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「……また来た」
火曜日、午後三時。
花屋《muguet》の入口を見たまさこは、思わず小さく呟いた。
カラン、とベルを鳴らして入ってきたのは、今日も今日とて佐野勇斗。
黒のキャップに白シャツ。
ラフな格好なのに、やっぱり目立つ。
しかも顔がいい。
「こんにちは〜」
勇斗はゆるく手を振る。
まさこは苦笑した。
「勇斗さん」
「うわ、名前呼ばれた」
「毎回喜ぶんですね」
「そりゃ嬉しいから」
「安いなぁ」
「まさこさん相手だと基準バグる」
「さらっと変なこと言わないでください」
勇斗は笑いながら店内を見回す。
「今日もいい匂い」
「それ、先週も言ってました」
「毎回思うもん」
「ふふ」
まさこは花の茎を切りながら尋ねる。
「今日は? 妹さん?」
「違う」
「お母さん?」
「違う」
「じゃあ彼女?」
勇斗は一瞬黙ってから、にやっと笑った。
「まさこさん、嫉妬?」
「違います」
「食い気味だね」
「違いますから」
「でもちょっと気になる顔してた」
「してません」
「してた」
「してません」
「かわいい」
「……もう帰ります?」
「ごめんって」
勇斗はけらけら笑った。
ほんとに楽しそうに笑うから、まさこは調子が狂う。
最初は、ただの距離感近めな人だと思っていた。
でも。
「……で、今日は何を?」
「一本だけ欲しい」
「一本?」
「うん」
勇斗は店の奥を見て、それから白い花を指さした。
「それ」
「カスミソウ?」
「名前知らないけど可愛いやつ」
「雑」
まさこは笑いながら一本取り出す。
「ラッピングします?」
「して」
「誰に渡すんですか?」
勇斗は少しだけ黙った。
それから。
「秘密」
「怪しい」
「まぁ、そのうち」
まさこは淡いグレーの紙で丁寧に包む。
勇斗はその手元をじっと見ていた。
「……まさこさんってさ」
「はい?」
「彼氏いる?」
「またそれですか」
「気になるんだって」
「いませんよ」
言った瞬間。
勇斗がぴたりと止まった。
「え」
「え?」
「……ほんとに?」
「なんでそんな驚くんですか」
「いや、絶対いると思ってた」
「いません」
「マジか」
「失礼ですね」
勇斗はしばらく黙っていた。
そのあと、ぼそっと呟く。
「チャンスあるじゃん……」
「聞こえてますよ」
「わざとです」
まさこは思わず吹き出した。
「勇斗さんって、結構ぐいぐい来ますよね」
「ダメ?」
「ダメじゃないですけど」
「けど?」
「慣れない」
勇斗が目を細める。
「恋愛に?」
「……そういうのじゃなくて」
まさこは視線を落とした。
「こんなふうに、ちゃんと見られるの」
一瞬、空気が静かになる。
勇斗はふざけなかった。
ただ優しく聞く。
「見られるの嫌?」
「……分かんないです」
まさこは小さく笑った。
「怖い時もあるし、嬉しい時もあるし」
「そっか」
「でも勇斗さん、距離近いから」
「ごめん」
「……嫌じゃないですけど」
勇斗がゆっくり瞬きをする。
「それ反則」
「なんでですか」
「期待するから」
まさこは困ったように笑った。
その時、店長が奥から顔を出す。
「まさこちゃーん、配達お願いできる〜?」
「あ、はい!」
店長は勇斗を見るなりニヤニヤした。
「彼氏?」
「違います」
「違いまーす」
二人同時に否定する。
店長が爆笑した。
「息ぴったりじゃん」
「やめてくださいよ」
まさこが少し恥ずかしそうに言うと、勇斗は楽しそうに笑う。
「じゃ、俺も手伝う」
「え?」
「配達」
「いやいや、お客さんですから」
「暇だし」
「絶対違う理由ですよね」
「バレた?」
「顔に書いてます」
「まさこさんと一緒いたいって?」
「そこまでは言ってません」
「でも近い」
まさこは笑いを堪えながらエプロンを外した。
「……重いですよ、鉢植え」
「任せて」
勇斗はさらっと鉢を持ち上げる。
「あ、すご」
「でしょ」
「意外と力ある」
「意外といらなくない?」
店を出ると、春風がふわりと吹いた。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹