コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
僕は世間でいう『引きこもり』と言われるような人だ。ネットで配信を定期的にしながらその収益で何とかお金を賄っている。とはいえ全く出ない訳ではなく、お弁当や飲み物を買うために週に1回ほどコンビニに向かっている。
今日も僕は狭いアパートの中から古びた冷蔵庫の中から昼ごはんを食べようと扉を開ける。しかし中は伽藍堂だ。重たい足を動かしながら5分程かけて近くのコンビニへ向かった。途中、曇天の空を見て天気予報で雨が降るとか流れていたような気もすると思ったが歩く距離が増えるよりはマシだろうと考え、そのまま歩くことにした。行くタイミングはいつも同じってことではないがほぼ必ずと言ってもいいほど見慣れた店員がいる。20代後半くらいであろう男性店員だ。その人に沢山のお弁当とりんごジュースを渡して会計を済ませる。言わなくてもレジ袋をつけてくれるくらいにはずっとこの生活を繰り返している。だいた5年くらいだろうか。ある程度バランスに気をつけながらお弁当を選んでいるが飲み物は必ずりんごジュースを買う。お茶も珈琲も幼少期に苦いと感じて以来トラウマになってずっと飲もうとしていない。りんごジュースが1番好きというのもあって別に飽きることも無い。確実に美味しいものを選んでいるだけだ。重いレジ袋を手に持って自動ドアを出ると予想通り雨が降っていた。コンビニの中で雨音が微かに聴こえていたからビニール傘も買おうと思ったがこれくらいなら濡れても構わない。節約の方が大切だ。だが、しばらく歩いていると雨が横殴りになってきて車も水飛沫をあげるようになっていた。流石に雨宿りをした方がいいと感じた僕は近くの喫茶店へと入った。
「いらっしゃいませ」
お洒落な店内の奥からから1人の女性が現れる。店内は珈琲の匂いで包まれていた。その匂いは、ほとんど珈琲を飲んだことのない僕にとっては新鮮でどこか切なく感じさせた。僕は案内された窓側の席に座る。元から何かを頼む気もなかったが倫理的なことも考えると1つくらい注文しておかないと気が引ける。立てかけてあったメニュー表の中を見ても特に飲みたいものも見つからない。僕はメニュー表の下の方に書いてあったフレンチトーストを注文した。普段からお弁当しか食べていない僕の舌にはあまり合わなかった。ほのかに香る甘さ、柔らかな食感。その全てがまるで店内で自分だけを孤立させるような感覚がする。昔から孤立してきた僕にとって慣れているはずなのにどうしてか心が痛んだ。雨模様も無くなり、フレンチトーストを食べ終えた僕は一目散にその店内から出ようとした。途中、担当してくれた店員とすれ違った。一瞬、珈琲の匂いが僕の鼻に入る。その時に気がついた。このお店に入った時に感じたあの匂いはお店に広がる珈琲のものではなく接客してくれた彼女の香水のものだと。そんな彼女をどこか魅力的に感じていたのだろう。それからしばらくの間ふと彼女のことを思い出す、そんな時がたまに訪れようになった。
いつものように僕は1週間分の食べ物を買いにコンビニへ来た。最近配信の調子も良くなくお金が足りなくなってきている。目に留まった張り紙にはコンビニバイトの募集のことが書かれていた。必要な書類をレジ袋の中のお弁当と一緒に持って帰った。氏名、学歴、理由の欄を記入してそのままレジ袋に囲まれた布団の中で横になった。そこはまるで異世界のようだった。人と関わりあうとか今まで皆無で最初は不安だったが良くも悪くも新鮮で新たな世界観を僕に分け与えれくれた。陳列などをすると思いのほか沢山の種類のものがコンビニにあることも知った。普段と違う視線から見たコンビニでのバイトはかなり上手く行うことが出来た。先輩のおかげだろう。谷置夢《たにおきゆめ》、僕より少し年上でコンビニバイト経験は長い。谷置という苗字は僕も同じでそんなことから僕は勝手に親近感を抱いていた。長くて美しい黒髪を持つ夢先輩はコンビニの中でも人気になるほど妖艶だった。そんな先輩に丁寧に優しく教えてもらいながら必死にお金を稼いだ。
その日から懸命に働いてある程度のお金が貯まり、何かに使ってみよう、そんな気持ちが芽生えてきた。
「どこかオススメのところないですか?」
夢先輩に聞いてみる。
「じゃあバイト終わったら一緒に行こう」
そう言われて着いた場所は喫茶店だった。ここは1度だけ来たことがある。
「何頼むんですか?」
「ホット珈琲でいいかな。あとフレンチトースト」
「じゃあ同じの頼みます」
少し背伸びをして珈琲を頼んでしまったが、無理をしてでも飲むしかない。格好つけたいが食べる時のルールもイマイチよく分かっていない。夢先輩が、食べている様子をちらっと見てそれを真似して食べる。
「今日は奢ってくれてありがとうね」
「えっそんなこと言ってないんですけど…」
まあ満足そうな夢先輩の姿を見れただけで良かった。仕方なく2人分のお金を店員に渡した。店員はすこし気まずそうな顔をしていたが、僕はそれには気づかなかった。