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クロードの先導でダンジョンを進む。
作動しないトラップ群を抜け、向かうのは騎士団の活動拠点だった部屋。
レジーナは足元を見つめて歩く。自身の言動を思い起こしていた。
「……余計なこと、言い過ぎたわ」
クロードが振り返り、レジーナを見下ろす。
レジーナの口元に苦い笑みが浮かんだ。
「エリカのこと言えないわね。私も、アロイスのこと勝手にしゃべってしまったわ」
「……黙っていられなかった。それくらい、彼女はレジーナにとって特別なのだろう?」
「特別……、そうね」
彼女に初めて会った日を、今でもはっきり覚えている。
「……私、授業に遅れそうで急いでいたの。それで、彼女とぶつかって、派手に転んでしまって」
ただ転んだだけではない。
運悪く、倒れた場所がぬかるみで、みっともない姿を晒してしまった。今思い出しても恥ずかしい。なのに――
「彼女、なんの躊躇いもなく、私を助け起こしてくれた……」
レジーナが悪名高いフォルストの娘と知っていたにも関わらずだ。
レジーナの名を呼び、「大丈夫か」と手を差し伸べてくれた。
それに対し、レジーナは愚行を犯した。
「……咄嗟に制御できなくて、私、アロイスのことを読んでしまった」
そして知ったのだ。彼女の優しさ、誠実さ、眩いほどの強さを。
「あの頃の私、かなり追い詰められていて……」
フォルストに向けられる悪意、集団生活でのスキル制御の難しさ。
そして一番は、婚約者の心変わり――
「よっぽど、リオネルに読心スキルを打ち明けようかと思っていたわ」
彼に対する信頼でも誠意でもない。ただの打算。
スキルを明かし、レジーナの有用性を示せば、リオネルが認めてくれるかもしれない。エリカではなく、自分を選んでくれるのでは。
そう期待した。
「……馬鹿よね。バレたら、嫌でもスキルを使う羽目になるのに」
強制はされないかもしれない。それでも――リオネルやプライセル家に願われたら、きっとスキルを使っていた。
それがどれだけの敵意を生もうと、どれだけレジーナの心を傷つけようと、「リオネルのためなら」と。
だけど、あの日――
「……アロイスに触れて、私、自分が情けなくなった」
アロイスの胸の内、彼女はたった一人で戦っていた。
露見に怯え、常に気を張り続ける生活。秘密を抱え、後戻りも許されない。。
彼女は、恐怖に怯え、息苦しさに溺れそうになりながらも、自分が正しいと思う道を進んでいた。
学園で孤立しかけていたフリッツに面と向かっていくのもそう、周囲に忌み嫌われるレジーナに手を差し伸べたのも。
「……凄いと思ったの」
アロイスの強さに、レジーナは憧れた。
彼女のようになりたいと。
そして――
「……許されるなら、彼女と友達になってみたかった」
アロイスなら、フォルストの名を気にしないでいてくれる。レジーナをレジーナとして見てくれるのでは。
けれど、結局、レジーナが彼女に近づくことはなかった。
レジーナには負い目――彼女の一番の秘密を覗いてしまった――がある。近くに居ればきっとまた、彼女の大切なものに触れてしまう。
たった一人、「友」と呼びたかった人。
互いの抱えるもの故に近づけない。
それでも、アロイスはずっと、レジーナにとっての心の支えだった。
不意に、クロードが足を止める。
つられてレジーナも足を止めた。
「俺がいる……」
「え?」
「……俺は、この地で死ぬつもりだった」
静かな瞳が見下ろす。
「俺の中はもうずっと空(から)だ。読まれて困るものはない。だから、レジーナが 恐れる必要はない。ずっと側にいられる」
レジーナの口が自然と弛む。
「ありがとう。……でも、クロードは空っぽなんかじゃないわ」
断言できるのは、レジーナだから。
「見てしまった私が言うのだから、間違いないわ」
彼の胸にそっと手を伸ばし、心臓の位置に手を当てた。
「あなた、忘れてるだけよ。あなたの痛みも哀しみも誓いも、全部ここに、……あなたの中にあるわ。失くなってなんかいない」
事実、そこから生まれた彼の優しさは、今この瞬間も失われていないのだから。
「誰が何と言おうと、あなたは空っぽなんかじゃない。私が保証してあげる」
「……レジーナ」
クロードの手が、彼の胸に置かれたレジーナの手に重なる。
「読んでくれ……」
「え?」
言ったきり、黙り込んだクロード。
レジーナは困惑する。
クロードは口を開かぬまま、レジーナの手を持ち上げた。その手にスリと頬を寄せる。
動揺したレジーナの内に流れ込んでくる声。
――あなたを見た時、何にも替えがたい光だと思った。
「クロード……?」
――何があろうと守りたいと思った。あなたを失えないと。
クロードの胸の内が伝わって来る。
憐憫か執着か。レジーナを望むクロードの静かな声。
レジーナの頬に、ジワリと朱が滲む。
――死にゆく俺に、あなたが生きる意味を与えた。だから……
クロードが口を開く。
「レジーナ……」
クロードの手が、痛いくらいの力でレジーナの手を握り締める。
――俺の運命。どうか、ずっと、あなたの側に居させて欲しい。
青の瞳がレジーナを窺い見る。
乞われている。レジーナを望んでくれている。
彼の熱に当てられたレジーナの指先が甘く痺れる。レジーナは動けないでいた。
頬を染めた熱が脳を溶かす。
彼の垂れ流しの思考が伝わってきて――
――どうして返事をしてくれない? 怒らせた、だろうか?
――自身の欲を優先しすぎた。レジーナの気持ちを考えていなかった。
――だが、側にいたい。「許す」と言って欲しい。レジーナ、お願いだ。どうか……
「わ、分かったから! ちょっと待って!」
制止したレジーナは、クロードの瞳を見つめた。そこに、彼の真意を探る。
「……あなた、さっきから、本気で言ってるの?その、本気で……」
ずっと側に居てくれるの――?
恥ずかしくて言葉にできない。
俯いてしまったレジーナの耳に、クロードの声が聞こえた。
――俺は、終生、あなたの側にいたい。
――俺の全てであなたを守ると誓う。
クロードはレジーナの手を握ったまま、片膝をついた。レジーナに深く頭を垂れる。
「……あなたに忠誠を」
「え……」
レジーナは嫌な予感がを覚える。
だって、これではまるで――
「生涯、お側に仕える誉れを……」
「なっ!?」
彼の胸の内が伝わる。
確かに、彼は忠誠を誓っていた。しかし、それは騎士としての誓い。
――俺の、不可侵の女神。
レジーナは、咄嗟にクロードの手を振り払った。
先程までとは違う羞恥で顔が真っ赤になる。
(なに! なによソレっ!?)
だって、側にいるなんて言うから、てっきり――!
男女の仲、恋愛感情だと思った。
クロードが自分のことを憎からず思ってくれているのだと。
そして、レジーナはそれを「嬉しい」と――
「~~仕えるってなによ!? 私、あなたに騎士として仕えて欲しいわけじゃないわ!」
「レジーナ……?」
「大体、不可侵って! あなた、勝手に私に触るし、問答無用で抱き上げるじゃない!」
(違う! そんなことが言いたいんじゃない……っ!)
ただ、勘違いしたのが恥ずかしいだけ。
だけど、あんな言い方されたら誰だって――
(紛らわしいクロードが悪いっ……!)
「……すまなかった、レジーナ。今後は無断で触れることがないよう、重々気を付ける」
レジーナの八つ当たりに、クロードが頭を下げる。
レジーナは真っ赤な顔でブンブンと首を横に振った。
クロードの手が伸びてくる。
「レジーナ、触れてもいいだろうか?」
「駄目よ!」
今は彼の心を読みたくない。
「触るのに躊躇いがないのは、女として見ていないから」、なんて。
そんな心が聞こえてしまったら、ダメ押しだ。立ち直れない。
レジーナはクロードと距離を取り、歩き出す。
「……行きましょう、クロード。早くポーションを見つけないと」
置き去りにして歩き出す。
クロードはすぐに追いつき、レジーナの前に立った。先導しつつ、時折、背後を振り返る。
こちらを案じる、物言いたげな瞳。
レジーナは、気づきつつも顔を上げない。
(……やっぱり、厄介ね。こういう時、相手の真意がわかっちゃうのって)
思わず、溜息が漏れた。