テラーノベル
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セトの視線は、テーブルの上に置かれた一枚の写真から離れなかった。
写真の中には、小さな自分がいた。
まだ狼耳も尻尾もなく、普通の子どもの姿。
白衣ではない、少し大きめの青いパーカーを着ている。
そして隣には、今よりずっと若い博士が、ぎこちない笑顔でセトを肩車していた。
「……うそ。」
震える声が漏れる。
「こんなの……知らない。」
神代は写真を見つめたまま静かに口を開く。
「当然だ。」
「君の記憶は、研究の都合で何度も消されている。」
「え……?」
セトの耳がぴくりと震える。
「記憶を……。」
「消した?」
「そうだ。」
神代は淡々と続けた。
「実験による精神的不安定を防ぐため。」
「実験開始以前の生活。」
「博士と過ごした時間。」
「楽しかった思い出。」
「そのほとんどが薬剤によって封印された。」
セトの足元がぐらりと揺れる。
「だから……。」
「思い出せない。」
「……。」
神代は否定もしなかった。
その頃。
沖へ向かったルルは、不自然な静けさに違和感を覚えていた。
「故障した船って、この辺だったよな……。」
周囲には誰もいない。
波だけが静かに揺れている。
「……おかしい。」
その瞬間。
ポケットの携帯電話が鳴った。
「もしもし!」
聞こえてきたのは、源じいの慌てた声だった。
『ルル!』
『故障した船なんかねぇぞ!』
「……!」
『誰かがお前を呼び出したんだ!』
ルルの顔色が変わる。
「セト……!」
エンジンを全開にし、港へ向かって船を走らせた。
一方、食堂では。
神代はもう一枚、資料を取り出していた。
黄ばんだファイル。
その表紙には、
《被験体保護記録》
と書かれている。
「これは?」
「君を保護した当日の記録だ。」
神代はページを開く。
そこには幼いセトの写真。
身長。
体重。
そして一文だけ赤字で書かれていた。
『保護時、重度栄養失調。低体温。生命維持限界。』
「……。」
セトは言葉を失う。
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「博士があと一時間遅ければ。」
「君は助からなかった。」
神代は静かに言った。
「博士は確かに君を救った。」
「……。」
「だが。」
ページをめくる。
そこには無数の実験記録。
採血。
投薬。
拘束。
手術。
セトは震えながらページを閉じた。
もう見たくなかった。
「……どうして。」
神代を見る。
「どうしてそんなことしたの。」
神代は少しだけ目を伏せる。
「研究は、人を狂わせる。」
「博士だけではない。」
「私も。」
「研究員全員が。」
「気づいた時には止められなくなっていた。」
その言葉には、どこか自嘲が混じっていた。
「それで。」
セトは涙をこらえながら尋ねる。
「あなたは何をしに来たの。」
神代は真っ直ぐセトを見る。
「勧誘だ。」
「……え?」
「研究所へ戻れ。」
店内が静まり返る。
「君は研究所でしか生きられない。」
「違う!」
セトは思わず叫んだ。
「僕はここで生きてる!」
「ルルがいて!」
「みんながいて!」
「帰る場所もある!」
神代は表情一つ変えない。
「それは幻想だ。」
「違う!」
「人間は寿命がある。」
「ルルも。」
「町の住民も。」
「いずれ君より先に死ぬ。」
「君だけが残る。」
セトは息を呑む。
神代は続けた。
「君の肉体は普通の人間ではない。」
「老化速度が極端に遅い。」
「数十年後。」
「君だけ姿が変わらない。」
「その時、また追われる。」
「だから研究所へ来い。」
「君を守れるのは我々だけだ。」
その言葉は、冷たいが嘘ではないようにも聞こえた。
ガラッ!!
勢いよく扉が開いた。
「セト!!」
ルルだった。
息を切らしながら駆け込んでくる。
「ルル!」
セトは思わず駆け寄る。
ルルはセトを抱き寄せると、神代を睨みつけた。
「何しに来た。」
神代は立ち上がる。
「話をしに来ただけだ。」
「信用できるか。」
「信用されるつもりもない。」
二人の間に重い空気が流れる。
「ルル。」
神代が静かに口を開く。
「君はセトの未来を考えたことがあるか。」
「未来?」
「彼は普通ではない。」
「人より長く生きる可能性が高い。」
「君は老いる。」
「彼は老いない。」
「……。」
ルルは返事ができなかった。
神代はさらに続ける。
「百年後。」
「彼は再び独りになる。」
「それでも君は責任を負えるのか。」
ルルは拳を握り締める。
確かに考えたことはなかった。
セトと一緒にいられる時間は、永遠ではない。
その現実が胸に突き刺さる。
「……それでも。」
ルルは静かに顔を上げた。
「未来が怖いからって。」
「今を捨てろとは言えない。」
神代は黙って聞いている。
「百年後のことなんか分からない。」
「でも。」
ルルはセトの手を握った。
「今日。」
「明日。」
「一年後。」
「十年後。」
「一緒に笑えるなら、それでいい。」
セトの瞳から涙がこぼれる。
「ルル……。」
「独りにはしない。」
「俺が生きてる間は絶対。」
「その先だって。」
「きっと誰かが、お前を家族だって言ってくれる。」
「だから。」
「もう、自分を独りだなんて思うな。」
セトは堪えきれず、ルルへ抱きついた。
「……ありがとう。」
「ありがとう……。」
ルルは優しく背中を撫でる。
神代はその光景を静かに見つめていた。
「……なるほど。」
神代は帽子を被り直す。
「君たちの答えは分かった。」
「今日は帰る。」
ルルは警戒を解かない。
「次は。」
神代は振り返らずに言う。
「私ではない。」
「理事会が動く。」
「その時は、今日のような話し合いでは済まない。」
扉が閉まる。
店内に静寂が戻る。
セトはまだ震えていた。
ルルはそんなセトを抱きしめる。
「大丈夫。」
「もう一人にしない。」
セトは小さく頷いた。
しかし、その夜。
港町から数十キロ離れた研究所では、巨大なモニターにセトの姿が映し出されていた。
理事会の議長が冷たい声で告げる。
「神代は甘すぎる。」
「回収計画を変更する。」
別の男が静かにうなずく。
「実験体No.0124……コードネーム『セト』。」
「対象の保護者、町の住民を含め、すべて排除してでも回収します。」
その決定を聞いた博士は、監禁された部屋の中で拳を強く握り締めた。
「やめろ……。」
「もう、あの子から居場所を奪うな……。」
だが、その声は厚い鉄扉の向こうへ届くことはなかった。
港町へ、かつてない危機が迫ろうとしていた。
コメント
1件
読んだよ…!!😭💦 もうね、セトの記憶が消されてたって衝撃すぎるし、神代の「君だけが残る」って言葉がずっしり重い…。でもルルの「未来が怖いからって今を捨てろとは言えない」って台詞に本当に救われた…! 二人の絆が強くて泣けたよ…。最後の研究所のシーンで博士の叫びが切なすぎる…次が気になって仕方ない…! 続き楽しみにしてるね、ルルちゃさん!!🌸✨