第一章:閉じ込められた部屋
クロエは小さな田舎町で生まれた。
家庭は厳格で、母親は「完璧な娘」を求め、父親は幼い頃に家を出ていた。
ピアノの鍵盤を叩く手は正確で、成績表は常に優。表向きは誰もが認める優等生だった。
だが心の奥にはいつも叫びがあった。
自由に生きたい――けれど声に出せない。
母の厳しい目が常に背後にある。
「もっと上手に弾きなさい。周りに恥をかかせないで」
その言葉に押し潰されそうになりながら、クロエは小さく息をつく。
「音楽が好き。でも……それを好きだって言うことすら、許されなかった」
夜、月明かりの差す窓辺でクロエはピアノを弾く。
その音色は誰にも届かない。
それでも指は鍵盤を離さず、わずかに震えながらも、心の奥に隠した自由の叫びを奏でた。
第二章:はじめての逃亡
16歳のある日、クロエは決意した。
夜の闇に紛れ、家を飛び出す。バッグにはギターと最低限の荷物だけ。
振り返ることはしなかった。
都会に辿り着くと、現実は厳しかった。
ホームレスに近い生活、冷たい人々、優しいふりをした大人に騙されそうになる日々。
孤独の夜、段ボールの上で横たわりながら、クロエはギターを抱えつぶやく。
「この世界は冷たい。でも、自由って……冷たい風の中でしか吸えないのかもしれない」
夜風に当たりながら指で弦をかすかに弾く。
孤独で冷たい世界でも、音楽だけは彼女を裏切らなかった。
それは、逃げ場であり、唯一の心の友でもあった。
第三章:音楽との出会い
ある夜、ライブハウスの裏路地で、クロエはギターを弾いていた。
古びた壁に反響する音は、心の奥まで染み込む。
すると、低く年季の入った声がかかった。
「名前は?」
振り返ると、老いた黒人ブルースマンが座っていた。
「クロエ」
「蝶みたいな名前だな」
彼は数週間、クロエに即興演奏やブルースの魂を教えてくれた。
言葉は少なくても、音楽は深く響いた。
ある夜、彼は静かに息を引き取る。
クロエは泣き崩れながらも、胸に決意を刻む。
「本気で歌う……この命をかけて、生きるために」
その夜、クロエは初めて「生きる覚悟」を音楽に託したのだった。
第四章:青い蝶の意味
数日後、クロエは路地裏の小さなタトゥーショップに立ち寄った。
「青い蝶にして。どこにでも飛べるように」
針の音と痛みが、現実に引き戻す。
太ももに刻まれた青い蝶は、ただの装飾ではなかった。
自由の象徴、生き抜く証、そして決意の印。
指でそっと触れ、クロエは小さく笑う。
「これで、私だけの人生を始められる」
第五章:クロエになる
名前も履歴も持たない少女は、「クロエ」として生きると決めた。
ギター片手に街から街へ旅する日々。
時には路上で演奏し、時には逃げ、時には人を助ける。
出会いと別れを繰り返しながら、クロエは強く、優しく、孤独に生きる力を身につけた。
ある夜、長い旅の果てに、クロエは海沿いの街に辿り着く。
街の灯りは柔らかく、潮の匂いが混ざる空気はどこか温かかった。
遠くからパーティ会場の音楽と笑い声が聞こえる。
クロエは少し躊躇し、立ち止まった。
けれど人混みを避け、ベンチに腰を下ろす。
ギターを膝に抱え、潮風に髪を揺らしながら、クロエは静かに息を吐く。
ここで何かが始まる――そんな予感が胸を満たす。
目を閉じると、自由の匂いが風に乗って舞い込む。
「今夜もきっと、誰かがあたしを笑う。
でもいいさ。あたしは笑い返してやる。
青い蝶になったあたしは、自由だ。
…ほら、足音が近づいてくる。」
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