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今回もドストライクでした! shpciが互いに大事な存在であるのがリアルに伝わってきて感動しました! ココアさんは語彙力の塊ですよ!!少なくとも私の何倍かはありますね...!!
今回も最高の作品でした...! やっぱりut先生が出てきた時の安心感がすごいです... shpくんとciくんはなんというか、互いをすごく大切に思ってるんだなってのが感じられました😭😭 お忙しい中素晴らしい作品をありがとうございます!!
shpさんが起きた時口角がめちゃグーーんてあがっちゃた!もうut先が優しいすぎてかっこよすぎ!最後らへんの名前呼びあうところとかが1番感動した!涙でそう😭 あと、関係ないけど、ここあちゃんどんどん語彙力上がってるきがする…忙しい中ありがとう!
ー注意事項ー
・この作品はwrwrd様の二次創作です。
・本人様とは関係ありません。
・検索避けに協力してください。
・軍パロ、記憶喪失、怪我流血表現等が含まれます。
◇◇◇
風が鳴いていた。
硝煙と鉄の匂いが、風に混じって流れてくる。
その中には、血の気配があった。
戦場はすでに日没を越えて、空には黒い煙がたなびいている。
「クソッ…前線との通信が途絶した!」
「了解ッ、こっちで再接続する!!」
陣地ではrbの声が慌ただしく響いた。
それを聞いてutは通信機のダイヤルを乱暴に回す。
ノイズの奥にかすかに声が混ざった。
耳をすませると、聞き慣れた声が聞こえた。
『……ッ第二区、敵の部隊が……数が多す…』
「shp!?応答しろ!!!!」
『……ciがッ!!……前何してんねん戻……前方はもう包囲され……』
「ci!?!?なんでciがそっちにおんねん!」
『……器の補充を頼ん……ッci!!!……下が…』
「あんのバカッ…!!!!」
息を切らして駆け出す。
重いブーツが泥を蹴り、風が頬を裂く。
頭上では弾丸が飛び交い、爆音が耳の奥を焼いた。
◇◇◇
いつだってそうだった。
ciにとって、shpは帰る場所みたいな存在だった。
あいつがいれば何とかなる、そんな不思議な安心感があった。
だからこそ、見捨てることなんてできるはずがなかった。
shpから銃弾がないと通信がきたとき、俺は無断でその身そのまま走った。
もちろん、戦闘員でもない自身が力になれるはずがなく、今も足を引っ張っていた。
けれども、彼を救えたことにciは満足しきっていた。
大きな爆発音が響く。
衝撃に耐えれず宙を舞ったciはぐいと引っ張られて、瓦礫の陰へと転がり込んだ。
隣にはshpがいた。
血のついた軍服、銃を構えて、敵を陰から睨む。
その目は鋭く、それでも焦りを押し殺しているようだった。
ciの服を掴んでいた手の力が次第に抜ける。
「…ci、お前もう動くな、」
「…ッでも、shpの方が怪我しとる」
「バカかよ…俺は戦闘員や舐めんな。仮に俺が倒れたとして、お前まで死んだらアカンやろ!」
「だからって放って逃げていいことにはならへんッ!!!!」
視線がぶつかる。
その刹那、二人の間に何か熱いものが通った。
「…俺、shpを守りたいだけやねん、」
「もう十分守られとる。…どこ行くんお前」
ciが血だらけで震えの止まらない足を叩きながら、立ち上がろうとした。
「どこ行くねんて、ci。」
「アイツらを…懲らしめる。」
「いい。もう十分やからci。」
「…で、も…」
そう言って、shpの伸ばされた手をジッと見ていた時だった。
カッと目の前が眩くなる。
爆発。耳鳴り。
世界が白く焼けた。
「shッ」
次の瞬間、ciの目の前に、shpの背中があった。
自分の方に飛び込むようにして、彼が抱きついた。
「shpッッ!!!!!!!!」
鈍い衝撃。
背後で弾丸が炸裂した。
血が飛び散る。
shpがciを庇っていた。
「…ッなに、なんで…!!!!」
「……なま、ぇ」
「な、名前っ??…そんなんで勝手に身体が動いたって言うんか!?…shp??!!」
shpはガクンと首の力を抜いて、倒れた。
ciはshpを抱え、崩れ落ちた瓦礫の下から出た。
手が血で滑る。呼吸が浅くなる。
「大丈夫、大丈夫やから…すぐ医療班呼ぶから…」
背後で、カチャと音がする。
敵がまだいることをも忘れていた。
けれども、ciは気にせず足を動かした。
再び接続された通信機から仲間の銃を装填する音が聞こえたのだ。
「ciッ!!shpッ!!!」
背後から衝撃音が鳴る。
そうしてようやく仲間の姿が見えた。
アドレナリンが出ていたのか、身体は突然痛み出し、急激に寒くなった。
雨が降り始めていたらしい。
空が泣いているようだった。
◇◇◇
夜が明けた頃、基地に戻った。
snの報告は、ciの心を抉った。
「脳震盪による一時的な記憶障害が起きとる。特定の個人や関係性を中心に、断片的な記憶が抜けてる。」
「…つまり、俺のことを忘れてるってことですか、」
「現時点では、そうや。ciくんのこと、覚えてないかもしれない。」
その瞬間、何かが壊れる音がした気がした。
ciは何も言わず、医療室の外へ出た。
壁を拳で殴る。
鈍い音とともに、皮膚が裂けた。
痛みは感じない。
ただ、胸の奥が焼けるように痛かった。
数日後。
shpが目を覚ました。
医療室の窓際で、夕日が射している。
白い包帯に覆われた腕が眩しい。
彼は静かに身を起こし、呟いた。
「…ここはどこや??」
「安全圏の基地や、もう戦闘は終わった」
答えたのは、utだった。
ciは扉の外で、その声を聞いていた。
「戦闘…??あれ…俺なにしてたんすか。なんで医務室に?」
「……お前は戦闘で一部の記憶を忘れてる。きっと戻るから大丈夫だよ、今は安静にしてな」
「…アンタ、ut先生っすか。ふ、なんか老けてません?」
utの顔を眺めて、shpは軽く笑った。
「お前なあ…」
「俺はなにか忘れてるんすか」
「…まあ、別に深く考えなくていい」
「そうっすね。思い出せないことを考えても意味無いし。寝ます。」
その瞬間、心臓を握られたような痛みが走った。
扉の向こうで、ciは息を詰めた。
拳をぎゅっと握る。
出て行きたい。でも出られない。
思い出せない。
その一言が、頭の中で何度も反響した。
やがて、医療室の中から笑い声が聞こえた。
他の仲間たちがよかった、よく頑張ったなどと口々に言う。
それは本来、嬉しい場面のはずだった。
なのに、ciの胸にはぽっかりと穴が開いていた。
扉の前で、立ち尽くしたまま動けなかった。
夕日が沈み、影が長く伸びていく。
その影の中で、ciはそっと呟いた。
「…おかえり」
声は震えていた。
扉の向こうの彼には届くはずもなかった。
◇◇◇
基地の朝はいつもより静かだった。
外では整備班の金属音が鳴っているのに、医療棟の中だけ時間が止まったみたいに沈んでいる。
ciはカップを持ったまま、冷めたコーヒーを見つめていた。
部屋の窓から差し込む光は白く、塗りつぶされたように無機質だ。
あの戦場から、もう一週間が経っていた。
shpは助かった。
それだけで本来は、奇跡だ。
snもgrも運が良かったと口を揃えた。
けれど運が良い、という言葉がこんなにも苦いものだとは思わなかった。
記憶障害。
それは、時間の断層みたいなものだった。
ある瞬間から先の記憶が欠け、そこにいた誰かをすっぽりと消し去る。
そしてその誰かが、自分自身にとってどれだけ大事だったのかも、一緒に消し去る。
ciはそれを説明される時、snの声が遠く聞こえた。
ciくんのこと、覚えていないかもしれない。
その一言だけが耳に焼きついた。
「ci、飯行かへんの?」
声をかけてきたのはzmだった。
食堂の方を指差しながら、ciを覗き込む。
「…今はいいや。あんま腹減ってないし」
「お前、また寝てないやろ。目の下のクマ見たら分かる。」
「寝れへんねんもん…」
ため息をつくzmを見もしないまま、ciは壁に背を預けた。
その視線の先にある医療室のドア。
中から、shpが自身の部隊の隊員たちと談笑している声が聞こえてくる。
「……それで、俺が撃たれたらしいねん。いや、全然覚えてへんけど」
「隊長!俺なんとなく分かりますよ!またci様が無茶したんでしょうね、あの方そういうとこありますし!!!」
「ciって…えーっと…補充班の?」
「そうです。隊長と仲良いんですよ!」
「…喋ったことないねんけど。なに、ツンデレなん?」
笑い声が漏れる。
何も悪気はない。
でも、ciには刺さった。
喉が焼けるように熱くなり、息が詰まった。
笑い声が、自分の居場所を奪う音に聞こえた。
zmが気づいて、行こうぜと声をかけてくれたが、ciは首を振った。
「…先に行って」
「お前な、」
「お願いします」
低く、短く言う。
zmは何も言わずに肩を叩いて出ていった。
残された空間に、心臓の音だけが響く。
◇◇◇
壁にもたれてかかって俯いていた。
それが何分続いたくらいだっただろうか。
「…ci???」
ふと、後ろから声がした。
utだった。
手には資料の束、軍服の袖を少し折って、目を細めて笑っていた。
「またshpの声聞いてたん?」
「別に」
「ほんま??顔、見れば分かるけど」
「…、」
「俺は別に、責めてるわけちゃうで。」
utはゆっくり壁にもたれ、隣に立った。
チラリと横目でciの腕を見てから、小さくため息を零す。
「…お前、飯は。最近食堂で見ぃひんな。」
「…食べれる時に食べてる。」
「昨日のグラタンパイ美味かったか?」
「うん。美味かっ」
「嘘。グラタンパイなんてないで」
ギクと分かりやすくciの肩が小さくなる。
その肩の力を抜き取るようにutは優しく撫でた。
「なになら食べれそ?作るで俺」
「…utせん、」
「なあに」
「……あの」
遠くからまた笑い声が響く。
笑い声はciの勇気を捻り潰した。
小さく開いた口は完全に閉じられ、視線も足元に戻ってしまった。
utは再度肩を撫でる。
「shp、ciんこと覚えてないって言ってたな」
「うん…」
「それで笑ってんの、なんかムカつく」
「…なんでut先がムカついてんの」
「お前だけ縛られるんはちゃうやろ、って思うから?」
ciは顔を上げた。
その目の奥に、かすかに怒りと寂しさが混じっていた。
「…自業自得や。なんも出来ない癖して、出しゃばって」
「誰も悪くない。でも、痛いのはciの方だと思う」
「……」
「ほら」
utが手を差し出した。
「ちょっと外行こうぜ。風に当たったら、少しはマシになる」
外の空気は冷たかった。
夜の基地は静かで、遠くの演習場のライトが点滅している。
風が吹くたび、砂が舞い上がる。
ciはフェンスに寄りかかり、ぼんやり空を見た。
「なあut先」
「ん?」
「俺、あいつから離れるなんてやっぱり嫌や」
「そりゃそうやろ」
「…でも、今は話しかけたくないねん。顔見ると、胃が痛くなる」
「…親友が自分を忘れたらそうなるよ」
「…しんゆう」
「違った?もしかして、相棒がよかった?」
utは少しだけ笑って、ポケットに手を突っ込んだ。
「shpが記憶をなくしたのは、ciを守ったからや。逆に、shpがンなことしてなかったら、今ここで俺と話してるciはいない。」
風が止まった。
夜の冷たさが肌に刺さる。
ciは俯いたまま、声を殺すように呟いた。
「…あの日、俺があいつの名前を呼ばなかったら」
「それは違う」
「違わない。俺が名前を呼んだのが聞こえたから、あいつは動いた。だから、撃たれた!!だから、記憶を失ったッ…!!!!」
「ci」
「おれのせいや…」
拳を握る。
爪が掌に食い込み、血の匂いがした。
utはそっとその手を掴み、ぎゅうと固まる指を解く。
「……それでも、守った命を無駄にされたら、shpが悲しむで」
「…かなしむ」
「守ったその命のせいでciが自分を責めて泣いてるなんて、shpが見たら絶対ヘコむ」
ciは何も言えなかった。
「名前、呼んだって。たくさん」
それで、何食べよう?
喉の奥に熱がこもり、視界が滲んだ。
夜風がそれを冷ましてくれたら良いのだが。
◇◇◇
数日後。
ciはできるだけshpと顔を合わせないようにした。
同じ隊舎にいても、わざと時間をずらして食堂へ行く。
とは言うものの、ciは深夜など人が居ない時間を狙って食堂に現れた。
utは1人にさせないようにと、ほとんどの時間を食堂で過ごしていた。
もちろん食堂で仕事をしながら待っていたのである。
そんなutのおかげで、ciの腕に浮き上がっていた骨は肉で覆われた。
補充班の訓練抜けて、別の仕事を志願して受けることにした。
なんとなく、顔を合わせるのが気まずかった。
grもそれを察してくれたのか、簡単に了承してくれた。
zmたちはそんなciの行動を不思議に思いながらも、何も言わなかった。
shpもciを特別気にするわけでもなかった。
ただ一人、utだけが気づいていた。
ciの目の奥に、言葉にできない恐れがあったことに。
恐れていたのは、shpに忘れられた自分じゃない。
覚えてもらえないまま生きる自分だった。
そんなある晩、ciは資料室で一人残業していた。
ランプの明かりの下、古い無線機のノイズが響く。
ふと、ドアが開いた。
振り向くと、そこにshpがいた。
「…よう、えっと…ci、さん?」
「…どうかしました、」
「ああ…いやえっと。皆、お前のことciって呼んでるけど、俺はなんて呼んでたんすか?」
「なまえ…」
「そう。ああいやまって…タメで話してた?すいません、後輩とか慣れなくて」
「……好きに呼んでください。」
「好きに?なんで?今までと違う風に接せられてもええんすか」
その声は優しかった。
それが余計に、ciを苦しめた。
「…無理に思い出さなくていいです」
「そう言われると、逆に気になるんすけど?」
「…仕事中なので」
「気になります。お前の顔見ると、なんか頭の奥がざわつく」
ciは立ち上がり、彼から距離を取った。
「そのざわつきが何なのか、知らない方がええ」
「なんでや」
「知ったら、痛くなるから」
shpは眉をひそめた。
「痛くても、知りたいって言ったら?俺は俺を取り戻したい」
「取り戻すって、なんのために」
「…お前のために?」
空気が止まった。
ランプの光が揺れる。
ciは言葉を詰まらせ、ただ俯いた。
震える指先を見て、shpは何かを感じ取ったのか、そっと近づいてきた。
「最近よう言われんねん。先輩たちに。ciのことは思い出したかって。」
「だからって無理に今すぐ思い出さなくていいです」
「いやや。そんなに心配するってことは、仲良かったんやろ?いや、聞いてたけど。俺の想像以上なんちゃうかって」
ciは唇を噛み、shpを資料室から押し出した。
「いいから、部屋に戻ってください」
「じゃあ見送ってください。」
「いやです」
「なら戻りません」
「しつこい…」
諦めたのか、shpはそっと部屋から出た。
濃い紫色の瞳がciに穴を開けるように見つめてくる。
「無理もしない。今からじゃなくてもええ。だから、記憶戻すの手伝ってください」
「knさんに頼んでください」
「なんでクソ先輩なんかに」
「早く帰って」
声が震えた。
ciは背を向けたまま、低く言った。
「今、一人でいたい気分やねん…今は、会いたくない。…お願い、します、」
静寂。長い沈黙。
やがてshpは小さく、わかったと呟き、出て行った。
その背中を見送った瞬間、ciの膝が崩れた。
机に手をつき、息を荒げる。
涙が一粒、床に落ちた。
きゅううと胃が潰れた感覚には気が付かなかった。
◇◇◇
夜の廊下。
ciは自室に戻る途中、ふと外の風に当たりたくなった。
utと一緒に外へ出た時、少し落ち着つことができたからである。
ただ、基地の外にはまだ訓練終わりの隊員が数人たむろしている。
仕方なく屋上への軽い扉を開けて、崩れそうなベンチに腰をかけた。
月が滲んでいた。
腹から小さく音が鳴る。
そういえば、今日は食堂に行っていない。
別に1日くらいいいだろう。
腹は食べたいと鳴くが、自分自身、何かが喉に通るのがなんとなく嫌だった。
喉が詰まっているような感覚である。
とにかく、食欲が湧かなかった。
そうやって数分間雲に隠されそうになっている月を眺めていた。
時折手を握ったり開いたりしながら、風に揺られていた。
すると突然静かな空間をガチャと扉の音が邪魔した。
音の方向を見る気にもなれなくて、見上げたままでいると隣に誰かが腰掛けた。
「なんや、月見えへんやん」
「……、」
「…ん”ーー。さむ。」
utの口元から、微かにコーンスープの香りがした。
ciは腹がきゅうと鳴くのを、押さえ込んだ。
それを見透かしたようにutがクスクス笑う。
「コーンスープの気分ちゃうかった?」
「…お腹、減ってない」
「そっか。」
utはパタパタとスリッパを鳴らしながら、ただずっと月を眺めていた。
そうしばらくしていると、ようやく雲から月が顔を出した。
utが嬉しそうに、あっ月出てきた!とはしゃぐ。
「…なー、ci」
「なに」
「泣くぐらい辛いことがあんねんなら、俺のとこに来てって言ったやろ」
「…っ、泣いてへん」
「顔、月明かりで丸見えやけどなー」
「……ッ、うるさい」
utは苦笑して、白い息を吐いた。
「ci。お前ほんと頑張り屋さんやね」
「…」
「えらいこ。」
「……ut、せんせー」
「んー?」
「…おれ、かえりたい」
その言葉に、utの表情が変わった。
「帰るって。お前はもうここにおるやろ?」
「…ここじゃない。元々、いた場所に、」
「…それshp悲しむんちゃうか」
「もうどうでもええ」
「ci、」
それ以上utは何も言わなかった。
ただ、その背中に小さく呟いた。
「…おれ、食堂におるから。コーンスープ、いつでも温めたるからね」
◇◇◇
結局、ciは食堂に行かないまま夜が明けた。
小さなバッグを肩にかけ、静かに基地の門へ向かった。
utには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
昨日は本当にずっと食堂にいたのだろうか。
いや、きっと今も食堂で座って寝ているのだろう。
彼の優しさに溺れてしまうのは良くない。
ケジメをつける必要があった。
頭を冷やす必要があった。
とにかく、今は1人でいなくてはならないと思った。
けれど、門の向こうには、見覚えのある姿が立っていた。
shpだった。
記憶を失ったはずの彼が、まっすぐciを見つめていた。
「どこ行くん」
その声は、あの日と同じだった。
◇◇◇
灰色の空が、基地の外壁をぼんやり照らしていた。
風は冷たく、静かだった。
空気の中に、銃油の匂いと、昨日までの雨の残り香が混じっている。
ciは肩に小さなバックを提げていた。
古い布でできた、くたびれたバックである。
中には最低限の食料と金銭、それに隊章を外した軍服が一着。
全て、元々詐欺師として生活していた時の隠れ場所に帰るためのものである。
白くシワのないの袖を握りしめる手が、震えていた。
門はまだ開いていない。
警備兵もいない時間帯。
前夜に確認していた隙間から抜ければ、外に出られる。
ciは深呼吸した。
胸の奥が重い。
一歩踏み出すたびに、何かを捨てていくような感覚があった。
けれど、それは果たせなくなった。
「どこ行くん」
静かな声が正面から投げかけられる。
息が止まる。
朝靄の向こうに、shpが立っていた。
軍服の上着を片手に、まだ寝癖の残る髪を風に揺らして。
目だけは、はっきりと醒めていた。
「…そっちこそ、なんでここにいるんですか」
「んー…なんか身体が勝手に動いてたんすよ」
「なにそれ」
「さあ?」
shpはそう言ってガシガシと頭を搔いた。
沈黙が続く。
ciは黙って足を動かした。
「待って。どこ行くねんて」
「…関係ないでしょ」
「ある。関係ある。」
ciは顔を背ける。
喉が痛い。声を出すのも億劫だった。
進行方向にshpが立ちはだかっていた。
「…何も覚えてないくせに」
「そうや。でも、身体は覚えてんねん。お前のこと全部な。」
その一言で、ciの胸の奥がズキリと痛んだ。
「…やめて、」
身体だけ覚えていてもどうしようもないのに。
目を逸らしても、shpがこちらをジッと見ているのが分かってしまう。
それが余計辛かった。
「やめない。勝手にいなくなるのも、許さん」
shpが一歩踏み出す度、ciは後退る。
門の向こうには自由がある。
けれど、それは空っぽの自由だった。
shpはなんとなくそれを感じていて、必死にciを離さないように立ちはだかった。
「俺、もうここにいたくないねん…」
「なんで」
「俺がいると、皆が困る。…お前まで巻き込んじゃう、」
「巻き込まれてもええ。」
「ダメ!!!!!」
ciの声が跳ねた。
「お前、俺を庇って記憶なくしたんやぞ!!!なんで、それでもまだ」
「それでも、助けたかったんやろ。俺のことは1番俺が理解してる」
shpの声は静かで、芯が強かった。
ciは遂に何も言えず、俯いた。
しばらく沈黙が落ちる。
風が鉄柵を鳴らす音だけが響く。
その時だった。
基地の非常灯が赤く点滅した。
次の瞬間、遠くから爆音が響いた。
「敵襲ッ!!??!?」
警報が鳴り響く。
どこかで兵士たちの声が上がる。
shpはciを引き寄せて、反射的に通信機へ手を伸ばす。
「こちらshp。北西からの侵入を確認」
『了解、迎撃班は準備に入……』
通信がノイズで途切れた。
その間にも、爆発音が近づいてくる。
基地の外壁が揺れ、砂埃が舞った。
門の前で立ち尽くす二人に、緊張が走る。
「…下がろう」
「ッ、うん、」
爆風が吹き荒れ、二人は物陰に飛び込んだ。
耳鳴りが響き、視界が白く揺れる。
砂煙の向こう、暗闇から人影が現れた。
敵兵だ。
その手には、銃が握られている。
ciが即座に通信機を起動しようとしたが、ノイズしか返ってこない。
「ッ、通信妨害されとる…!」
「伏せろッ!!!!!」
shpが叫ぶと同時に、銃声が鳴った。
火花が散る。
弾丸が近くの壁に当たり、石片が飛び散った。
ciは地面に伏せながら、震える手で予備のハンドガンを取り出す。
弾倉を確認、安全装置を外す。
「前、三人で距離30やな、右のやつなら狙えそう、」
「了解」
「えっ…ちょ、」
ciの手に握られていた銃をスルリと抜き取り、shpが構える。
shpは低く答え、身を乗り出した。
瞬間、彼の腕が閃光に包まれ、発砲音が響く。
一人倒れるのが見えた。
しかし、次の弾が飛ぶより早く、別の影が背後に回り込んだ。
ciの背中に冷たい金属が押し付けられる。
銃口であった。
「ッ、!」
瞬時に身を翻すが、遅かった。
銃弾が左肩を勢いよく貫通し、血が飛んだ。
「やめろッ!!!!」
shpが飛び出し、敵兵を蹴り飛ばす。
返り血が頬を汚す。
肩を抑えて倒れたciを抱き寄せた。
「おま…もう、動くな」
「わかってる…大丈夫やから、はやく、逃げて」
「バカかよ、!!戦闘員舐めんといて。仮に俺が逃げて、アンタが死んだら」
怒鳴る声に、ciは静かに微笑んだ。
「…それ、まえも言われた」
「呑気なこと言っ…え?」
「…いつでも、おれを守ってくれるんやね」
shp。
その声に、shpの目が見開かれる。
脳裏に、焼け焦げた戦場の景色が蘇る。
赤い空、銃声、爆発。
そして、自分の腕の中で息を荒げていたci。
「…、?は」
記憶の断片が、洪水のように押し寄せてきた。ciという名が、心の中で繰り返される。
「…c、i。ci。」
「…、s……」
「ci、ci…ッ!!お前…なんでおれッ、」
shpがいくら名前を呼んでも、ciは返してくれなかった。
その瞬間、背後から再び銃声が響く。
弾丸が空気を裂く。
shpは咄嗟にciを突き飛ばした。
弾丸が背中を貫く。
「ッ!!!!!」
「…なんッ、!!!」
血が舞った。
あの日のことが無理矢理思い出された。
また、記憶を失ってしまうのか。
ciの叫びが夜を裂く。
倒れたshpが、苦しげに息を吐く。
けれども、その表情はどこか穏やかである。
「…やっと、思い出した。お前の声、」
「喋ったらだめ!!!」
「ci…おもい、出したのにッ、」
「…だ、だめッ、だめだめっ、だめや、」
ciは震える手で彼の傷を押さえた。
血が止まらない。
涙が頬を伝い、赤と混ざって地面に落ちる。
とにかく、目の前はあの日と重なった。
喉の奥がきゅううと締まり、出そうとした彼の名はぽかりぽかりと空気中に消え去る。
敵の足音が迫る。
ciは痛む肩も忘れて銃を拾い上げ、立ち上がった。
「、来るなッ!!!」
叫びながら引き金を引く。
弾が切れるまで、撃ち続けた。
カチカチッ、と空になった銃は軽い音を落とす。
その度、息が荒くなり、視界が滲む。
次はどこから襲われるのか。
あと何人いるのか。
理解ができないことばかりで、手がガタガタと震える。
それでも、彼の体を守るように立ち続けた。
やがて、援軍の光が見えた。
zmとutが駆け込んでくる。
「ci、!!!!」
「shpッ!!!!」
zmが敵兵を一掃し、utが駆け寄る。
ciはその場に崩れ落ちた。
銃からはまだカチカチッと音がしている。
「…ci、もうええ。終わったよ。その手、離そ」
「まもれなかった、また、こわして、なくなって、」
「よくやったよ、ci。ええ子やから、銃を渡して」
「…じゅ、う、」
「そう、それ。嗚呼ほら、爪くい込んで血出とる。」
utは優しく手を解く。
開かれた手から銃を抜き取って、傷だらけの手のひらを撫でた。
zmの応急処置を受けたshpが、体を丸めたまま、小さく息を吐いた。
「…ci」
「ぁ…、あ、ぅs、s…」
風が吹き抜け、夜が明け始めた。
空の色が、少しずつ青へと変わる。
ciの背中に、ぽんと熱が与えられる。
utは静かに微笑んだ。
ciは涙を拭い、震える手をshpに伸ばした。
shpはそれをぎゅうと掴む。
zmも背後で嬉しそうに眺めていた。
「……、s…shp」
shpは微笑んだ。
「ci」
「shp、shp…」
短く長い日々に、言い合えなかった分は数え切れないほどである。
2人は何度も何度もお互いの名前を言い合った。
ciの声が柔らかくなり、shpの表情が暖かくなっていく様子をutとzmが眺めた。
朝日が差し込み、二人の影が並ぶのも。
◇◇◇
数日経った、ある雨が降った日のこと。
基地の医療棟の屋根を叩く静かな雨音が、朝方の空気に溶けていく。
消毒液と鉄の匂いが混じる中、ciはベッドの横でじっと座っていた。
目の下には深い隈が刻まれ、肩は重々しく包帯が巻かれている。
膝の上に強く握られた手を乗せて、ただただshpの寝息を数えていた。
どれほどの時間が経ったのか、もう分からなかった。
昼と夜の区別すらも分からなかった。
あの日の光景と、今さっきの光景だけが何度も脳裏に浮かぶ。
血の色。震える指。shpの体温。
自身の情けない声。行動。存在。
「……s、」
彼無しではまだ呟けもしないその名前。
部屋の隅では、utが腕を組んで壁にもたれながら見ていた。
けれど、見ているだけでは我慢できなかった。
utはもたれたまま大きくため息を零す。
「三日寝てないって聞いた」
「…みっか」
「うん。それ、お前も倒れちゃうんやないの」
「これが夢やったら…寝て起きるのが、こわいんや。ゆめが、さめるんちゃうか、って」
「ほっぺ抓ったろか」
「うん」
「冗談やて。じょーだん」
shpの顔をぼーっと眺めたままのciに、utは心苦しさを感じた。
起きて、誰ですか?なんてほざいたら殴ってやんねん。
そう決心して、ひとつ咳払いをする。
「…名前。呼んでやんないの」
「…かえしてくれへんもん、」
「俺が返すよ」
「それじゃ意味ないやん…」
その時だった。
「…ん”」
かすかな声が、静寂を破った。
いや、2人は喋っていたが、重々しい雰囲気の中ぽつぽつと投げられるような会話は、ほぼ静寂と言っていいだろう。
ciの心臓が跳ねる。
「ci!」
utは慌てて駆け寄って、ciの背中を叩いた。
今だ。今。
名前を呼んでやって。
「…、s…shp、shpッ、!!!」
目の前の少年が、ゆっくりとまぶたを開く。
焦点の合わない瞳が、天井をさまよい、やがて彼の方に向いた。
「……ci」
たったそれだけの言葉で、世界が音を取り戻した。
胸の奥から、何かが込み上げる。
喉の奥で押し殺していたものが一気に溢れ出た。
「…ッ、う、う”あああああっ…うェッ、s、shpッ…」
「…、ぷッ…はははは、なんやその顔。」
「う"ぇぇぇえ…shp、shpぃ…」
「鼻水鼻水。ふふふ、ほら拭いて、ちーんして。」
shpは今目覚めたとは思えないくらい、明るく笑った。
名前を呼ぶだけでそれなのか。
utは余計な心配をしていたことに気が付き、頬を掻く。
もしかして、最初shpが倒れた時、名前と言っていたのは。
名前が呼ばれたから体が動いてお前を庇ったんだぞ、ではなく、元気が出るから名前を呼んでくれ、だったのかもしれない。
しばらくそのやり取りを眺めようと思っていたが、ciが泣きすぎて呼吸を崩し始めてしまった。
これまた慌てて駆け寄り、背中を摩る。
shpも流石に慌てたらしく、パタパタと手を動かしていた。
真っ赤に染まり、濡れた頬をshpは両手で包み込んだ。
細くて、冷たくて、それでも確かに生きている温度を感じたためか。
ciはなんとか落ち着くことができたらしい。
「ci、ありがとう」
「……??なにが、」
「名前、呼んでくれて」
「…なまえ、」
「ci」
「…?shp、?」
「ふふ、それ。」
shpは頬を伝って流れる涙を指先で拭った。
ciの頬を完全に預けられ、手のひらでそれをしっかりと受け止めている。
そしてその隣で、utがそっとため息をつく。
「おかえり。shp、ci」
その言葉に、2人が笑った。
◇◇◇
数日後。
ciはまだ歩くのもぎこちなかったが、外の空気を吸いたいと、shpに頼んだ。
「ほら、付き添い許可出してもらってん」
「snさん心配してんちゃうの」
「うん。めっちゃ心配しとった。」
「それでどうしたん」
「振り切ってきた」
「はははッ、さいてー」
snはciのメンタルを安定させるためにカウンセリングを沢山予定していた。
だが、それは全てshpとutがしていたらしく、snの努力は儚く散ることとなった。
それからである。
彼が過保護になったのは。
いや、詳しく言えば、皆が過保護になったのだが、特にsnは変わったのだ。
ciはshpの腕を支えにゆっくりと歩いた。
基地の裏庭は湿った草の匂いで溢れている。
灰色の空から、やわらかい光が差している。
ciはふと立ち止まった。
「shp」
「ん。」
「おれ、shpを守りたかってん」
「んー」
「でも、おれはまた守られたやろ、」
「そうやね」
「…それが、くやしい」
shpは目を見開き、次の瞬間にはふっと笑った。
「悔しいんや。もう十分強いやん」
「…つよい?」
「うん。そう思えるのって強いやろ」
「そうかな、」
「俺の次に強い」
ciはその言葉に、昔の自分の笑顔を取り戻した。
「shpに勝てるくらい強くなりたい」
◇◇◇
その日の夕方。
shpはひとり屋上で外を眺めていた。
オレンジ色の光が空を染めていた。
後ろからutが声をかける。
「よっ」
「…っす」
「お前らはすぐ屋上に来るなあ」
「…?」
「いや、独り言独り言」
utはタバコを咥えて、身体を伸ばした。
風が長い前髪を踊らせる。
「お前、記憶戻ってからなんか前と変わったな」
「…そうっすか?」
「うん。なんか、優しい顔しとー」
「前まではどんな顔やってん」
「野良猫って感じ」
「なんすかそれ」
shpはクスクス笑いながら、崩れた髪を指先で整えた。
それから、横目でutを見る。
「…ciが、そうさせたんすよ」
「へえ。恩人やな」
「はい。命の恩人です」
「ciにとっても、お前は命の恩人やと思うわ」
風が吹き抜け、遠くで兵舎の鐘が鳴る。
外の空には、夕焼けが広がっていく。
血のように赤い色ではない。
希望の色をした、柔らかな光だった。
なんというか語彙力の過失