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16
花が散るまでの距離
07.最後の日
朝から、風が強かった。
校庭の桜は、
もうほとんど花を残していなくて。
枝の間を抜ける風が、やけに冷たく感じる。
教室に入る。
いつも通りの朝。
いつも通りの席。
__ただひとつ違うのは。
隣の席が、空いていることだった。
「……」
特に何も思わないふりをして、鞄を置く。
席に座る。
前を向く。
__遅れてくるだけかもしれない。
そう思った。
いや、思い込もうとした。
一時間目が始まる。
チャイムが鳴る。
授業が進む。
それでも、
隣の席は、ずっと空いたままだった。
二時間目。
三時間目。
何度も、無意識に横を見てしまう。
誰もいない席。
昨日まで、当たり前にそこにいたはずの場所。
昼休み。
教室のざわめきが、やけに遠く感じる。
スマホを取り出す。
開く。
閉じる。
——連絡先、聞いてなかったな。
今さら気づく。
それだけのことなのに、妙に重く感じる。
「……保健室」
気づけば、立ち上がっていた。
廊下を歩く。
少しだけ速くなる足。
胸の奥が、ざわつく。
保健室の前。
ドアは閉まっている。
ノックをする。
「はい」
中から声がする。
ドアを開ける。
「すみません、あの——」
言いかけて、止まる。
中には、誰もいなかった。
ベッドも、カーテンも、 全部いつも通りで。
「どうしたの?」
養護教諭が顔を上げる。
「あの、春……同じクラスのやつ、来てませんか」
できるだけ普通に聞いたつもりだった。
少しだけ、間があった。
「……今日は来てないわね」
その一言が、やけに遠く聞こえる。
「そう、ですか」
それだけ言って、保健室を出る。
足が、少しだけ重い。
__大丈夫。
きっと、ただ休んでるだけだ。
そう思おうとする。
でも。
胸の奥で、何かが静かに崩れていく音がした。
放課後。
教室には、もうほとんど人がいない。
いつもなら。
「ねえ、今日どこ行く?」って声がして。
くだらない話をしながら、
一緒に帰るはずだった。
でも今日は。
何もない。
静かすぎる教室で、
ひとり、席に座る。机の中に、手を入れる。
——コツン。
何かが当たった。
取り出す。
それは、小さな封筒だった。
白くて、少しだけ軽い。
表には、何も書かれていない。
ゆっくりと、開く。
中には、写真が一枚と、折りたたまれた紙。
写真は——
あの公園で撮ったツーショットだった。
少しだけぎこちない俺と、
隣で笑っている春。
その裏に、小さく文字が書いてある。
『これ、いちばん好き』
手が、少しだけ震える。紙を開く。
そこに書かれていたのは、
見慣れた文字だった。
『悠真くんへ
ごめんね、ちゃんと話せなくて。
本当は、気づいてたでしょ?
私が、ちょっとだけ“普通じゃない”ってこと。
でも、何も聞かないでくれてありがとう。
あの時間、すごく嬉しかった。
普通の高校生みたいに過ごせたこと、 全部、 ちゃんと覚えてるよ。
“やりたいことリスト”、全部はできなかったね
でもね、 十分なくらい、楽しかった。
写真、いっぱい撮ってくれてありがとう。
あれ、全部宝物。
フォトフレーム、使ってくれたら嬉しいな。
あとね__』
そこで、一度文章が途切れている。
少しだけインクが滲んでいて。
書き直したみたいに、続きがあった。
『やっぱり、なんでもない。
じゃあね。
またどこかで。
春』
読み終えたあとも、しばらく動けなかった。
“なんでもない”。
そこに、本当は何があったのか。
考えなくても、わかってしまう。
言えなかった言葉。
最後まで残してしまった気持ち。
「……っ」
息が、うまくできない。
気づいていた。
最初から、どこかでわかっていた。
それでも。
何も聞かなかった。
何も言わなかった。
“普通”でいられる時間を、守るために。
__でもそれは、
本当に、正しかったのか。
答えは、もう聞けない。
外に出る。
風が吹く。
最後の花びらが、静かに舞い上がる。
空は、やけに綺麗だった。
その中に、
春の姿は、もうどこにもなかった。
__これが、最後の日だった。
コメント
4件
えええええ、ちょっと考察入りますあらぶれます 春ちゃんって春って名前でしょ???春って季節に例えると毎年来る。ということは???? 春ちゃんおらんくなる。でも季節の春に例えたらまた会えるかもしれない。 =ハッピーエンド??????? やばい頭ん中お花畑かもしれん
次回で最後です