大きくする為だったと最近になって知りました」
詩歌は花房家の養子として育てられて何不自由無い暮らしを送っていたのだけど、政略結婚の為に施設から引き取られたという悲しい運命を背負っていたのだ。
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