テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
最終話:『静かなる埋葬』
九条邸の地下。そこはかつて彼が贅を尽くして作り上げた秘密の監獄。
今、その場所は、九条自身の「墓所」へと変貌していた。
九条は、もはや拘束具すら必要ないほどに衰弱し、床に這いつくばっていた。狙撃された足の痛みと、すべての権力を剥ぎ取られた恐怖が、かつての支配者を無様な老人のように変え果てていた。
「志乃……金だ、金ならスイスの口座に……っ。命だけは、命だけは助けてくれ……!」
九条の這いずる先に、志乃が、そして新代の小夜が立ちはだかる。
彼女たちの瞳にあるのは、怒りではなく、ゴミを見るような冷徹な「無」だった。
「九条。あなたは今日、この瞬間に死ぬよりも残酷な罰を受ける。――あなたは今日、この世界から『消える』のよ」
小夜が書類を九条の前に放り投げた。そこには、彼のすべての資産の譲渡、そして彼自身の「死亡診断書」が、公的な印と共に記されていた。
「戸籍も、資産も、人脈も……九条という男は、この社会から一刻前に抹消された。あなたはもう、誰でもない。どこにも存在しない。……この地下室以外には」
「な、……なんだと……っ!?」
絶望に顔を歪める九条。その傍らに、一人の影が寄り添った。
楓だった。「清浄の儀」によって暗示が完全に解け、かつての清廉な瞳を取り戻したはずの彼女は、しかし、九条の細い腕を、まるで宝物のように抱きしめた。
「……お姉様。私は、この人と一緒に行くわ」
「楓、何を……! あなたの暗示は解けているのよ!?」
志乃の悲痛な叫びに、楓は静かに首を振った。
「分かっているわ。この人がどれほど卑劣で、汚らわしい男かも。……でも、私の身体はもう、この人の与える毒でしか脈打たなくなってしまった。正気のまま、この地獄を愛してしまったの。……もう、外の世界の光は、私には眩しすぎる」
楓は、九条を抱きしめたまま、地下の奥底にある狭く暗い一室へと彼を引きずっていく。
九条は泣き叫び、逃げようともがくが、楓の腕は万力のように彼を離さない。それは正気の人間が放つ、執着という名の狂気だった。
「……さようなら、お姉様。里のこと、お願いします」
楓が内側から重い扉を閉めた。
その直後、小夜が印を結び、扉の周囲に強力な「封印の結界」を幾重にも張り巡らせる。物理的にも、霊的にも、二度と開くことのない、完全なる閉鎖空間。
「……終わったわ、志乃様」
九条の情けない叫びと、楓の優しくも恐ろしい囁きは、厚い壁の向こうへと消えた。
地上に上がったくノ一たちが、朝日の中で屋敷に火を放つ。九条という男が生きた証、彼が犯した罪の記録、すべてが灰となって空へ消えていく。
社会から抹消され、永遠に続く暗闇の地下で、正気のまま互いを呪い、愛し続ける二人。
それが、支配者と、その愛に狂ったくノ一の、最後の姿だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!