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伊織と藤井渚は、カフェの隅の席に座り直した。藤井はまだ時折涙を拭っていたが、伊織の手を強く握りしめていた。「ごめん、こんなところで泣いちゃって。でも、本当に会いたくて……。転校してから、藤堂くんの復讐で、全部めちゃくちゃになっちゃったけど、それでも、君との時間が忘れられなかった」
藤井はそう言って、深く息を吐いた。
「私も、君が連絡してきたのが嬉しかった。君がまだ、私を必要としてくれてるってわかって」
伊織は、藤井の言葉に胸が締め付けられた。藤堂の愛は強烈だったが、渚の言葉は、伊織の存在そのものを肯定してくれる優しさがあった。
「渚……僕もだよ。藤堂といても、ずっと渚のことを考えてた。あの時、渚の告白を受けて、藤堂から離れたかったのは、本当なんだ」
伊織は、藤堂への罪悪感を抱きながらも、渚に本心を打ち明けた。
「でも、蓮の愛は、あまりにも強すぎて……。僕が学校を休んだ時、あいつが来て……また、全部元に戻っちゃった」
「わかってる。藤堂くんは、君を鎖でつないでいる。その鎖は、愛という名の麻薬だ」
藤井は、伊織の手を握ったまま、まっすぐな瞳で伊織を見つめた。
「ねえ、伊織くん。君は、またあの鎖に戻るために、ここまで来たの? それとも、本当の自由を掴むために?」
藤井の問いかけは、伊織にとって重い決断を迫るものだった。伊織は、この再会が、藤堂への決別を意味すると分かっていた。
「僕は……渚に会いたかった。蓮から隠れて、こうして二人で話したかった」
伊織がそう答えると、藤井は顔を近づけ、伊織の頬に優しくキスをした。
「ありがとう、伊織くん。それだけで、十分だ。私は、君が自分自身でいられる場所を用意するよ」
藤井は、伊織の手を離し、紙ナプキンに何かを書きつけた。それは、この街のシェアハウスの情報だった。
「これ。私が今住んでいる場所に近い、空き部屋があるシェアハウスの情報。ここに君が来れば、藤堂くんも簡単には見つけられない。いつでも、君の場所はここにある」
藤井の提案は、伊織にとってあまりにも大胆な誘いだった。高校生である伊織が、家や学校を捨てて、藤井と逃避行をする。それは、藤堂の支配から完全に逃れる、唯一の方法かもしれない。
「でも、学校は……」
「そんなもの、藤堂くんがいる場所からは逃げて。君の人生は、君のものだ」
藤井は、伊織の決断を待った。伊織は、紙ナプキンに書かれた住所と、藤井の真剣な顔を交互に見つめた。そして、藤堂の強すぎる独占欲と、渚の与えてくれる穏やかな自由を天秤にかけた。
「わかった。俺、藤堂から、逃げる」
伊織は、そう決意を固めると、シェアハウスの情報が書かれた紙ナプキンを、服の内側にそっと隠した。
その夜、藤堂がホテルに戻ってきた。藤堂は、伊織の顔を見て、すぐに異変を察知した。
「伊織、どこに行っていた? 美術館にしては、顔色が良すぎるし、服がシワになっている」
藤堂は、伊織の顔を両手で挟み、伊織の瞳を覗き込んだ。
「俺のいない間に、誰かと会ったな。あの女か?」
藤堂の鋭い問いに、伊織は動揺を隠せない。藤堂は、伊織の胸元に触れ、何かに気づいたように手を止めた。
「これは……何か、隠してるな」
藤堂は、伊織の服の内側から、紙ナプキンを強引に引き剥がした。そこに書かれたシェアハウスの住所を見た瞬間、藤堂の顔は怒りというよりも、裏切られた悲しみに満ちた、絶望的な表情に変わった。
「伊織……お前、俺から逃げるつもりだったのか」
藤堂の声は震えていた。伊織の秘密の再会と、逃亡計画が、最悪の形で藤堂にバレてしまったのだ。