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『感傷に浸っているところ申し訳ないですが、まだゲームは終わっていませんよ? 片桐慎吾くん、佐伯小春さん。死の指輪を外して、この呪われた校舎から脱出してください』 落ちたスマホより流れる、どこまでも残忍な笑い声。
その言葉から分かる。凛は翔と共に、人生を終わらせたのだと。
ピッ、ピッ、ピッ。
やはり、このまま無条件では終わらないか……。
俺は腕で目をゴシゴシと乱暴に拭い、小春の手を取る。
「慎吾……」
「大丈夫。俺は小春のこと好きだから、指輪を外せる。だから小春は、そのまま校舎から出ていけば良いんだ」
「慎吾、は……?」
カタカタと震える指を両手で包み込み、淡々と話しかけた。
「音霧さんを見てただろう? 許せない相手の指輪を外すとルール違反によって、爆発する。だから、小春一人で出て行って欲しい。……それは出来ますよね、主催者さん? そうじゃないと三上さんに話した、『相手を見捨てる選択肢もある』に矛盾しますよね?」
『ええ。彼女に見捨てられた哀れな男として、盛り上がりますからね』
意気揚々と返答する声には若干の苛立ちが混ざっているように感じ、やはり今牽制を張らなければ理不尽なルール変更をされていたかもしれないと気付く。
生存者が出た時より、全滅エンドの方が投げ銭は増え、収益も上がる。そんなことがまとめサイトに書いてあった。
バクバクと鳴る心臓を抑え、はぁっと息を吐いた。
以前不意に、「翔はかっこよくて良いな」と本人を前に呟いてしまった時に、「慎吾に足りないのは度胸」だと、言われたことを思い出していた。
「途中のルール変更は当たり前だった」
凛が得た情報と、遺してくれた言葉。
それがなかっても、俺はただ主催者の言いなりになってしまっていただろう。
ありがとう、二人とも。おかげで小春は助けられそうだ。
「待って! 私の話を聞いて欲しいの!」
突然声を張り上げた小春は、俺から手を引っ込めてしまった。
「じ、時間が!」
「私だけ何も明かさないのは、不公平だと思う。だから私は、私の本性を密告します!」
こちらを見据える瞳は見たことのない真っ直ぐで、そんな姿初めて目の当たりにした。
『クククッ、面白くなってきましたね。では佐伯小春さん、ご自身の罪を暴露をしてください。大人しく、良い子とされる、あなたの醜い本性を』
「小春、これは罠だ! 良いんだよ、秘密なんかあっても! 品行方正な人間なんて誰一人居ない! ……みんな取り繕って生きてるんだから!」
俺の言葉に目を丸くした小春は、眉を下げて「ありがとう」と呟く。
しかしスマホを操作する手を止めることはなく、見てほしいとスマホの画面を俺に向けてきた。
『あなたが壊したい世界はありませんか?』
その文面から始まる文章には、小春が受けたいじめの内容が事細かく記入されており、「あなたの復讐をお手伝いします」の言葉で締め括られていた。
「……まさか」
「私ね、このメールに返信していたの。だから、このゲーム。人が死ぬゲームにエントリーしたも同義なんだ……」
力無く膝元に下ろしたスマホに、小春の涙がポタリと落ちる。
『それは事実です。去年の九月十日。佐伯小春さんから、スマホのメールにてエントリーがありました。片桐くんは、証拠品の確認をしてください』
スマホに映し出されたのは、たった一文。そこには。
『もう死にたい。あの人達と一緒に殺してください。』
これほど悲しい文章を読んだのは、初めてだった。
この日は、小春が公園の多目的トイレに呼び出された日。日にちが変わる直前の時間だったことから、あの後に打ち込んだのだろう。
……あまりにもタイミングが良すぎないか?
翔といい、小春といい。感情が激しく揺さぶられた時に、こんなDMやメールが送られてくるなんて。
まさか、こいつは……。
「俺達を、普段から監視しているのか?」
気付けば、怒りにより声が低く震えていた。
『……さあ、どうでしょうね? まあ少なくても、佐伯小春さんに関しては感謝してほしいところですよ?』
「どうゆう意味だ?」
『あなたが盗聴なんて回りくどいことをしていたせいで、もう少しでネット記事になるようなことが起きていた。そうゆうことですよ?』
ドクンと鳴る心臓を抑え、小春の手を強く握ると、温かい体温と速い脈に触れて、目の前に存在してくれる生を感じ取る。
小春は、もう少しで──。
「……私も翔と同じだよ。違いは実行されたか、されなかったかだけ」
小春が見上げた空は、一面の茜色。
一番好きだと言っていた、夕暮れ時だ。
『佐伯さんに合わせた、いじめた連中と傍観したクラスメイトへの復讐劇も考えましたが、あなたでは映えませんからね。斉藤くんのように、目的の為には手段を選ばない……という強さがないと』
その言葉に顔を歪めた小春は、小さく溜息を漏らす。
「……そう、私は弱い。そしてズルいの。闘う勇気がないから、飛び降りて逃げようとして。自分で復讐する強さがないから、誰かにそれを委ねる。凛がいじめを止めようと必死に動いてくれたのに、悪化したら余計なことしないでと心の奥で恨む。いじめを止めてくれたのは慎吾だったのに、それに対して直接助けてくれなかったと軽蔑する。自分では、何も行動しないくせにね。……それが私の弱さ。ズルい本性。いじめられたのは、その本性を見透かされていたからだった。なのにさ、慎吾は助けたい? 弱くて、歪んでて、捻くれた私を助けたいと思う? 好きでいてくれる?」
人間誰しも、自分にとって都合の悪いことからは目を逸らし、嘘の自分を塗り固めて隠そうとする。
しかし剥き出しにしてしまった自分はあまりにも醜く、直視など出来ない。
それを相手に晒す。どれほどの決意と苦行なのだろうか。
でも、俺は。いや、だからこそ俺は。
ためらいもなく、指輪を引き抜いた。
黄色の点滅が光っていた死の指輪は、その機能を止め、床へと転がり落ちていく。
「欠点も含めて小春だろ? 俺、表だけを好きになったわけじゃないから」
小春が、口を強く閉じて黙る時。何も言わないがそれなりの不満を持っていることには気付いていた。
何でも許してくれる菩薩のような性格ではない。それぐらいのことぐらい、分かっていたよ。
「……一面だけを知って、相手の全てだと思うのも違うよね」
そう呟いた小春は、俺の左手を取る。
「変わりたいの。ここで慎吾を見捨てたら一生後悔する。だから」
小春は俺の手を握り、細く弱々しい指で死の指輪を抜こうとする。
指輪は赤く点滅し、けたたましい警告音を鳴らす。時間がないと離れるように声をかけるが、その手を一刻に止めない。
「助けてくれて、ありがとう。学校に来れるようになったのは慎吾のおかげ。二年生は四人で同じクラスになって、慎吾とも付き合ってすごく楽しかった。だから、これからも一緒に生きたい」
「……俺も。みんなの墓に手を合わせよう」
「凛が好きな黄色の花に、翔が好きなチョコレートを持って行こうね?」
「ああ見えて、凛は花が好きで。翔は甘党なんだよなー」
「あー、凛に言っちゃおうかな」
そんな話をしている間に、死の指輪は俺の指からそっと離れていた。
『おめでとうございます。ここに真のカップル誕生です。生き残りは片桐慎吾くんと、佐伯小春さんとなりました。では……』
プツン。
あまりにもあっけなく音声は途切れ、スマホからアプリが一人でに消失していく。
終わった。そうゆうことなのだろう。
「……行こう」
「うん」
俺達は手を強く繋ぎ、ただ前に進む。
知りたくなかった同級生達の秘密を知り、親友の秘密を知り、知られたくなかった秘密を互いに知ってしまった。
何も知らなかったままの関係には戻れないし、失われた命も、親友も、戻ってこない。
だけど、互いに好きな気持ちは変わらなかった。
一緒に居たい気持ちは変わらなかった。
だから俺達は、手を繋ぎ前に進む。秘密も弱さもない人間など、いないのだから。