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クリスマスイブの日は、橋本の実家へ挨拶に行く予定だった。それなのに――。
「お初にお目にかかります、橋本陽です。職業はハイヤーの運転手をしておりまして、その関係で雅輝くんと知り合いました」
橋本の育ての親が、普段あまり交流のない実子に誘われて、旅行に行くことになってしまった。ご両親ともども実子および孫と一緒にクリスマスイブを過ごす機会がないため、橋本との約束を来年に先延ばししたことを、インプに乗り込んだ途端に聞いた。
そこで互いに正装していることを理由にされて、突如宮本家に向かう羽目になったのである。
宮本としては、橋本の育ての親にする挨拶を前日まで考えていたのに、今日それを披露せず、自分の両親と顔を会わせることになるとは、思いもしなかった。
通されたリビングに、そこはかとなく何とも言えない空気が漂う。ハニワ顔している3人を他所に、橋本は営業スマイル全開だった。
普段の息子は、Tシャツにジーンズといういでたちしかしないはずなのに、バリッとしたスーツを着こなしている時点で、宮本の両親は不穏なものを感じ、微妙な表情をキープしていた。
しかも橋本が自己紹介を終えたというのに、ふたり揃ってひとことも喋らない。たぶんこのあと何の話をするのかを、目の前にいるカップルを見て、予想しているのだろうと宮本は考えた。
「あのね、父さん。俺たち付き合っていて……むぅ」
「またか――」
口火を切った宮本に、父親は両手で頭を抱えた。
(当然だよな。弟の佑輝だけじゃなく俺まで、同性を親に紹介するとは思いもしなかっただろうし)
ガックリした様子をあらわにしているという状況なのに、橋本は笑みを崩さなかった。それを隣で目の当たりにして、縋りたくなる気持ちに拍車がかかる。
「年上の自分が、雅輝くんをたぶらかしました。責めるのであれば実の息子ではなく、俺を責めてください」
「陽さん、なに言ってるんだよ」
弟の恋人と同じようなセリフを言った橋本に、宮本は困り顔を決め込む。
「俺から手を出してるということで、おまえをたぶらかした事実は、間違いないだろう?」
「それはそうだけど。でもあのときと今じゃ、事情が違うのに」
笑顔の橋本に宮本が突っかかると、父親がテーブルを叩いて静止した。
「ちょっと待ちなさい。おまえたちは、何をしにここに来たんだ?」
強い口調で問いかけられたことで、宮本は意を決して前を見据えた。自分の両親に橋本との付き合いを認めさせねばと、大きく息を吸い込む。
「俺、この人と結婚したいと思ってる」
吸い込んだ息をそのままに発言すると、橋本がいきなり後頭部を殴った。緊張していることもあり、殴られた痛みを感じなかったものの、ショックを隠しきれない。
「ちょっ雅輝っ、それは駄目だろ。付き合ってますで止めておけよ!」
それは、橋本の笑顔が崩れた瞬間だった。
「え? なんで?」
「なんでじゃねぇよ。ご両親の気持ちを考えろって」
橋本が指をさした先にいる両親は、呆気にとられて放心していた。
「すみません。本当は俺の実家に顔を出す予定で打ち合わせしてしたのですが、急に予定が変更になって、ここに顔を出しました」
心底済まなそうに、橋本が頭を下げる。宮本はどうしていいかわからず、膝に置いてる両手を握りしめるのがやっとだった。
「同性婚が施行しているとはいえ、いきなり認めてくれと言われても、簡単に納得できないのは承知の上です……」
宮本は下げた頭を上げずに低姿勢をキープする恋人の躰に両手をかけて、無理やり上げさせた。
「雅輝?」
「陽さん俺、中途半端なことは言いたくなかった」
見つめ合うふたりを見て、母親が訊ねにくそうに口を開く。
「雅輝、ちょっと教えてちょうだい」
橋本との会話の最中に訊ねられたせいで対処が追いつかず、宮本がぽかんとしたら、橋本が肘で躰を強く突き、しゃんとさせる。
「学生時代には、彼女がいたわよね? それなのにどうして、こんなことになったのかしら」
「確かにその当時彼女はいたけど、大学時代に彼氏がいたことがあったんだ。陽さんが、はじめてじゃないんだよ」
沈んだ声で告げられたセリフを聞き、両親は目を見張った。
「はじめて付き合った彼氏といろいろあって振られて、すっごく自信がなくなった。だけどこのままじゃいけないと思って、一番自信のあった車の運転技術をあげようと、日々練習に励んでいたんだ」
そのときのことを思い出しながら語ると、橋本が宮本の手をそっと握りしめる。
「運転が楽しくなった頃、トラック運転手に職業もチェンジして、それなりに軌道に乗ってた。そんなある日、陽さんに出逢った。フラつく運転をしていた俺を「ふざけんなよ、このクソガキ」って叱り飛ばしてくれた」
言いながら隣を見る宮本に視線に合わせた橋本は、プッと小さく吹き出した。
「大切なお客様を乗せたハイヤーの前で、雅輝がやらかしていたから、叱り飛ばすのは当然のことだったんです」
「それまで、運転のことで叱られたことがなかったのもあって、陽さんに対して興味を抱いたのがきっかけだった。お礼をしたくて陽さんを探したあと、友達になってくれって迫ったんだ。その後一緒に行動しているうちに、陽さんへの憧れが恋心に変わっちゃって……」
照れた宮本が空いた手で頭を搔くと、橋本は渋々といった感じで説明を続ける。
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