コメント
1件
「待って…、あっ、やっ…」
桐生さんは後ろから覆いかぶさると、両手首をベッドに縫い付け腰を突き上げた。朝からいきなり激しく抱かれ、私は必死に抵抗しながら声を上げた。
「だ、だめ……!会社に……お、遅れる……から」
「大丈夫、まだ時間あるから」
彼の熱い吐息が耳にかかり体がぞくりと震える。
一緒に暮らし始めてそろそろ3ヶ月。
私たちの同棲生活は思いの外順調だ。初めの頃こそお互いの生活スタイルや細かい習慣の違いで揉めた事もあったけど、その後はとても上手くいっていると思う。
あれから朝比奈さんをオフィスの近くで見ることは一切ない。心配性の桐生さんがほぼ毎日会社の行きと帰りを車で送ってくれる事もあって、とても平和な日々を過ごしている。
桐生さんは仕事の時はとても真面目なのに、プライベートになるとすごく甘々でこのオンオフの差が激しい。外では完璧な彼が、家ではまるで別人のように私に甘えてくるとは恐らく誰も想像出来ないのではないだろうか。
そしてもう一つ、一緒に住んで気付いた事……。それは彼の性欲は強い方だと思う……という事。桐生さんは初めて体を重ねたあの夜以来、こうして朝も夜も私を抱く。
彼が私を抱きはじめると、いつもしばらく離してくれないので、私は何とか彼を説得しようと振り向いた。
「桐生さん、本当にだめ……。遅れるから……んんっ……!」
いきなり唇を塞がれ、私の手首を押さえつけていた彼の左手が私の足の間に伸び敏感な部分に触れた。
「ああんっ……!」
快感の絶頂に一気に追い上げられ、体が収縮し背中が弓なりになる。私は甲高い啼き声をあげながら、桐生さんの手を握りしめた。私の背後で彼は切ない喘ぎ声上げると、際奥に突き上げながら私をきつく抱きしめた。
「蒼……」
二人でベッドの上に横たわったまま乱れた呼吸を必死に整える。痺れる様な快感の余韻がまだ体中に残っていて、指一つ動かす事ができない。
「大丈夫か……?」
最初に起き上がった桐生さんが、うつ伏せに倒れている私を仰向けにして頭を優しく撫でた。何も答えられなくて、力尽きたままぐったりとかろうじて頷いた。
頬は火照り私の体はここ3ヶ月彼に愛を注がれ続け|婀娜《あだ》めいている。そんな私を見た桐生さんは私にキスをすると体にするりと手を滑らせた。
「蒼、すごく綺麗だ……」
そう言うと、彼は再び避妊具を付け直し、私の足の間に体を滑り込ませた。私は目を見開いて慌てて起きあがろうとした。
「桐生さん、本当にダメっ! 会社に遅れるから……!」
必死に彼から逃げようとする私を捕まえると、ベッドに押し倒した。
「……もう一回だけ……」
そう甘える様に囁くと、深くキスをしながら彼は再び私を快感の中に引きずり込んだ。
「もう、本当に信じられない!」
くつくつ笑う桐生さんの後ろを、私は憤りながら早歩きで歩いた。いつも朝は時間のこともあってあそこまで抱かないのに、今日に限って彼は執拗に私を何度も抱いた。
「始業時間ギリギリに出社するなんて。しかも今日は新しい秘書の人が入社してくる日なのに!」
秘書室に入ると丁度八神さんが五十嵐さんと話しをしていて、私達が入ってくると顔を上げた。
「遅れてしまい申し訳ありません」
私は桐生さんをひと睨みすると、八神さんと五十嵐さんに深々と頭を下げた。顔をあげると二人とも清々しい顔の桐生さんを嫌な目で見ていた。
「あの、今日入社される|久我《くが》さんはもうこちらに……?」
「彼なら今人事で手続きをしてるからもう少しでくると思うよ」
そう五十嵐さんが言った時、秘書室のドアがノックされ、人事の|月城《つきしろ》さんが眼鏡をかけた三十代前半の長身の男性、|久我《くが》|悠真《ゆうま》さんを連れて入ってきた。
「あれ、社長とそれに副社長もこちらにいらっしゃったんですね。丁度良かった」
月城さんはそう言うと、私達を順番に紹介した。
「久我さん、こちらが|桐生《きりゅう》社長、そしてこちらは先月新しく副社長へと就任された、|八神《やがみ》副社長、それから秘書の|七瀬《ななせ》さんと、こちらが現在秘書室をまとめていらっしゃる|五十嵐《いがらし》さん。久我さんはしばらく五十嵐さんの下で色々と学んでください」
「はい。よろしくお願いします」
久我さんは頭を下げながら、低く艶のある声で私達に挨拶をした。
「えっと、この辺にクリアファイルや名刺ホルダーなど必要な物はなんでも揃ってるので、ここから自由に取って使ってください」
「はい」
私は早速秘書室の中を簡単に久我さんに説明した。
久我さんは桐生さんと同じ32歳くらいで、細身ながらも逞しさを感じる体躯の持ち主だ。身長も高く桐生さんと同じかそれ以上の185センチはあると思う。
眼鏡をかけたその顔はとても端正な容姿で、桐生さんほど甘く人懐こい雰囲気はないものの、とても大人で落ち着いた彼独特の雰囲気がある。恐らく多くの女性を惹きつけているに違いない。
彼は比較的女性の応募が多い中から選ばれた秘書で、以前中小企業で社長秘書をしていた経験を買われた。それとこれは私の想像だが、恐らく桐生さんと問題がおきないよう男性だった彼が選ばれたのではないかと思う。
久我さんは今回多忙な五十嵐さんのサポートをする為に雇われた。五十嵐さんは最近過密なスケジュールの八神さんのサポート以外にも経営計画の立案をしたり各部署との調整など、会社の運営に関わる仕事もしている。その為久我さんはまず忙しい五十嵐さんのサポート役として入り、いずれは副社長となった八神さんの秘書として働く事になるのだと思う。
「……それと郵便物はここに置いてあって、……こっちには来客用の食器や飲み物が入っています。普段社長や副社長に来客があった場合は、私がお客様にお飲み物をお出ししますが、もし私がいない時はここからお願いします」
私は開けた棚を閉め、先程から背伸びしたり屈んだりして乱れたシャツを下に引っ張って整えながら、久我さんに色々と説明をした。しかし私の説明を聞きながら一緒に歩いていた久我さんは、突然私の胸元に視線を落とすとそこを穴が開くほど見つめた。
「……あの、何か…質問はありますか……?」
久我さんがちゃんと私の話を聞いているのか確認したくて、立ち止まり首を傾げて彼を見た。
「いいえ、何もありません。大丈夫です」
彼は視線を私の胸元から上げると、じっと私の顔を見た。そして首を傾げしばらく考え深げに見た後、クスリと笑った。
── ……い、一体なんなの……?
彼の態度を不快に思いながらも、胸元が少し気になって窓ガラスに反射した自分の姿をちらりと見た。
先ほどシャツを整えた時に引っ張りすぎたのか少し深くシャツが開いていて、胸元あたりに何か影の様なものが見える。
不思議に思って少し近寄って見ると、それが何なのか心当たりがあり慌ててシャツを引き上げて胸元を隠した。
── 桐生さん!!あれほど痕をつけないでって言ったのに!!
私は顔を赤くしながら久我さんを席まで連れて戻ると、急いで化粧室まで行って自分の胸元を見た。
── わぁ……すごい鬱血してる……
今朝慌てて家を出たので気づかなかったが、シャツで微妙に隠れるか隠れないかの境目あたりに真っ赤に鬱血した痕がある。これを久我さんだけでなく五十嵐さんや八神さんにも見られたのかと思うと恥ずかしい。
── もう桐生さん、こんな所にこんな痕つけて!
一言桐生さんに言おうと思って憤慨しながら秘書室に戻ると、ちょうど彼が私を探していた。