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sideR
あの声は、消えたわけじゃなかった。
ただ、静かになっていただけだ。
僕の中で。
ずっと。
⸻
元貴の家の前で、僕は立ち尽くしていた。
ドアの向こうから聞こえた声。
あれは間違いなく、昔の僕を閉じ込めていた“声”だった。
否定したかった。
でも、体が覚えている。
あの、甘くて。
逃げ場を奪う優しさ。
「……なんで」
小さく呟く。
答えは、もう分かりかけていた。
⸻
あの頃の僕は、“声”に飲まれていた。
でも、完全には飲まれなかった。
なぜなら。
――ドアの外に、誰かがいたから。
名前を呼んでくれた人。
待っていると言ってくれた人。
その存在が、“現実”の重さになった。
だから僕は、外に出られた。
でも。
それは同時に、“声”にとっては居場所を失うことでもあった。
⸻
「……出ていけなかったんだ」
僕は、ゆっくりと言葉にする。
あの声は。
僕の中で、生き残っていた。
完全には消えずに。
でも、前みたいに僕を支配できなくなって。
行き場をなくして。
ただ、潜んでいた。
⸻
元貴と出会ったのは、その後だった。
似ていると思った。
状況も。
目の奥の色も。
そして。
――“隙”も。
「僕は……」
言葉が少し震える。
「元貴に、近づきすぎた」
あの時。
ドアの前で、声をかけた。
「一人で抱えなくていいよ」って。
それは本心だった。
でも同時に。
僕の中の“声”も、それを聞いていた。
⸻
“声”は、人を求める。
孤独な心に寄り添うふりをして、入り込む。
そして。
――共鳴する。
元貴は、ちょうど同じ場所にいた。
閉じたドアの内側。
助けを求めているけど、誰も入れたくない場所。
そこに。
僕が立った。
“外”として。
⸻
「……橋になったんだ」
僕は理解する。
自分が、何をしてしまったのか。
僕は元貴を救おうとして。
同時に。
自分の中に残っていた“声”の出口になった。
⸻
sideM
「……橋?」
かすれた声で聞き返す。
頭が重い。
でも、涼架の言葉は、ちゃんと届いていた。
「うん」
ドア越しに、涼架の声。
今度は、はっきりと現実の声。
「元貴の中にある“声”と、僕の中にあった“声”が、繋がったんだと思う」
部屋の隅にいる“それ”が、くすくす笑う。
「そうだよ」
同じ声で、重なる。
「きみ、一人じゃなかったでしょ?」
「やめろ」
「僕が連れてきてくれたんだよ」
ぞっとする。
視界が歪む。
でも。
今はわかる。
これは“外から来たもの”じゃない。
俺の中にも、もともとあったものだ。
ただ。
形を持ってしまっただけだ。
⸻
sideR
「元貴、聞いて」
強く言う。
「それ、完全に外のものじゃない」
ドアに手を当てる。
「元貴の中にもあったもの」
「僕の中にもあったもの」
一度、深く息を吸う。
「だから、消すんじゃなくて」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「――向き合わないといけない」
⸻
sideM
部屋の隅の“それ”が、ゆっくり立ち上がる。
涼架の顔をしたまま。
でも、もう騙されない。
「ねぇ」
そいつが言う。
「僕、優しかったでしょ?」
確かに、そうだった。
あのとき。
一番弱っていたとき。
あの声に、救われた部分もあった。
否定できない。
「でもさ」
そいつは笑う。
「楽な方にしか連れていかないよ?」
沈黙。
その通りだと思った。
だから。
俺は、ゆっくり口を開いた。
「……知ってる」
“それ”の動きが止まる。
「でも」
息を吐く。
「もう、そっちには戻らない」
怖い。
今でも、すごく。
でも。
ドアの向こうには、涼架がいる。
現実の声がある。
それを、知っている。
⸻
sideR
ドアの向こうから、元貴の声がした。
少し震えていたけど。
でも、はっきりしていた。
思わず、笑ってしまう。
「……やっぱ強いじゃん」
小さく呟く。
あの頃の自分には、言えなかった言葉。
でも今なら。
ちゃんと、信じられる。
⸻
「元貴」
もう一度、呼ぶ。
「一緒に終わらせよう」
ドアの向こうで。
何かが、静かに軋んだ気がした。
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