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ruruha
821
#執着
さぶれ
1,802
49
#元カレ
まぁ
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あの大歓声に包まれた演奏から、早くも三日の月日が流れていた。リリーは学園の来賓用に用意された応接室の重厚な扉の前に立ち、深く呼吸を整えてから意を決してドアノブに手をかけた。静かに扉を開けると、重たく張り詰めた空気が押し寄せてくる。
部屋の奥、重厚な革張りの椅子に腰かけていたのは父だった。厳格そのものの表情で私をじっと見つめるその眼光に、自然と背筋がピンと伸びる。
「……座りなさい」
父が静かに促し、私が緊張した面持ちで対面のソファに腰を下ろすと、父は深く息を吐き出してからゆっくりと口を開いた。
「先日の、演奏のことだが──」
(……ああ。やっぱり、ダメだったのかな)
演奏が終わったあの日、父は何も言わずに背を向け、その場を去っていった。もともと滅多に感情を表に出す人ではなかったけれど、今回はあまりにも無反応すぎたのだ。
(やっぱり、私の音じゃ届かなかったのね。私じゃ、公爵家の娘として期待に応えられなかったんだわ……)
胸の奥が冷たく冷え込んでいくのを感じ、ぎゅっとスカートの布地を握りしめた。だが、覚悟を決めて伏せた私の視線に向かって、父から聞こえてきたのは予想だにしない言葉だった。
「……実に、素晴らしい演奏だった」
「──え?」
間抜けた声が漏れた。思考が完全にフリーズし、頭の中が真っ白になる。
「……すまなかったな。本来ならば演奏を聴いた直後、真っ先にお前に伝えるべきだったのだが……どうにも、上手く言葉が出てこなくてな」
「い、いえ……あの……えっ……? お父、様……?」
混乱の極みに達して目を白黒させる私を前に、父はどこかバツが悪そうに気まずく眉をひそめた。拳を口元に当て、小さく咳払いを挟む。
「……あんなにも心を揺さぶられた音を聴いたのは、いつ以来だろうな。いや……もしかすると、私の人生で初めてのことかもしれん」
胸の奥が、ぎゅっと熱く締めつけられる。
(届いてた……。私の音、私の想い……ちゃんと、お父様に届いていたんだ……!)
「お前がそこまでの覚悟を持ち、真摯に音楽に向き合いたいというのであれば……私がそれを力ずくで止めるつもりはない。……だが」
父はそこで言葉を区切り、眼光をほんの少しだけ厳しくした。
「アルベール公爵家の人間としての立場と責任だけは、決して忘れるなよ」
「はい……! 分かっています、お父様!」
勢いよく返事をすると、父の目元がほんのわずかに和らいだ。
それは──不器用な父が見せた、最大限の笑みだった。
「それと……もう一つ。例の婚約の話なのだが」
その言葉が出た瞬間、私の身体が弾かれたように跳ね上がった。全身の血が引いていくのを感じる。
「……やはり、嫌だったのか?」
「………………え?」
思ってもみなかった父の問いかけに、今度こそ情けない声が出た。
「お前にとって最良の未来になると信じ、良かれと思って進めた話だった。だが……肝心のお前の気持ちを置き去りにしていたことに気づいてな。本当のところ、どうなんだ?」
言葉に詰まる。ベラグランデ様は確かに誠実で、私には勿体ないほどの素晴らしい貴族だ。けれど……心の奥底に引っかかるものがある。
なぜだろう。こんな土壇場になって、私の脳裏には──あの月夜のバルコニーで出会う、無口な彼の姿が浮かんでいた。
返答に窮して視線を泳がせる私に、父は静かな声で言葉を重ねた。
「急ぐ必要はない。ゆっくりでいい、お前の本当の気持ちを聴かせてくれ」
「……ベラグランデ様は、本当に素敵な方だと思います。私には勿体ないくらいに。ですが……私、今はどなたとも婚約をしたくはないのです。どれほど我がままを言っているか、分かっています。ですが……っ!」
「……そうか。分かった。彼個人の人間性が嫌というわけではなく、婚約そのものを望んでいないのだな」
「はい……。申し訳ありません。こんな我儘を抱いてしまうなんて……私は貴族失格です」
「そんなことはない」
父は即座に、きっぱりと言い切った。
「お前は私の誇り高き娘だ。自分に素直な者が貴族失格だと言うなら、きっと私も失格だろうな」
「え……?」
「では、この婚約の件は私から先方に断りを入れておく。安心しなさい」
「お父様……ありがとうございます……!」
───
客室を出て自分の部屋に戻るなり、私はどっと緊張が抜けてベッドへと倒れ込んだ。羽毛の柔らかさに顔を埋める。
「よ、よかったぁ……!」
認められた。想いが届いた。
それに、あの厳格で冷徹だと思っていたお父様が、本当はこんなにも私のことを想ってくれていたなんて。信じられない気持ちと嬉しさが交錯し、目頭が熱くなってくる。
「う、嬉しい…っ!」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながら噛みしめていると、ふいにコンコンと扉がノックされた。
「お嬢様、失礼いたします。奥様よりお手紙が届いておりますよ」
専属メイドのアリサだった。
手紙を受け取ると、優美でどこか温かみのある母の筆跡が目に飛び込んできた。
⸻
『親愛なるリリーへ。
学園での演奏を無事に終えたとのこと、何よりです。あの人も、手紙でとても喜んでいましたよ。「私の娘が、これほどまでに立派に成長していたとは」と。
あの人は昔から感情を外に出すのが本当に下手な人ですから、何を考えているのか分からないと不安になることも多いでしょう。私ですら未だに首を傾げることがあります。
ですが、あの人は心から、あなたたち子供を愛しているのですよ。
なぜあんなにも厳しく結婚を促すのか──それはただ一つ、あなたが将来路頭に迷わず、幸せになってほしいと心から願っているからです。考え方が少々古く不器用ですが、あの人なりに“父親”としての責務を果たそうと必死なのです。
実はね、私には普段からよく漏らしているのですよ。
「リリーが可愛くて仕方がない」「息子の成長が眩しくて時々涙が出そうになる」と。
家では案外、おしゃべりな人なのですよ。
毎朝欠かさず家族全員で朝食をとるのも、単に子供たちの元気な顔が見たいからです。どんなに国政が忙しくても、それだけは絶対に怠りません。
少し口下手で不器用すぎる父親ですが、どうか許してあげてくださいね。──母より』
⸻
手紙を読み終えたリリーは、呆然と固まっていた。
まさか……あのお父様が?陰でそんなにも私たちのことを溺愛していただなんて……!
「私……お父様に会いたい。今すぐ!」
急いで外へでようとするリリーに、アリサは
「えっ!? 学園の裏門にまだ馬車が止まっているかと……」
と、困惑しながらも返した。
「行ってくるわね!」
「あっ、お嬢様! 淑女の嗜みが──!」
アリサの制止も聞かず、リリーはドレスの裾を大きくつまみ上げて部屋を飛び出した。
勢いよく走り去っていくリリーの後姿を見送りながら、アリサはぽつりと溜息をつく。
「……まったく。旦那様の裏での溺愛っぷりは、本当に凄まじいのですから……」
定期的に屋敷へ報告に駆り出されるアリサは、その度に苦笑いを噛み殺していたのだ。
「娘が可愛い」や「何か困ってそうな事はないか」など散々聞かされていた。
(……それ、ご本人に直接言えばよろしいのに)
普段は冷厳な公爵様が、二人きりになると途端に目元を緩ませて娘の幼い頃の思い出を語り出し、やがて嫁に行く未来を想像しては本気で寂しそうに肩を落とす姿。
「私だって長くアルベール家にお仕えしていますもの。……それくらい、痛いほど分かりますよ」
アリサは誰もいない部屋で、頬をぷくっと膨らませるのだった。
───
「お、お父様っ……!」
学園の裏門付近、まさに馬車へ乗り込もうとしていた父の姿を見つけ、私は大声で呼び止めた。息は切れ、髪は乱れ、なりふり構わず走ってきたことは明白だった。
「……リリー? どうしたのだ、そんなに慌てて」
振り返った父の表情は、相変わらず隙のない無表情だった。かつてならそれだけで竦み上がっていたかもしれない。
けれど──今のリリーには、その無表情が愛おしくてたまらなかった。
「貴族令嬢としての自覚を持ちなさいと、さっきあれほど──」
説教を始めようとした父の言葉を遮り、私は大音量で叫んだ。
「私、全部知ってますからね!」
「……なにをだ?」
「お父様が普段、お母様に『娘が可愛くて仕方ない』とか『成長が嬉しくて涙が出そうだ』とか話していること、全部お母様からの手紙で聞きました!」
「ブフッ!?」
背後に控えていた従者のナトが、豪快に吹き出した。
「……なっ!?」
父が弾かれたように振り向くと、控えていた護衛の騎士たちまで必死に口元を押さえ、プルプルと肩を震わせている。
「知らなかったんです……! お父様がそんなに私を溺愛してくれていたなんて!」
「な、ななな何を言っているんだお前は!そんなことを言うわけがなかろう!!」
父は一瞬で耳まで真っ赤に染め上げると、逃げるように無言で馬車へと飛び乗った。
すかさず、馬車に乗り込もうとしたナトがリリーに近づき、こっそりと耳打ちしてくる。
「お嬢様、旦那様は本当に毎日おっしゃっていますよ。屋敷の従者も騎士もメイドも全員知っています。……知らなかったのは、お嬢様だけです」
ナトはそう言うと、お茶目にウインクしてみせた。
(……私だけ知らされてなかったなんて!)
「ナト! 何をしている、早く乗り込みなさい!」
馬車の中から裏返った父の怒声が飛び、ナトは「おっと」と笑いながら馬車へ滑り込んだ。
動き出しそうになる馬車に向かって、私はまっすぐな視線を向け、胸の底からの気持ちを叫んだ。
「お父様──私、お父様が大好きです!」
ガタンッ!!
次の瞬間、馬車の中から盛大な落物音が響き渡り、馬車が大きく揺れた。どうやら椅子から派手に転げ落ちたらしい。
その不器用すぎる反応に、私は思わずその場にしゃがみ込んで吹き出してしまった。
「……家に帰ったとき、私からたくさん話しかけてみようかしら」
去っていく馬車を見送りながら、私は幸せな心地で胸を膨らませた。
───
その日の夜。
アルベール公爵ジストは、国王ガール・サムジールの執務室を訪れていた。
月光だけが差し込む静寂の部屋。二人の間には、昼間の和やかさとは対照的な、重々しい気が満ちていた。
「陛下……先日の、学園での演奏の件ですが」
「ハハハ! 良かったではないか! お前ももっと素直に普段の溺愛っぷりを表に出せばいいものを。聞いたぞ、ついに娘にバレたそうだな? ナトが影で爆笑していたぞ」
「……その話は今関係ありません! 私が言いたいのは、あの三人組のことです」
ジストはゴホンと咳払いをし、崩れかけた口調を途中で強引に修正した。
「彼らが使用していたあの楽器……そしてあの音響技術は、あきらかにこの世界のものではありません」
「……やはり、そうか」
国王は静かに紫煙を吐き出し、深く椅子に腰かけ直した。
「ジストよ。あの演奏を、もう一度思い出してみてくれ」
「もちろんです。片時も忘れられません」
「あの妙な構造の楽器、そして異質の音律。私は以前、これと似たものを見たことがあるのだ」
「……どちらで?」
「アリーシャの誕生祝賀会だ。あの時、姿を変えた魔法の道具で奇妙な演奏を披露した冒険者の三人組がいただろう」
「……ああ、確か珍しい多種族のパーティだと陛下がお話しされていた者たちですね」
「そうだ。あの者たちは明らかに──“異なる世界の知識”を有していた」
国王の瞳に、鋭利な刃物のような光が宿る。
「リリーと共に演奏していたあの三人。彼らもまた、恐らくは……『異世界』からの来訪者だ」
「異世界人……!」
「我が国の宮廷魔法師が、およそ15年前、空間歪曲と魔力の暴走を感知している。ちょうど私達の子供らが生まれた歳だ。召喚の儀式の痕跡だ。……それに、およそ九年前、エルフの森にてフォリアの莫大な魔力が強奪されたあの未解決事件。まさか敵国アバンティが、フォリアの魔力を利用して異世界召喚を……? この件、極めて慎重に見守る必要がある」
「なるほど……合点がいきました」
「それに何より……リリーだ。あの子は異世界の音に異様なほど自然に馴染み、まるで最初からその旋律を知っていたかのように奏でていた」
「……とても、偶然とは思えません」
「私の勘はよく当たる。──この事態、もはや放置するわけにはいかぬな」
国王の眼光は深く、そして確信に満ちていた。
(あの三人は……そしてあの楽器は、“こちら側の世界”のものではない)
王都の暗雲が静かにうごめき始め、新たな運命の歯車が激しく噛み合い始めていた。
コメント
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いやー、もうガチで良かった!リリーがお父様に「大好きです!」って叫んだシーン、鳥肌立ったわ。あの不器用な父親が実は超溺愛してたっていうギャップ、めちゃくちゃ刺さる。ナトのウインクもアリサのぷくっと頬膨らますとこも可愛すぎて悶えた。 最後の国王との会話で急に世界観が広がったのも熱いな。異世界人の謎がどう絡んでくるのか、続きが気になりすぎる🔥 しろのねさん、今回も最高でした!