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同居生活を始めて一ヶ月後のゴールデンウィークを利用して、慎司の提案で新婚旅行に行った。行き先は北海道。飛行機や宿泊などの手配も全部慎司がしてくれた。
気がつけばそばにいて私に目を光らせている義父母から離れて、しばらく夫婦水入らずで羽を伸ばせると思ったら、独身時代以来久しぶりにワクワクして胸が躍った。
だから、空港で笑顔で手を振る義父母を見かけたときも、見送りに来てくれたんだなと素直に感謝の言葉を口にしたけど――
「七海さん、全然気にしなくていいのよ。両親に勘当されて寂しい思いをしてるあなたを励ますためだから、私たちも喜んで旅行に参加させてもらうことにしたから」
「七海さん、君はいい家に嫁いできたね。これからはおれたちを実の両親だと思って精一杯親孝行するといい」
よく見れば、見送りにきただけにしては二人とも旅行にぴったりな服装をして、しかも大荷物。義父母も新婚旅行に同行するということ? 何も聞いてないんですけど……
どういうことか説明を求めて、すがるように慎司の顔を見た。
「おやじとおふくろも七海の思い出作りに協力してくれるってさ。これはおれたち三人で考えたサプライズだ。七海、うれしいか」
うれしいわけないが、うれしくないなんて言える雰囲気でもなく、ありがとうございますと頭を下げるしかなかった。
飛行機の座席は窓側から横一列に舅、夫、姑、私の順。夫と舅がお酒を飲み交わし、子どものようにはしゃぐ姑の話し相手は必然的に私。
姑の話は一人息子の慎司の話がメイン。結婚したといってもつきあいは短く、私は彼のことを実はほとんど知らない。期待して姑の話を聞いた。
「あの子は要領悪くて昔から苦労のし通しだったのよ」
それは意外。職場では要領悪い光留をいじめる方だったが、昔は違ったのだろうか?
「高校生のときはいじめっ子という濡れ衣を着せられて、私もよく担任から呼び出されたものよ。慎司に聞いたら絶対にいじめてないと言うし、〈なんでそんなにうちの子だけ悪者にしたがるんですか? 生徒を信じるのが教師の仕事でしょう? あなたたちは教師失格です〉って逆に説教してやったわ」
慎司がさんざん職場いじめしていたのを見せられてきた私には濡れ衣とは思えなかったが、もちろん黙っていた。
「慎司にいじめられたと教師に言いつけた子は足が生まれつき悪い子で歩き方が変だった。〈すぐに大人に告げ口するような卑怯な人間だから障害なんて持って生まれてくるのよ。神様ってやっぱりいるのね〉ってその子の親の前で正論をぶつけてやったら、何も言い返せずにぷるぷる震えてておかしかった」
それ、正論じゃなくて暴論では……? もちろん口には出せない。
「うちの子は定時制高校に通っていたのね。本当にダメ教師ばかりだった。見るに見かねて言っちゃったわよ。〈あなたにうちの子を担任する資格はありません。定時制高校は全日制高校で務まらない先生の受け皿だって聞いたことあるけど、本当だったのね〉って」
慎司の担任だった先生が気の毒になった。でもそのとき私は先生に同情してる場合ではなかったのだ。だってどんな問題児やモンスターペアレントに当たったとしても、先生の苦しみはその子が卒業するまでの数年のこと。そんな人たちを夫や姑にしたら、その家の嫁になった人の苦しみは下手したら死ぬまで続くことになる、という現実がまだ見えていなかった。
「要領悪くて誤解されやすい慎司は、どこにいても誰かがあの子を目の敵にして、つらい目に合わせようとした。前の嫁だった香菜さんも嘘つきだのひとでなしだの、慎司にさんざんひどいこと言ってうちから出ていった。だから、七海さん、あなたには慎司の最大の理解者になってもらいたいの」
「はあ……」
慎司にはお義母さんがついてれば私の出る幕なんてないんじゃないですかと思ったけど、素直に相槌を打っておいた。
北海道には昼頃着いた。といってもまだ空港内だから北海道に来たという実感はない。慎司と舅はすでに酩酊状態。新婚旅行はまだ始まったばかりだが、前途多難であることは間違いないようだ。
とりあえずご飯にしよう、どうせならということでジンギスカン専門店に四人で入った。
「ところで大丈夫かしら?」
「何がですか、お義母さん?」
「香菜さんの妊娠中、私が自宅でジンギスカンを振る舞ったら、香菜さん口に入れたお肉を全部吐いちゃったことがあってね」
「そういえば、そんなこともあったな」
慎司も同調する。ジンギスカンの独特な臭みは妊婦の体に合わないらしい。姑のアドバイスに従ってジンギスカン以外の料理にしようとしたけど、専門店というだけあってジンギスカン以外の料理がほとんどない。仕方なく私はサイドメニューのシーザーサラダだけ頼んだ。
その結果、テーブルに所狭しと並べられておいしそうな匂いをまき散らすジンギスカン料理を横目に、一人シーザーサラダをぼそぼそとフォークで突っつくしかなかった。
「さすが本場のジンギスカンはうまい!」
「北海道に来たって感じがするねえ!」
慎司と義父母は本当においしそうに羊肉を食べていた。身重の私の身を気づかって、お肉を分けてくる者はいない。そのことに感謝しながらも今ひとつ釈然としない私だった。
空港を出てすぐ、えっと思った。だってみんなで向かった先はレンタカー屋。慎司と舅は行きの飛行機でも飲んで昼のレストランでも飲んで、すでに真っ赤な顔して目が座っている。姑が運転するのだろうかと思ったら、借りた白い車のトランクに荷物を詰め込みながら、安全運転でお願いしますよと話しかけてきた。
私が運転するの? ペーパードライバーなのに? 初めて北海道に来たから道なんて全然分からないのに? 何より私、妊婦なんですけど!
私の心の叫びは誰にも届かなかった。気づけば私はレンタカーの運転席に座らされていた。助手席に慎司が、後部座席に義父母が座っている。とりあえず札幌に向かえという。
どうしようもなくてエンジンをかけて車を走らせた。
事故を起こしたくないので慎重にゆっくり走らせれば、
「トロトロしないでちょうだい! 札幌に着く前に日が暮れるんじゃないの?」
と嘲笑され、
スピードを上げて少し危ない場面があれば、
「乱暴な運転しないで! 私たちを殺す気なの?」
と罵倒された。
真っ先に嘲笑したのも罵倒したのも姑。舅と慎司もそれに同調、私の味方は誰もいなかった。
なんとか札幌市街に入ることができたとき、長時間のプレッシャーから胃に痛みさえ感じていた。昼に食べたのがシーザーサラダだけでかえってよかった。がっつりジンギスカンを食べていたら吐いていたかもしれない。
姑の要望で時計台など観光地を巡ってから定山渓温泉のホテルの駐車場に車を滑らせた。見たいものを見ることができてご機嫌な姑。舅と慎司は飲みすぎてずっと眠っている。
出発前、定山渓温泉に宿を取ったと慎司に聞いたときは、札幌近郊にそんな本格的な温泉街があったなんてと楽しみにしていたものだが、今はただ疲労困憊で何もかもどうでもいいという心境だった。
ホテルに着くなり、舅と慎司は目を覚まし、チェックインして部屋に荷物を置くなり、眠気覚ましだと言って浴衣に着換えて二人で大浴場に出かけていった。慣れない運転で疲れ切っていたからこのまま少しでも眠っておきたかったけど、すぐに浴衣姿の姑が私と慎司の部屋に顔を出した。
「何してるの? 私たちも行くわよ」
私も浴衣に着換えてライオンに追われるシマウマのように大浴場に連れて行かれた。
立派な浴場なのは間違いない。ただこのとき私はひたすら眠かった。温泉を心ゆくまで堪能する余裕なんてまるでなかった。姑は壁に掛けられた温泉の効能について書かれたボードを熱心に見ている。私も見てみたが、残念ながら〈運転疲れ〉に効くとは書いてなかった。
脱衣所で裸になると、私の体を舐めるように見てきて、なぜかため息をつかれた。
「香菜さんもおっぱい小さかったけど、あなたはもっと小さいわね」
自分の肉体に自信があったわけではないが、面と向かって自分の体のどこかをけなされたことが今までなかったから、このとき私はどんなリアクションをすればいいか分からなかった。ちなみに姑はそう言うだけあって巨乳。ただし年だからか垂れていて形は崩れている。
そして、一番触れられたくないところにやっぱり触れてきた。
「下の毛がないわね」
浮気防止だと言ってあなたの息子に剃られたんです、とも言いづらい。
「病気とかではないです」
「慎司に剃られたんでしょ? あの子、女の子をものにすると、必ず下の毛を剃っちゃうからね」
浮気防止というよりマーキングに近い行為だったということか? それより何より、慎司がそんなきわどいことまで姑に話してることを知って驚いた。
「これからもっといろんなことをされると思うけど、それに耐えるのが嫁の務めですからね。覚えておきなさい」
いろんなことってなんだろう? と不安ばかりが膨らんでいく。それにしても、お嫁さんを大事にしなさいとは慎司に言ってくれないんだなと淋しい気持ちになった。
入浴後に四人で食事会場へ。今回の旅行で四泊するが、すべて朝夕の食事付きプランだと聞いている。今日の宿の夕食はカニ尽くし料理が評判だと聞いていたので旅行前から楽しみにしていた。私たちの夕食は宴会場に用意されていたが、用意されていた食事を一目見てなんか変だなと思った。四人いるのに食事が三人分しかない。それぞれのお膳に用意された様々なカニ料理は確かにおいしそうだけれど――
「一人分、足りないみたいだけど」
「本当だな。ちょっと文句言ってくるわ」
慎司が不機嫌な様子で宴会場を出ていき、五分もしないうちに戻ってきた。
「どうもおれの手違いだったらしい」
「どういうこと?」
「四人とも食事付きの宿泊にしたはずが、一人だけ食事なしの素泊まりで予約されてた。今から一人分食事追加はできないそうだ」
四人とも同じ条件で宿泊予約すればいいだけなのに、わざわざ一人分だけ違う条件で予約されてしまった? そんなことありえるのだろうか。
「責任取って、おれの分はなしでいいや。おれは外で適当に食ってくる。三人で楽しんでくれ」
「主役のおまえがいないなんて……」
姑がそう言いながら私の顔をちらちら見てくる。あの、この旅行は新婚旅行なのだから、私も主役だと思うんですけど……
でもそう言って私がカニ料理にありつけたところで、食事中ずっと義父母から空気読めとかチクチク文句を言われるだけだろう。
「慎司さんが食べてください。私が外で食べてきますから」
「そうか、七海すまんな」
慎司はすまなそうに私に千円札を握らせた。自分たちは豪勢なカニ尽くし料理なのに、私には千円ぽっち?
黙って私一人が消えるのが一番話が丸く収まる方法みたいだから、そうするしかなかった。私は部屋に戻り、浴衣を脱いで今日着ていた服をまた着た。一人ホテルを出て最初に見かけたコンビニに入る。千円で買えるうちの一番高価なお弁当を購入して、店内のイートインスペースでお弁当を広げた。それなりにおいしかったけど、なぜか涙が出てきて止まらなくなった。
毎日食べていた光留のお弁当の味を思い出した。彼のお弁当の方がずっとおいしいと思った。でも彼を裏切った私は、彼のお弁当を味わう資格も永遠に失ったのだ。豪勢なカニ料理を食べられなかったことより、そのことが何より悲しく感じられた。
ホテルに戻り、慎司と泊まる部屋に直行したものの、慎司はまだ戻っていなかった。宴会場での親子水入らずの話が盛り上がっているのだろうか? 私はまたホテルの浴衣に着換え、慎司が戻るのをずっと待っていた。
慎司が戻ってきたのはそれから一時間後。ひどく酔っていて、なぜか不機嫌そうだった。
「おい、ホテルに戻って、なんで宴会場にすぐ来なかったんだ?」
「えっ。だって私の料理もないのに?」
「料理がなくたって、おやじのお酌はできるし、おふくろの話を聞くことはできるだろう?」
「そんなの嫌。惨めすぎるよ」
頬に衝撃を受けて尻もちをついた。顔をこぶしで殴られたらしい。親にだって殴られたことないのに。いや一度だけあるな。私の交際相手が妻帯者と知った父に殴られたことが一度だけ。その一度は仕方ないと思ってる。今私が慎司に殴られた理由がさっぱり分からない。
「口答えすんな。さっきおふくろも言ってたぜ。七海はしつけが足りないって。実の親から勘当されるような娘だから仕方ないけど、麻生家の嫁になった以上、嫁のしつけに全面的に協力してくれるってさ。あとでおふくろに感謝の言葉を伝えておけよ」
私が両親に勘当されたのは、慎司が奥さんだった香菜さんから請求された慰謝料の五百万円を、私が請求されたお金として自分の親に肩代わりさせて、手切れ金としてそのお金を受け取ったから。当然慎司は知ってるはずなのに、義父母にはそれをまだ伝えていないらしい。
殴られたショックからまだ立ち直れないのに、突然浴衣を脱ぎ出した慎司を見てさらにパニックを起こした。
「何をしてるの?」
「何って、おれたち新婚旅行に来たんじゃないのかよ」
「そうだけど……」
部屋は和室で私たちが外出しているあいだに、もう布団が敷いてあった。全然そういう気分ではなかったが、慎司は私を布団に押し倒し、好き勝手に腰を振った。
「いつもベッドだったからな。たまに布団でやるのも興奮するぜ」
私が妊婦であることを気にせず力任せに突き刺してきた。
「慎司さん、痛いよ」
「その顔だ。その声だ。おれは女が泣きわめく姿を見るのが何より大好きなんだ」
「本当に痛いよ」
「いいぞ、いいぞ。泣け。わめけ。もっとおれを満足させてみろ」
「こんなのいや」
「おまえが嫌がるほど、おれは気持ちよくなる。――うおおおっ」
慎司が雄叫びとともに射精して、私はやっと痛みから解放された。でもそのとき解放されたのは性器の痛みだけだった。心の痛みは結婚から十五年経った今もひたすら膨らみ続けていたのだった。
慎司は何度も出して自分だけすっきりして、いびきをかいて眠りこけている。その隣で私は下着をつける気力もなくて裸のまま震えていた。
結婚に幻影を持っていたわけではないけど、こんなにつらいものだとは思わなかった。年数が経って夫婦仲が冷え込む場合があるのは分かる。でも私たちは結婚直後の新婚旅行中の身。それでこれなら時間が経ったらどうなるのだろう?
そう思うと不安でどうしようもなくなった。でも私に逃げ場なんてない。両親には勘当され、姉にも見放されている。助けてくれる友達もいない。一瞬、慎司の前妻の香菜さんと春ちゃんの顔が浮かんだ。略奪婚した私が、捨てられた元奥さんを頼るのは、図々しいにもほどがある。次に光留の顔が浮かんだ。私はこれ以上はないというくらいこっぴどく彼を裏切った。彼はきっと誰よりも私を恨んでいるだろう。
そうか。これは罰なんだ。自分を裏切った女が不幸になったと知れば、彼の心の傷も少しは癒えるかもしれない。
着の身着のままどこかへ逃げ出そうかと思ったけどやめた。自分が幸せになってはいけない女なんだと再確認してすぐに、暗い海に沈み込むように私も深い眠りに落ちた。
運転疲れもあってぐっすりと寝込んでしまい、何時か知らないが慎司に起こされた。
「下着もつけずに寝たのか。朝からやる気まんまんだな」
「そんなわけじゃ……」
慌てて胸を手で隠したが、それで余計慎司の欲情に火をつけてしまったらしい。
「遠慮すんなって」
前戯もなく慎司の性器が侵入してくる。抵抗してまた殴られるのは嫌だ。私はおとなしく、私の上で腰を振っている慎司の顔を見ていた。性欲と征服欲を思う存分に満たしながら、慎司はニタニタと笑い続けている。私はもう笑い方も忘れてしまった。
昨夜、私の分の夕食が用意されてなかったが、あとから変更して朝食は四人分用意されていた。義父母が先に来て私たちが来るのを待っていた。朝から姑が突っかかってきた。
「寝坊するなんて嫁失格じゃないかしら?」
「すいません」
「まあそう言うな。新婚旅行初日だぞ。昨晩はずいぶん燃えたんじゃないか。なあ、慎司?」
舅がかばってくれたけど、その発言はセクハラだと思う。言わないけど。
「ああ、夜は今夜は寝かさないなんて言われて、朝は朝で全裸でおれを誘ってくるんだ。体力がもたないぜ、まったく」
夜そんなことは言ってないし、朝誘った覚えもない。
「澄ました顔してずいぶん淫乱なのね。そういえば前の嫁もとんでもない変態だったわね」
「変態?」
どうせただのいつもの言いがかりなのに、つい姑に聞き返してしまった。
「夫婦で外出していて帰ってきたら、裸の香菜さんがロープで縛られてリビングの床に転がっていたことがあったのよ。慎司に聞いたら、香菜さんは縛られたり恥ずかしい姿を見られたりするのが好きだったんだって」
嘘だ。慎司が香菜さんを身動きできない姿にして家を出ていったのだ。慎司はおそらく義父母が帰宅する前に拘束を解いてやるつもりが、想定より早く義父母が帰ってきてしまったのだ。
いつか私も同じ目に遭わされるのだろう。でも仕方ない。両親、光留、それに香菜さんと春ちゃん。私は慎司との結婚と引き換えにたくさんの人を不幸にしてしまった。私は死ぬまでその報いを受けなければならない。今まで私の人生に無縁だった因果応報という四字熟語が、今では私の人生そのものを象徴する言葉になった。
裸で拘束されて部屋に放置されるという仕打ちは、〈いつか〉ではなくその話を聞いたその日の夜にもう実行された。ただし、慎司は香菜さんにはロープを使ったようだが、私には手錠だった。
その日の宿泊は小樽のホテル。夜、行為した直後、慎司は手際よく、全裸の私の右手首と左足首、また左手首と右足首をそれぞれ手錠でつなぎ、さらに三本目の手錠で右足首を大きなちゃぶ台の足につないだ。そして夜食に何か買ってくると言って部屋を出ていった。三十分ほどして戻ってきたと思ったら義父母だった。行為直後の、シャワーさえ浴びてない生々しい姿を義父母に見られるのは、この上ない屈辱だった。私は亀のように首をすくめてうずくまるしかなかった。
「あらあら、今度の嫁も前の嫁と同類の変態だったみたいね」
「まあ、夫婦の仲がいいのはいいことじゃないか」
二人はすぐに部屋を出ていったが、嘲笑し蔑むような視線を私に投げかけるのを忘れなかった。そのとき、私には分かった。かつて香菜さんが受けた私と同じ仕打ちは決して偶然なんかではなかった、と。
義父母は偶然現れたように装っていたが、三人は結託していたに違いない。そうした理由は言うまでもない。この家の嫁となった女を徹底的に辱めることによって、それからの長い同居生活における自分たちの絶対的優位を確立するためだ。
香菜さんは彼らの脅迫めいたやり方に屈したのだろうか? それは分からないが、結局彼女は娘を連れてこの家から出ていった。一括払いの慰謝料のみならず、毎月払いの養育費まで手に入れた上で。
でもそれは勝ち気で聡明な香菜さんだからできたこと。一人で生きる強さもなく、両親に勘当されて逃げ場も持たない私は、どんなにひどい扱いを受けても、この人たちとともに生きていくしかない。そもそもここからも逃げ出したら、私はなんのために両親や光留との尊い絆を失ったのか? 私の人生の意味が分からなくなってしまうのだから――