テラーノベル
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僕は、そこに転がっているものをじっ、と見つめた。よりによって、こんなことがあるのか。と、僕はその場でしゃがみこむ。
僕の兄さんが、ソファでぐっすりと寝ていたのだ。兄さんは昔から僕と違ってどこでも寝れるわけじゃない。たまにどこでも寝られる僕を羨ましがって、リビングで寝たことがあったらしいけれど、身体中が痛くて数分で諦めたと眉を寄せながら話していた気がする。
でも、今日はどうだろう。ソファですやすやと寝ているのだ。あの兄さんが。よほど疲れていたのだろう。疲れていたとしても、いつもはちゃんと数分の仮眠でも自分の部屋に行くのに。だから今日は、大変珍しい日なのである。
僕がつんつんと頬を突っついても、少し唸るだけで全く起きないから。このままずっと眺めたい気持ちもあるけれど、構ってくれないのは面白くない。
「ほら、兄さん起きて。ここで寝ると身体痛めちゃうよ」
とんとん、と肩を叩く。兄さんはうぅん、と濁点が混じった声でいいながら、うっすらと目を開けた。
「…………………いま、なんじ」
「16時47分。まだ寝ていいと思うけど、ここじゃ身体痛めちゃうからさ。起こしてあげたんだよ」
「………?お前だって、いつもここで寝てるだろ」
「そうだけどさ…。ほら、僕はもう慣れてるから痛くないし。でも兄さんの場合は絶対起きた時に身体痛めて不機嫌になった上にぼくに八つ当たりするでしょ。」
「八つ当たりなんてしてない……。 」
「してるじゃない。兄さん自覚が無いだけだよ。………それにしても、兄さんがこんなところで寝るなんてほんとに珍しい事もあるんだね」
「………………日直と委員会と体育があった、から」
まだあまり滑舌が回っていない兄さんは説明する。なるほど。そういうことか。 兄さんは学校でも家でも真面目なので、そういう仕事には真剣に取り組むタイプなのである。きょうはより一層忙しく、疲れてしまい寝てしまったのだろう。
「……ふぅん、それで寝ちゃったんだ」
「ねえ、まだ眠いなら一緒に寝室行って寝ようよ。もちろん兄さんの部屋で」
そんな僕をまだ眠そうな顔で見つめる兄。兄さんは、面倒くさそうに僕を見つめる。
「……………もう一度寝ようとは思ってたが、なんで俺の部屋でお前も寝るんだ。眠いなら自分の部屋で寝ろよ」
「いやぁ。だってさあ。兄さん寝てばっかで全然構ってくれないんだもん。それに、そろそろ夏も終わるし2人一緒のベッドで寝ても暑くないよ。」
「構ってくれないってお前……。ほんとに15歳かよ。夏まだ終わってないし。」
「失礼だなー、兄さんと同じ15歳だよ。ただ兄さんの前では弟で居たいの。それに、前よりかなり涼しくなったんだし別にいいじゃない。ね、いいよね兄さん」
ぐい、と兄さんの身体に僕の体を近づける。兄さんは驚いて固まってしまったが、数秒した後、はぁーー、と長いため息を着く兄さんが視界に映る。
「……………ほんと、可愛げなくなって生意気になったよな。」
「………………………今回だけだぞ。」
その瞬間、思わず口が三日月になりそうなのを必死で耐える。多分、今笑ったら殴られて一緒に寝てはくれないだろうから。
なんだかんだ僕の願い事にはほんと弱いよなぁ、と心の中で思う。世界中の兄は皆こんな感じなのだろうか。言葉が厳しくても、兄さんは最終的に折れてなんでも聞いてくれる。
「ほんとっ!?嬉しいなぁ。じゃあ一緒に寝ようね」
立ち上がると、それを見た兄さんも一緒に立ち上がって部屋へと向かう。
「5時半には絶対に起きるからな。 」
「えー、なんでよもっと寝ようよ。」
「バカ言うな、もうそろそろ中間テストだろ。ずっと寝てばっかでどうするんだよ。」
「でもたまにはいいじゃない。僕が休んでって言わないと全然休まないでしょ兄さん。」
図星なのか、兄さんはピク、と肩を震わせる。それがおかしくて思わずふふ、と微笑んだ。
***
部屋に入って僕と兄さんは一緒のベッドで横になる。最愛の兄が、目の前にいて。本当に愛おしいなぁ、と心からそう思った。
気持ちが抑えられなくて、ぼくは兄さんを思いっきり抱きしめた。
「………苦しい、離れろ馬鹿」
そんなことを言うけれど、口だけ言って兄さんは振り払おうなんてしない。結局の所、兄さんも僕に抱きつかれるのは嫌じゃないのだろう。
「………へへ、あったかいや」
「話を聞け」
さすがに調子に乗りすぎたのか、ぺし、とでこぴんされてしまった。僕はしゅんとして、少しだけ力を弱める。
「………これでいい?」
「ん」
「あったかいね、にいさん。」
「………そうだな」
あったかくて、心地よくて、少しずつ僕の目が閉ざされていく。それでも抱きしめる腕はぜったいにそのままだ。
「…………………おやすみ兄さん」
僕は、この幸せな空間に安心して、ゆっくりと視界が閉ざされる。
「…………おやすみ。無一郎」
ふわ、と頭を撫でられた感覚がして。僕は、好きという感情が抑えられなくなってしまい、そのまま兄さんの胸 に頭を押し付けた。
このまま、夢の中でも会えることを願って。
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