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◆アルが最期に見た幻
窓の外には、雪が降っていた。
そんな季節ではなかったはずなのに、静かに、白く、音もなく。
アルは薄れゆく意識の中で、誰かの名前を呼ぼうとした。
でも唇は動かず、喉からは何の音も出なかった。
そのとき。
「おい、何ボーッとしてんだよ」
その声が、どこからともなく響いた。
ふと顔を上げると、そこには――
アーサーがいた。
あの頃のまま。
まだ歪んでいない、まだ壊れていない、笑ったり怒ったり、やかましくて、でも温かかった“アーサー”。
光の中から歩いてくるように、彼はアルの前に立った。
「また泣いてんのか、お前。……ほんと、どうしようもねぇやつだな」
「アーサー……俺は……」
声が震える。
その名を呼んだ瞬間、胸が締めつけられるように痛んだ。
「俺は、お前を……壊した。
閉じ込めて、縛って、逃げ道を奪って……最後には……」
「違うよ」
アーサーはゆっくり首を振った。
「お前は、俺の全てを受け入れてくれた。
俺が壊れても、嫌われても、見捨てられても……ずっと隣にいた」
「でも……それは……愛って言えるのかい……?」
「そんなの、どうでもいいだろ」
アーサーは笑った。
あの、最初に惹かれたときの、柔らかい笑みで。
「“お前がくれたもの”が俺の全部だった。
他の誰に理解されなくても、それでよかった」
ふたりの手が、そっと触れ合う。
温もりが、確かにあった。
まるで時間が巻き戻るように。
ふたりが出会った季節、見上げた空、重ねた手の記憶が、波のようにアルの意識を包み込んでいく。
アーサーが、静かに囁く。
「もう、いいんだよ。
もう、十分に苦しんだ。
お前は俺の中で、生き続ける。
だから、安心して眠れ」
アルはそっと目を閉じる。
最後に見たのは、アーサーが手を伸ばし、微笑んでいる姿だった。
◆静かな現実
数日後。
冷たい山奥の家で、アルは息を引き取った。
誰にも気づかれず、アーサーの遺体を抱いて。
傍らにはノート。
彼の人生の最後のページには、震えるような文字で、ひとことだけ――
「おかえり、アーサー」