夜の帳が下りた都会の片隅。ネオンが瞬く街の喧騒とは対照的に、そこにはどこか穏やかな空間が広がっていた。
細い路地を抜けた先にある、小さなカフェ「ルミエール」。
落ち着いた木の扉に、シンプルなデザインの看板がかかっている。
派手な宣伝はなく、気づく人だけがふらりと立ち寄るような、そんな隠れ家的な店だった。
カラン、と控えめなベルの音が響く。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥で、静かに声を発したのは、店員の湊(みなと)。
黒髪に柔らかい表情。
華奢ではあるが、どこか芯の強さを感じさせる雰囲気を持つ男。
淡々とした接客は必要最低限でありながらも、どこか心地よい。
このカフェの常連で刑事である相沢(あいざわは、そんな湊の姿をカウンター越しに見つめた。
相沢「いつもの、お願いします」
湊「ああ、ブレンドでいいですね」
湊は慣れた手つきで豆を挽き、丁寧にドリップを始める。
落ちる滴の音と、店内に広がるコーヒーの香りが、静かな空間を満たしていった。
相沢はふと、彼の指先に目をやる。
しなやかな手の動き、無駄のない所作。
(相変わらず、綺麗な手をしてるな)
初めてこの店を訪れた時から、なぜか目が離せなかった。
——何かを隠しているような男。
それが、相沢の湊に対する第一印象だった。
湊「相沢さん、最近忙しいんですか?」
ふいに湊が口を開く。
相沢は軽く目を細め、苦笑した。
相沢「ん、まぁな。色々と動き回ってる」
湊「大変ですね」
湊は淡々とした口調で応じながら、カップを相沢の前にそっと置いた。
湊「……お疲れさまです」
相沢「……」
相沢は一瞬、言葉を失った。
特別な感情が込められているわけではない。
ただの社交辞令かもしれない。
それでも、たったそれだけの言葉が、妙に胸に響く。
相沢はそっとコーヒーを口に運んだ。
深みのある味が、じんわりと体に染み渡る。
相沢「……やっぱり、ここのコーヒーが一番う まいな」
湊「ありがとうございます」
湊は相沢の言葉に、ほんの少しだけ微笑んだ。
相沢は、その微笑みが胸の奥に小さく波紋を広げるのを感じた。
——この時間が、嫌いじゃない。
刑事としての厳しい日常の中で、こうして湊と交わす何気ない会話が、相沢にとってはわずかな安らぎになりつつあった。
だが、湊には裏の顔がある。
それを相沢は、まだ知らない。
静かに流れる日常の裏で、二人の関係はゆっくりと動き始めていた——。
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