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第九話「消せないもの」
夜。
部屋の電気を消して、ベッドに寝転がる。
天井は暗くて、何も見えない。
なのに、頭の中だけはやけにうるさかった。
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(寝れない…)
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目を閉じても、浮かぶのは同じことばかり。
教室でのこと。
視線を逸らされたこと。
あの、「無理」って言葉。
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息を吐く。
諦めたように、スマホを手に取る。
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(ちょっとだけ…)
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言い訳みたいに、自分に言う。
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画面を開く。
トーク一覧。
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一番上にある名前。
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――秀一。
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少しだけ指が止まる。
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(見ない方がいいのに)
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分かってる。
でも――
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開いた。
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画面いっぱいに広がる、これまでの会話。
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一番下には、あのメッセージ。
『なんかあった?』
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既読は、ついていない。
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少しだけ、胸が痛む。
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指が、ゆっくり動く。
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上へ。
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少し前の会話。
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『今日の授業だるすぎじゃね?』
『それな、半分寝てたでしょ笑』
『バレた?』
『顔で分かる笑』
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思わず、小さく笑いそうになる。
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(ほんと、バカみたいな会話…)
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でも、その“バカみたいな時間”が、どれだけ楽しかったか。
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また、指が動く。
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さらに上へ。
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『今日さ、帰りコンビニ寄ろ』
『いいよ、アイス奢って』
『なんでだよ笑』
『じゃあ行かない』
『行きます』
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あの日の帰り道が、浮かぶ。
くだらないやり取りをしながら、並んで歩いた時間。
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胸が、じんわりと痛くなる。
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(なんでこんなことしてんの…)
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止めればいいのに。
見なければいいのに。
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指は止まらない。
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もっと前へ。
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『入学式のとき、話しかけてくれてありがと』
『いや、なんとなく』
『嘘つき、ちょっと緊張してたでしょ』
『してねえよ』
『してた顔してた笑』
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思い出す。
あの日。
満開の桜の下で、初めて話したこと。
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少しだけ、胸が締め付けられる。
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「……ばか」
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ぽつりと呟く。
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(なんで、こんなの見てるの)
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分かってる。
忘れたいのに。
前に進みたいのに。
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全部、逆のことをしてる。
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でも。
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画面の中には、“ちゃんとあった時間”が残っている。
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消えない証拠みたいに。
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指が止まる。
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少しだけ、画面が滲む。
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涙だった。
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「……こんなの、無理でしょ」
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声が震える。
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こんなにも、ちゃんと残ってるのに。
こんなにも、一緒にいたのに。
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それを全部なかったことにするなんて。
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「できるわけないじゃん…」
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涙が、ぽたぽたと落ちる。
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画面が歪む。
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それでも、消さない。
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消せなかった。
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(消したら、ほんとに終わる気がする)
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そんな気がして。
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スマホを胸に押し当てる。
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苦しい。
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息が詰まる。
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「……会いたい」
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小さく、こぼれる。
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もう関わらないって決めたのに。
前を向くって決めたのに。
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全部、意味がなかったみたいに。
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「好きなのに…」
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また、その言葉。
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止まらない。
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「なんで離れるの…」
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答えはない。
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でも、知りたかった。
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本当の理由を。
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このまま終わるなんて、嫌だった。
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桜は、少しずつ散っていく。
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でも。
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思い出は、散らない。
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ずっと、そこに残り続ける。
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だから余計に――
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