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目を開くとまず、見覚えのある白い天井が映った。
視線を下げて行くと、天井と同じ白の壁にブルーの掛け時計。
見慣れた眺め……私は自分のベッドに横になっていた。
体がだるくて、しばらくぼんやりとしていたけれど、三神さんが来たことを思い出し一気に意識が覚醒した。
勢いよく体を起こし、当たりを見回す。
間違いなく自分の部屋で、恐れている三神さんの姿はどこにも無かった。
……どういうことだろう。
さっきの出来事が、まるで夢だったかの様な静けさだった。
状況を把握出来ないながらも、とにかく戸締まりの確認だけはしようと思った。
ベッドから降り、玄関に向かおうとした私は、足の違和感に気付き動きを止めた……何?
恐々と右足に視線を下ろした瞬間、信じられない光景に息をのんだ。
私の右足は、見たことの無い器具でベッドと繋がっていた。
「何これ……」
なんとか外そうとしても、外し方が分からない。
恐怖でいっぱいになり力任せに引きちぎろうとしていた私は、ドアの開く音が聞こえなかった。
「気が付いた?」
いつの間にか、三神さんが部屋に入って来ていた。
心臓が痛い位、ドクドクと脈打つ。
そんな私に、三神さんが、ゆっくりと近付いて来た。
「……何のつもり?」
怯えているのを知られたくなくて強く言ったつもりなのに、出た声は掠れて弱々しかった。
三神さんは私の目の前で立ち止まると、冷ややかな目で見下ろして来た。
「君にはしばらくここに居てもらう」
その言葉に大きな衝撃を受けながら三神さんを見上げた。
何かの冗談だと思いたかった。
けれど、彼の表情を見れば本気なのは疑いようも無いと分かる。
罵りたいのに、声が出ない。圧倒的に不利な状況に、身動き出来ずにいると三神さんが口を開いた。
「倉橋さんは、自分がこんな目にあう理由分かってる?」
「……理由なんて分からないけど……雪香が関係してるんでしょ?」
ガタガタと震えそうになるのを、手をキツく握って耐える。
「……雪香?」
三神さんは、呆れた様な表情で私を見る。
優位に立っているからか私を見下すような態度の彼に、恐怖と共に怒りも湧いて来た。
「……こんなことをして許されると思ってるの? 犯罪じゃない!」
やっと出た強い声に、三神さんは少しだけ顔をしかめた。
「雪香ってのは倉橋さんの双子の妹だね、知ってるよ。君については全て調べたから」
三神さんの言葉に、強い違和感を覚えた。
なぜ、私の“双子の妹”という言い方をするの?
彼と雪香の間に何か問題が有って、私はそれに巻き込まれたんじゃないの?
今更のように気付いた事実に愕然とする。
まさか……雪香は関係していない? 初めから私が狙われていたの?
「……どうして」
何故私が、こんな目に遭わなくてはいけないのか分からない。
雪香の問題さえ無ければ、私は誰にも迷惑をかけないで生活して来た。
誰かに恨まれる程、人と関わってもいなかった。それなのにどうして……。
真っ青になり震える私を、三神さんは憎しみを宿した目で見下ろしている。
そして、まるで断罪するように告げた。
「君の罪は、全てを拒絶して来た事だよ」
「……どういう……意味?」
拒絶したのが罪? いったい何のこと?
私が何を拒絶したというの?
三神さんは冷笑した。
「君はこう思ってるだろ? 何故こんな目に遭うんだろうって……自分は誰にも恨まれる様な人間ではない」
「……!」
心情をピタリと言い当てられて、私は激しく動揺した。
「倉橋さんは、本当に俺に見覚えが無いの? 前に一度会ってるのに?」
前に会った?……だとしたら三神さんが越して来る前の話だろうけど、一体どこで……。
いくら考えても思い出せなかった。
私の生活はとても地味なものだし、雪香のトラブルに巻き込まれる目は平凡な毎日だった。
人との交流なんて、職場以外無かったのだし。
「……思い出せないみたいだな、予想していたけどね。じゃあこの名前は?」
三神さんは、白い封筒を私の目の前に突き出した。
さっき見たもので、三神早妃と書いてある。
「知らない……でも三神さんの家族なんじゃないの?」
三神さんの表情が険しくなる。私の答えは、彼の怒りを買ったようだった。
「本当に自分のことばかりだな」
「……どうして? その女性に何の関係が有るの?」
「彼女は君の隣の部屋に住んでたんだよ」
隣の部屋……そう聞いても三神早妃という名前には、やはり覚えがない。
同じアパートに住んでいても、めったに会わないし、表札が出ていない限り名前を知る機会もない。
それでも隣の部屋というヒントから、一人の女性の姿を曖昧ながら思い出した。
いつも俯いていたから、はっきりと顔を思い浮かべるのは無理だけれど。
いつの間にか居なくなっていた彼女。
彼女が三神早妃なのだろうか。そうだとして三神さんとどんな関係なのだろう。
名字から他人じゃ無いと分かるけど……。
「思い出した?」
三神さんの問いかけに私は頷き、なんとか声を発した。
「隣に女性が住んでたのは知ってたけど、私は何の関わりも無かった……私は彼女に何もしていない」
恐怖と理不尽な状況への憤りで、体が震える。
そんな私を見下ろしていた三神さんは、背筋の凍るような冷たい目をしながら言った。
「確かに君は何もしなかった」
「じゃあ、どうして?」
なぜ私をこれ程憎むのか。混乱する私に、三神さんは吐き捨てる様に言った。
「君は本当に何もしなかった、無関心だった。早妃が助けを求めてる時も見向きもしないで見捨てた」
「え……」
助けを求めてた? 見捨てた?……意味が分からない。
私は彼女に、声をかけられたことすら無かったのだから。
「見捨てたって……私、何も言われて無い、彼女が何かに困ってる事すら知らなかった」
顔も曖昧にしか思い出せない相手なのに、彼女の身に起こっていた出来事なんて知りようが無かった。
「本当に何も覚えて無いみたいだから、説明するよ。早妃はこの部屋のすぐ隣にいた。監禁されてたんだよ」
私は大きく目を見開いた。
「そんな……嘘でしょう? だって外で見かけたことだって有ったし……」
本当に監禁されてたなら、部屋から出られる訳が無い。
「……確かに、監禁と言うのは大袈裟だな。軟禁と訂正するよ」
三神さんの話は私にとって予想もしていなかったもので、どう反応すればいいのか判断がつかない。何も言えないでいると、彼は話を続けた。
「早妃は当時付き合ってた男に、暴力で言いなりにさせられていたんだ。かなり暴れたはずだけど、気付かなかった?」
このアパートに引っ越して来た当時の事を思い浮かべた。
確かに隣の部屋はとてもうるさくて、迷惑に感じた覚えが有った。
でも次第に慣れてしまい、気が付いた時にはいなくなっていた。
今思えば、あの騒音が暴力だったのかもしれない。
でも当時は、隣の住人のことなど気にする余裕は少しも無かった。
直樹に裏切られたばかりで絶望していた私は、気力を失いただ呆然と毎日を過ごしていたから。
誰とも関わらず引きこもって暮らしていて……でも生活していかなくちゃならないから、なんとか気持ちを切り替えて仕事を探し始めた。
あの頃は私だって必死で、とても他人にまで気を回せる状態じゃ無かった。
「……隣がうるさいのは気付いていたけど……でもただ喧嘩してるだけだと思った。まさか暴力を受けてるなんて思わなかった」
掠れた声でそう言うと、三神さんは軽蔑したような口調で答えた。
「そうだろうね、君は自分以外はどうでもいい人間だから」
「……確かに、気が利かなかったのは認めるけど……だからってどうしてここまでされないといけないの?!」
怒りを吐き出し、三神さんを睨み上げた。
三神早妃さんが酷い目に遭ったのは気の毒だけど、これはただの逆恨みだ。
彼女が私に助けを求め、それを拒否したって訳じゃ無いのに。
ただ察しであげられなかっただけなのにこんな仕打ちは理不尽過ぎる。
「こんなのただの逆恨みじゃない!」
「そうだとしても、君を許せない!」
三神さんが今までに無い大声を出す。私の体は反射的にビクッと震えてしまった。
「……さっきここに居てもらうって言ってたけど……私をどうする気?」
「早妃と同じ目に遭ってもらう」
私は信じられない思いで、三神さんの言葉を聞いた。
三神さんが腕を伸ばして来る。殴られる!
身を固くして目をきつく閉じたけれど、どこにも痛みは訪れなかった。
代わりに足を触れられる感覚が走り、全身に鳥肌が立つ。
恐る恐る目を開けると、三神さんは私の足枷を外していた。
どういうつもり? この隙に逃げるべきなのか……。
判断がつかずに戸惑っていると、三神さんに強く腕を引っ張られた。
「どこに行くの?!」
私の手を引き玄関に向かっていく三神さんに、焦りながら問いかける。
三神さんは無言で、私を部屋から出した。
裸足のままアパートの廊下に出され、そのまま隣の部屋に連れていかれそうになる。
「離してよ!」
大声を上げて、暴れたけれど力では適わない。結局部屋に連れ込まれてしまった。