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#感動的
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◇◇◇◇
崩れ落ちた高台の瓦礫が、まだわずかに軋んでいた。
砕けた木材と石片のあいだから、ユークリッドはゆっくりと姿を現す。
舞い上がった土煙が、夜の戦場に薄く漂っていた。
視界が開けた瞬間。
目の前に、二つの影が立っていた。
レオニス。
そして、教皇バルタザール。
二人は並んでいる。
高台の上には、瓦礫の中に埋もれる巨体があった。
グリオラだ。
顔面は腫れ上がり、まるで別人のように歪んでいる。
意識は完全に途切れていた。
拳ひとつで叩き伏せられた王の姿だった。
ユークリッドはその光景を一瞬見つめ、やがて視線を二人へ戻す。
そして、重く息を吐いた。
「……私たちの負けだ」
言葉は静かだった。
だが、その声には、長い緊張の糸が切れたような疲労が滲んでいた。
ユークリッドの口元が、わずかに歪む。
罰の悪さを隠せない、しかめ面だった。
「認めたら許されると思っている訳じゃないよな」
レオニスが言う。
だがその声には、戦場の空気を押し潰すほどの重さがあった。
怒り。
それも、剥き出しの激情ではない。
底の方で静かに燃え続けている、深い怒りだった。
ユークリッドは小さく肩をすくめる。
「最初からバリスハリスに喧嘩を売るつもりじゃなかった」
視線はどこか遠くへ向いている。
「……ただ、どうしても私は白の魔女が欲しかっただけだ」
その言葉に、レオニスの眉がわずかに動く。
「戦争を引き合いに出せば、俺が白の魔女を手放すと本気で思っていたのか?」
「ああ」
ユークリッドは即答した。
「報奨金付きの指名手配までやったんだ。君には庇う理由がないだろう」
レオニスの瞳が冷える。
「……お前は、なんで白の魔女が欲しいんだ?」
その問いに、ユークリッドはわずかに目を伏せた。
少しの沈黙。
やがて、口を開く。
「今のヴァルディウス王国は……おかしい」
掠れた声だった。
「最初に白の魔女の血を欲したのは、王妃の治療のためだった」
レオニスの脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
「……万能薬」
ユークリッドは頷いた。
「そうだ」
そして、空を見上げる。
どこか遠い昔を思い出すように。
「そこからだ」
声が、わずかに震えた。
「そこから、何もかもが狂った」
戦場を渡る風が、瓦礫を鳴らす。
「呪いが蔓延した。そして……国が回らなくなった」
レオニスは、ユークリッドをじっと見つめて、口を開いた。
「お前も」
視線が、ユークリッドの身体をなぞる。
「お前の兵も」
さらに遠くの兵士たちへ向ける。
「全員に呪いの瘴気が見える」
ユークリッドの表情が固まる。
「……何を言っている?」
「ずっと思っていた。ヴァルディウス王国は、呪いに対する考えが甘すぎる」
ユークリッドは眉を歪める。
「呪い?」
鼻で笑う。
「呪いなんて風邪みたいなものだ」
その言葉は、まるで常識を語るようだった。
「寝れば治る。それが普通だったんだよ」
その瞬間。
レオニスの瞳に、明確な怒りが宿った。
「……お前こそ、何を言っている」
声は低い。
しかし、氷のように鋭かった。
「呪いは、解呪しなければ治らん。死んでもな」
ユークリッドの顔色が変わる。
「……いや。そんなこと、ないはずだ」
言葉が乱れる。
視線が揺れる。
「誰かがヴァルディウス王国に強力な呪いを掛けたんだ!」
叫ぶ。
「そうだ! 白の魔女が、私たちを苦しめようとしている!」
声が狂気に近づいていく。
「早く殺して、血をッ!」
呼吸が荒くなる。
「血を飲まないと。国民も……全員が死んでしまう!」
静寂が落ちた。
その沈黙を破ったのは、レオニスだった。
「白の魔女を殺して血を取ったところで」
冷たい声。
「一滴ずつ配ったとしても、ヴァルディウス王国の全員には足りない」
ユークリッドが言葉を失う。
「もし血が足りたとして、次に強力な呪いが来たらどうする?」
レオニスは続ける。
「他の魔女の血を取るのか?」
「そんなことをするはずがない!」
ユークリッドは叫ぶ。
「禁忌の魔女の血だけだ!」
レオニスは、ふっと鼻で笑った。
「それはどうかな」
その視線は冷酷だった。
「ヴァルディウス王国は、白の魔女から絶大な恩を受けていた」
ゆっくりと歩く。
「それなのに、殺そうとしているだろうが」
足音が瓦礫を踏む。
「そんな野蛮なことをする国だからな」
ユークリッドは歯を食いしばる。
「……私の気持ちは、レオニスには分からない」
震える声で言った。
「分かりたくもない。お前らは長い年月をかけて、白の魔女が起こす奇跡に慣れてしまった」
レオニスはユークリッドを真っ直ぐ見据える。
「そのツケ来ただけだ」
レオニスはゆっくりと魔剣を抜く。
刃先がユークリッドの額へ触れる。
冷たい鉄の感触。
一滴の汗が、ユークリッドの頬を伝った。
「一つ教えてやる」
戦場の風が止まったようだった。
「ヴァルディウス王国が被るはずだった呪いの瘴気を」
言葉が落ちる。
「散らして回っていたのは、白の魔女だ」
レオニスの声が、静かに響く。