テラーノベル
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シモンズ領の一件は、直ぐにガブリエルの耳に届いた。
ようやく軍を動かせる所までは漕ぎ着けたのだが、その必要は無くなった。沙織達のスピード解決によって。
(素晴らしい結果を出してくれた。だが、沙織の存在が――)
ステファンだけでなく、この国にとっても大きな影響をもたらす事に、ガブリエルは一抹の不安を感じていた。沙織の能力が知れ渡れば……国の象徴として担ぎ上げ、利用しようとする輩が出て来るだろう。
このままずっと、養女として……否、いつか妻として沙織を手元に置きたい。
それが、ガブリエルの本心だったが。元の世界へ帰してやりたいと思うのも、また真実だった。
(取り敢えず。今回の件は、アレクサンドル殿下とステファンの手柄にしなくては……)
ガブリエルは頭痛を紛らわすように、こめかみを指で解しながら、瞑目して考える。
――そして、ステファンの研究室へと向かった。
◇◇◇
ガブリエルが宮廷で頭を悩ましている頃――。
沙織とアレクサンドル、シュヴァリエは、決して綺麗とは言い難い宿屋で寛いでいた。
行きは、殆ど休まずに向かったが、流石に帰りは宿を取り、一泊して身体を休ませる事にしたのだ。
旅費は国から出ているし、お金には不自由しないメンバーだったけれど、敢えて庶民的な宿屋を選んだ。
三人別々の部屋を用意してもらう。軍服を着ていたせいか宿の対応も良く、沙織の黒髪にも然程反応はない。
アレクサンドルは、アレクの姿に変装し、市井を見に行くと出かけて行った。
(シュヴァリエは、多分……)
姿を消して、アレクサンドルの護衛に行ったはず。沙織は宿を出るつもりはなかったし、いくら変装しても、王子に一人歩きはさせられないからだ。
この世界にやって来て、ずっと豪奢な装飾品や綺麗な家具ばかりを見てきた。久しぶりの、何の変哲も無い机や椅子、シンプルなベットに落ち着きを感じる。
ボスッとベッドに倒れ込み、天井の木目を見ながら考えた。
(ここは本当に『乙女ゲーム』の世界なのかなぁ?)
見る物、触れる物、大切な人々が、とても作られた物とは思えない。沙織にとって、全てがリアルな現実だ。確かに自分がチートな存在であると、頭ではわかっている。
けれど――。
痛みもあれば、苦しさ、感情もちゃんとあるのだ。多分だが、この世界で殺されたら本当に死ぬだろう。
やはり、ゲームとは違う。それだけは、本能的に理解出来た。
(パパとママは、どうしてるかな……?)
一人娘が突然消えた後、元の世界がどうなっているのか。
行方不明として捜索されているのか――それとも、時空の歪みとかで、存在自体が消えて無くなっている、なんてことも考えられる。
前者だと家族に辛い思いをさせているだろう。
後者なら家族との絆が消えてしまう。
(なんか、どっちも嫌だなぁ)
そう考えると、すごく悲しくなってくる。かと言って、簡単には帰れない。
それに、この世界のカリーヌをはじめ、出会った人々がとても大切な存在になった。沙織は、みんなが大好きになってしまったのだ。
(いざ、帰れるようになった時。私はこの世界を離れられるのかしら……。向こうの世界が、本当に私の居るべき場所なの? もしも、この魔法や身体能力がそのままだったら、元の世界では異端者よね?)
全く纏まらない。そんな事ばかりを考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。
翌朝。
たっぷりと眠ってたせいか、スッキリしていた。
アレクサンドルもシュヴァリエも、多少はゆっくりできたのか顔色がいい。
(ま、なるようになるさ!)
三人は、元気に宿を出発した。
◇◇◇
遠目でもよくわかる、見慣れた宮殿が見えて来た。
「あー! やっと着いたわね」
「サオリ様、お疲れ様でした」
「明日から、また学園での生活だ。今日中に寮に戻らないと」
そんな会話をしつつ、三人で宮廷のステファンの部屋へと向かった。
「ステファン様〜、行って参りました」と、呑気に扉を開けて中へ入る。
「サオリ、お帰り。三人とも、本当に良くやってくれたね」
聞き慣れた低めのイケボは、ステファンの隣で微笑むガブリエルの声だった。
「お義父様! いらしてたのですねっ!」
「サオリ達を待っていたのだよ。……おや、それは軍服かい?」
「そうです! とても素敵な服で、気に入ってます」
クルッと回転して、全身を見せた。
「美しいサオリが着ると、より素晴らしい服に見えるよ」
美貌の公爵は、さらりと褒める。
「これ、頂いてもよろしいですか?」と、テレを隠すように、軍服を用意してくれたステファンに尋ねた。
「ええ、勿論です。そんな、凄過ぎる機能付きは……。ご自身で管理していただけると助かります。アレクサンドル、シュヴァリエも、自分達で管理してください。それはもう、戦闘に特化した服ですから……他の者の手に渡るのは、危険です」
ステファンの言葉にガブリエルは驚く。
「……サオリ。今度それを着て、特訓するのを見せてほしいのだが」
「はい、喜んで!」
もちろん、沙織は即答する。
「それから、今回の件だが。サオリが関わった事ら秘密にした方が良い」
と、ガブリエルから提案された。
とても真剣な顔つきだった。
ガブリエルは、いつも沙織を大切に思っていてくれている。ならば、秘密にした方が良い理由が必ずある筈だ。
「はい! お義父様にお任せします」
絶対的信頼を持って、ガブリエルに一任した。
シモンズ辺境伯や、オリヴァーにも口裏を合わせてもらい、沙織が関わった事――特に、怪我人を癒したことは、シモンズ領の中だけの話にしてもらった。
――その後。
シモンズ領の騎士の間だけで、『黒髪の光の乙女の癒し』と、秘密の伝説として勝手に広まって行ったのだった。
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