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眠狂四郎
661
すみっこの文字
37
いとー
40
クロードの先導でダンジョンを進む。
作動しないトラップ群を抜け、向かうのは騎士団の活動拠点だった部屋。
レジーナは足元を見つめて歩く。自身の言動を思い起こしていた。
「……余計なこと、言い過ぎたわ」
クロードが振り返り、レジーナを見下ろす。
レジーナの口元に苦い笑みが浮かんだ。
「エリカのこと言えないわね。私も、アロイスのこと勝手にしゃべってしまったわ」
「……黙っていられなかった。それくらい、彼女はレジーナにとって特別なのだろう?」
「特別……、そうね」
彼女に初めて会った日を、今でもはっきり覚えている。
「……私、授業に遅れそうで急いでいたの。それで、彼女とぶつかって、派手に転んでしまって」
ただ転んだだけではない。
運悪く、倒れた場所がぬかるみで、みっともない姿を晒してしまった。今思い出しても恥ずかしい。なのに――
「彼女、なんの躊躇いもなく、私を助け起こしてくれた……」
レジーナが悪名高いフォルストの娘と知っていたにも関わらずだ。
レジーナの名を呼び、「大丈夫か」と手を差し伸べてくれた。
それに対し、レジーナは愚行を犯した。
「……咄嗟に制御できなくて、私、アロイスのことを読んでしまった」
そして知ったのだ。彼女の優しさ、誠実さ、眩いほどの強さを。
「あの頃の私、かなり追い詰められていて……」
フォルストに向けられる悪意、集団生活でのスキル制御の難しさ。
そして一番は、婚約者の心変わり――
「よっぽど、リオネルに読心スキルを打ち明けようかと思っていたわ」
彼に対する信頼でも誠意でもない。ただの打算。
スキルを明かし、レジーナの有用性を示せば、リオネルが認めてくれるかもしれない。エリカではなく、自分を選んでくれるのでは。
そう期待した。
「……馬鹿よね。バレたら、嫌でもスキルを使う羽目になるのに」
強制はされないかもしれない。それでも――リオネルやプライセル家に願われたら、きっとスキルを使っていた。
それがどれだけの敵意を生もうと、どれだけレジーナの心を傷つけようと、「リオネルのためなら」と。
だけど、あの日――
「……アロイスに触れて、私、自分が情けなくなった」
アロイスの胸の内、彼女はたった一人で戦っていた。
露見に怯え、常に気を張り続ける生活。秘密を抱え、後戻りも許されない。。
彼女は、恐怖に怯え、息苦しさに溺れそうになりながらも、自分が正しいと思う道を進んでいた。
学園で孤立しかけていたフリッツに面と向かっていくのもそう、周囲に忌み嫌われるレジーナに手を差し伸べたのも。
「……凄いと思ったの」
アロイスの強さに、レジーナは憧れた。
彼女のようになりたいと。
そして――
「……許されるなら、彼女と友達になってみたかった」
アロイスなら、フォルストの名を気にしないでいてくれる。レジーナをレジーナとして見てくれるのでは。
けれど、結局、レジーナが彼女に近づくことはなかった。
レジーナには負い目――彼女の一番の秘密を覗いてしまった――がある。近くに居ればきっとまた、彼女の大切なものに触れてしまう。
たった一人、「友」と呼びたかった人。
互いの抱えるもの故に近づけない。
それでも、アロイスはずっと、レジーナにとっての心の支えだった。
不意に、クロードが足を止める。
つられてレジーナも足を止めた。
「俺がいる……」
「え?」
「……俺は、この地で死ぬつもりだった」
静かな瞳が見下ろす。
「俺の中はもうずっと空(から)だ。読まれて困るものはない。だから、レジーナが 恐れる必要はない。ずっと側にいられる」
レジーナの口が自然と弛む。
「ありがとう。……でも、クロードは空っぽなんかじゃないわ」
断言できるのは、レジーナだから。
「見てしまった私が言うのだから、間違いないわ」
彼の胸にそっと手を伸ばし、心臓の位置に手を当てた。
「あなた、忘れてるだけよ。あなたの痛みも哀しみも誓いも、全部ここに、……あなたの中にあるわ。失くなってなんかいない」
事実、そこから生まれた彼の優しさは、今この瞬間も失われていないのだから。
「誰が何と言おうと、あなたは空っぽなんかじゃない。私が保証してあげる」
「……レジーナ」
クロードの手が、彼の胸に置かれたレジーナの手に重なる。
「読んでくれ……」
「え?」
言ったきり、黙り込んだクロード。
レジーナは困惑する。
クロードは口を開かぬまま、レジーナの手を持ち上げた。その手にスリと頬を寄せる。
動揺したレジーナの内に流れ込んでくる声。
――あなたを見た時、何にも替えがたい光だと思った。
「クロード……?」
――何があろうと守りたいと思った。あなたを失えないと。
クロードの胸の内が伝わって来る。
憐憫か執着か。レジーナを望むクロードの静かな声。
レジーナの頬に、ジワリと朱が滲む。
――死にゆく俺に、あなたが生きる意味を与えた。だから……
クロードが口を開く。
「レジーナ……」
クロードの手が、痛いくらいの力でレジーナの手を握り締める。
――俺の運命。どうか、ずっと、あなたの側に居させて欲しい。
青の瞳がレジーナを窺い見る。
乞われている。レジーナを望んでくれている。
彼の熱に当てられたレジーナの指先が甘く痺れる。レジーナは動けないでいた。
頬を染めた熱が脳を溶かす。
彼の垂れ流しの思考が伝わってきて――
――どうして返事をしてくれない? 怒らせた、だろうか?
――自身の欲を優先しすぎた。レジーナの気持ちを考えていなかった。
――だが、側にいたい。「許す」と言って欲しい。レジーナ、お願いだ。どうか……
「わ、分かったから! ちょっと待って!」
制止したレジーナは、クロードの瞳を見つめた。そこに、彼の真意を探る。
「……あなた、さっきから、本気で言ってるの?その、本気で……」
ずっと側に居てくれるの――?
恥ずかしくて言葉にできない。
俯いてしまったレジーナの耳に、クロードの声が聞こえた。
――俺は、終生、あなたの側にいたい。
――俺の全てであなたを守ると誓う。
クロードはレジーナの手を握ったまま、片膝をついた。レジーナに深く頭を垂れる。
「……あなたに忠誠を」
「え……」
レジーナは嫌な予感がを覚える。
だって、これではまるで――
「生涯、お側に仕える誉れを……」
「なっ!?」
彼の胸の内が伝わる。
確かに、彼は忠誠を誓っていた。しかし、それは騎士としての誓い。
――俺の、不可侵の女神。
レジーナは、咄嗟にクロードの手を振り払った。
先程までとは違う羞恥で顔が真っ赤になる。
(なに! なによソレっ!?)
だって、側にいるなんて言うから、てっきり――!
男女の仲、恋愛感情だと思った。
クロードが自分のことを憎からず思ってくれているのだと。
そして、レジーナはそれを「嬉しい」と――
「~~仕えるってなによ!? 私、あなたに騎士として仕えて欲しいわけじゃないわ!」
「レジーナ……?」
「大体、不可侵って! あなた、勝手に私に触るし、問答無用で抱き上げるじゃない!」
(違う! そんなことが言いたいんじゃない……っ!)
ただ、勘違いしたのが恥ずかしいだけ。
だけど、あんな言い方されたら誰だって――
(紛らわしいクロードが悪いっ……!)
「……すまなかった、レジーナ。今後は無断で触れることがないよう、重々気を付ける」
レジーナの八つ当たりに、クロードが頭を下げる。
レジーナは真っ赤な顔でブンブンと首を横に振った。
クロードの手が伸びてくる。
「レジーナ、触れてもいいだろうか?」
「駄目よ!」
今は彼の心を読みたくない。
「触るのに躊躇いがないのは、女として見ていないから」、なんて。
そんな心が聞こえてしまったら、ダメ押しだ。立ち直れない。
レジーナはクロードと距離を取り、歩き出す。
「……行きましょう、クロード。早くポーションを見つけないと」
置き去りにして歩き出す。
クロードはすぐに追いつき、レジーナの前に立った。先導しつつ、時折、背後を振り返る。
こちらを案じる、物言いたげな瞳。
レジーナは、気づきつつも顔を上げない。
(……やっぱり、厄介ね。こういう時、相手の真意がわかっちゃうのって)
思わず、溜息が漏れた。
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