ヘルルーガが暴れている。
彼女の氷魔法と格闘術の組み合わせに、教師陣は手を焼いている。
「くっ! ”氷結の戦士”ヘルルーガ……ノースウェリア出身の武闘家か!」
「しかも、氷魔法まで操っているぞ! 近接戦も遠距離戦も厄介だ!」
「うろたえるな! 氷魔法は、水魔法の亜種! 弱点は分かっているだろう!?」
「おうよ! 今度こそ、無力化してやるぜ!!」
ヘルルーガと戦いつつ、教師陣がそう叫ぶ。
この期に及んで”撃破”や”討伐”ではなく”無力化”と言うあたり、さすがは教師だ。
余が見込んだ通りの精神性の持ち主である。
「いくぞぉっ! 【緑の縛り手】!!」
「【樹縛】!!」
「【木々の牢獄】!」
教師たちが発動したのは、木魔法。
それも、いずれも拘束に特化した魔法だ。
氷に対して、木で攻める。
一見すると、効果がイマイチにも見える。
だが、これで良い。
先ほど教師の1人が言及していたように、氷魔法はあくまで水魔法の亜種だからな。
表層の物理現象を超え、魔術面における相性が良いのだ。
「甘いっ!」
ヘルルーガはそれらをすべて躱していく。
彼女は氷魔法使いであると同時に武闘家でもある。
いくら魔術的に相性が良くても、身体能力を活かして避けられては意味がない。
「甘いのはそっちだ!」
「大人を舐めるなよ、子どもが!」
「いくぞぉっ!!」
教師陣が魔力の波長を合わせる。
「「「【連樹封縛】!!」」」
ヘルルーガの周囲から無数の樹木が出現し、彼女を拘束した。
「なっ! なにぃっ!?」
「よしっ! まずは1人を無力化したぞ!!」
「傷つけないように拘束するのは、手がかかるぜ」
「だが、これで一段落だな!」
3人の教師は勝ち誇った笑みを浮かべる。
確かにヘルルーガは無力化されたようだ。
「くぅーっ!! こんなことでやられてたまるかぁーっ!!」
ヘルルーガが叫ぶ。
魔力を開放し、その身体から冷気があふれ出す。
「ぬおおおぉっ! あたいが全力を出せば、こんな拘束なんて……」
「無駄だ」
抵抗を続けるヘルルーガに対し、教師が動揺せずに言い放つ。
その言葉通り、ヘルルーガがいくら力を込めようとも拘束が解かれることはなかった。
いや、正確に言えば、力を込めようとする度に途中で脱力してしまっているのだ。
「な、なんだこれぇ!?」
「どうした? ”氷結の戦士”ヘルルーガ」
「ち、力が抜ける!? あたいの! あたいのパワーが吸われてるみたいだ!!」
「言ったはずだ。無駄だとな」
教師が落ち着いた様子でそう言う。
これが『連樹封縛』の効果だな。
単純に力押しで縛るのではなく、特殊な効力が込められた拘束魔法だ。
特に水系統の魔力に対する相性が良く、それを吸収してさらに拘束を強めてしまう性質がある。
さすがは教師。
このあたりをしっかり考えて、魔法を運用しているようだな。
「離せやオラァッ!!!」
「こら、暴れるな! 疲れるだけだぞ!」
教師の言葉通り、いくらヘルルーガが暴れても植物による拘束が解かれる気配はない。
彼女は武闘家だが、魔力で身体能力を強化するタイプの武闘家だ。
その魔力は『連樹封縛』によって吸収されてしまう。
純粋な身体能力だけで植物を引き千切れば脱出できるはずだが、さすがにそれは無理なようだ。
「くそっ! こんなはずじゃ……。あたいは”アイツ”を超えるために、こんなところで負けられねぇんだ! ああああぁっ!!!」
そう叫んで、暴れまわるヘルルーガ。
そんな彼女を見て、教師たちは顔を見合わせる。
「おい、どうする?」
「どうするって言われてもな……。今解放すればまた暴れるだろ? とりあえず、保健室にでも――」
ヘルルーガの相手をしていた教師たちがそんなことを言っているときだった。
「おいっ! そっちは終わったのか!?」
「こっちを手伝ってくれよ!」
他の教師陣が悲鳴を上げた。
見ると、何人かの教師が地面に倒れている。
こちらは、ヘルルーガではない方の首席合格者と戦っていた教師たちだな。
「うふふ。教師と言っても、大したことありませんのね」
1人の少女が悠然と立っている。
彼女はフレアの妹であるユリア。
ヘルルーガに手を焼いている教師たちがいる一方で、ユリアに手こずっている教師たちもいたというわけだ。
「なっ……馬鹿なっ!」
「お前たち、彼女にやられたのか……!」
「くっ、強い! 遠慮なく火魔法をぶっ放してくるから、厄介だぜ……」
「バーンクロス家の令嬢なだけはある……!」
口々にそんなことを言う教師陣に、ユリアは優雅な微笑みを向ける。
「あなた方が悪いのですわよ? 本気を出さないんですもの」
教師陣は生徒相手に本気で戦うことを避けている。
ヘルルーガやユリアが好き放題に暴れているのは、教師たちが生徒である彼女たちを傷つけないように立ち回っているという要因が大きい。
もちろん、彼女たちが優秀な生徒であることも疑いの余地はないが。
「当たり前だろう! 親御さんから預かった大切な生徒たちを傷つけるわけにはいかん!!」
「それに、優秀な次代の担い手を育てるという陛下のご意思もある!」
教師として当然の責務を口にする彼らに、ユリアは呆れたような視線を向けた。
「はぁ……。この期に及んでそんなことを仰っしゃりますのね。大したプロ意識ですが……。では、これではどうで
しょうか?」
ユリアが火の魔力を練り上げていく。
あの魔法は――
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