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青水︎︎ ♀
※この作品は「戻りたい」の作品の青視点です。
青視点
今日、別れてからだいぶ時間が経った元カノと会う。
彼女と付き合っていた頃は、俺の人生の中で最も楽しくて、刺激的で、甘美で、そして、何よりも辛い時期だった。
俺は彼女のことが、言葉にできないほど好きだった。
本当に、どうしようもなく。
彼女はいわゆる性別の垣根なく友人が多いタイプで、限られた知り合い、それも本当に気を許した人としかしゃべらない俺とは全くの正反対だった。
友人が多い彼女と、友人の少ない俺。
よく外へ大人数で飲みに出かける彼女と、それをひとり忠犬のように部屋で待つ俺。
男友達とも距離の近い彼女と、女友達なんて数えられるほどもいない俺。
要するに俺たちは何もかもが真逆で、でも彼女のことを想う気持ちは誰よりも強かったから、頑張って彼女に合わせるようにしていた。
彼女の人間関係にも口を出さずに、理解してるふうを装っていた。
装えていた。
ある時期までは。
まぁ結局大好きな彼女とも色々あって別れることになってしまったんだけど、正直なところ、彼女から出張でそっち行くんだけどとLINEが来たときは、悔しいかな少なからず喜んでしまっている自分がいた。
ただ、それと同時に、俺はあの頃のことを許せているのか、不安に思っている自分もいた。
待ち合わせより五分ほど早く着き、なんとなく居酒屋の内装を眺めてみる。
意味もなく暖簾をぺたぺたと触っていると、小走りで彼女はやってきた。
「ひっさしぶりやん。まさか来てくれるとは思わんかった」
「こっちの台詞だよ。てか全然変わってないね」
「そっちも。むしろちょっと痩せた?」
彼女は、相も変わらず可愛かった。
腰まである長さの髪も、淡い色のワンピースが似合うところも、全ての人を虜にしてしまいそうな愛くるしいまでの笑顔も、耳元で揺れる青色のイヤリングも、何もかもあの頃のままだった。
時間ギリギリに着いてお茶目に笑うところまでもがあの頃のままで、思わずニヤけてしまいそうになる。
「梅酒でよかったよな?」
「あ、うん。ありがとう」
「よっしゃ、んじゃ頼むな」
そうか、まだ一杯目は梅酒なのか。
彼女はあの頃から、お酒が好きなくせに、ビールだけは全く飲めなかった。
変わらない彼女の姿がなんとなく嬉しくて、あの頃と変わらないね、という言葉を吐きそうになって、なんとかビールで喉元へ流し込む。
今日は、あんまり感情的にはなりたくないんだ。
「……そっちは相変わらずビールなんだね?」
「やっぱ酒の中じゃあビールが1番うめぇよ。
てかまだビール飲めねぇんだな」
「うるさいなぁ、僕は一生梅酒だけでいいの」
「ビールの美味しさが分からないなんて、
人生の半分損してるよ」
「出た、謎理論。さすが文系」
「やかましいわ、文系関係ねーし」
彼女のテンポのいいツッコミに、ジョッキを口元へ持っていくペースが早くなる。
どうにも楽しすぎる。
会いに来てよかったなと改めて思う。
「最近仕事とかどうなの」
「まぁ、それなりにやってるよ」
「え〜、うまくやってくれなきゃ困るよ。
僕を捨てて仕事の方選んだんだからね」
「ちょっとまて、捨てたって表現は語弊ありすぎる」
「あーあ、こんな可愛い彼女捨てるなんて……」
「だから捨ててないって、店員に勘違いされるからやめろ」
彼女の言葉に一瞬狼狽えた。
あぁ、そうか、彼女の中では、別れたきっかけは俺の転勤のせいになっているのか。
酔いの回った頭で、俺はあの思い出したくもない過去の記憶を引っ張り出す。
あの頃を思い出すと、まだ今でも心臓がどくんと波打つような、ザーっと耳鳴りがするような、しんどい感情が心身共にぶり返す。
結婚を意識していたあの時期に、俺たちの運命を変えたのは彼女のスマホに届いた一通のLINE通知だった。
とある日の夜、蒸し暑かったからか、俺はなかなか寝つくことができずに寝返りを繰り返しながら、隣で眠る彼女の寝顔を眺めていた。
あぁ今日もとんでもなく可愛いな、てかちょっとよだれ出てんな、そこすらも愛おしい、なんてのんきに思っていると、不意に彼女のスマホの画面が光を発した。
Xかなにかの通知だろうかと、別に何の意図もなく何の気なしに液晶を覗き込むと、そこには耳にしたことのない男の名前とメッセージが表示されていた。
とはいえ彼女は男友達が多いから、ちょっとしたやり取りくらいするだろう……。
こういうシュチュエーションには人一倍慣れているつもりだ。
そう思い込もうとしても、その日に限って俺の手は言うことを聞いてくれなかった。
正直、あまりのショックで内容は深く覚えていない。
証拠を撮影するような余裕もなかった。
ただ、要約すると、飲みの場でノリでキスしちゃってごめんね、そんな感じのメッセージが、そこにはあった。
結局その日は一睡もせず、できるはずもなく、仕事へ向かった。
その日会社で俺は、幸か不幸か、上司に地方へ転勤しないか、という話をされた。
その後、俺は彼女のLINEを見てしまったことは伏せて、ただ転勤しなくてはならなくなったことを伝えた。
転勤自体は断ることはできたけれど、俺はもう地方への転勤はさも確定事項かのように話した。
彼女はできれば離れたくないということを言っていたけれど、当時の自分には、離れる以外の選択肢はないように思えた。
でも、彼女とどうせ離れるのなら、せめて仲のいいまま、綺麗なまま関係を終わらせたかった。
だから俺は、彼女と離れる理由を全て転勤のせいにした。
地方に行くまでの期間、彼女とはたくさんの会話を交わしたけれど、あのLINEのことを問い詰めることは最後までしなかった。
「もしもあのまま付き合ってたらさ、今頃結婚してたのかな」
「……あー、どうなんやろな」
彼女からの唐突な投げかけに、一瞬我に返る。
大好きなひとと、結婚したかったに決まってる。
でもあのLINEを見て、見て見ぬ振りをして、結婚なんてできるわけがなかった。
ただ、それでも、
「俺は、今でも好きやけどな」
あの頃から、心の底から嫌いになれたことなんて一度もなかった。
その後のことはよく覚えていない。
勢いで愛の告白のようなものをしてしまった自分に驚きつつも、ずっと口にできなかった言葉を伝えられてどこか心地よい気分にもなっていた。
外に出るとまだ夜は終わっていなくて、時間微妙だね、どうしよか、でもまだ帰りたくないよね、なんて茶番みたいな駆け引きをして、とりあえずアルコールのせいにして、どこにでもありそうなラブホテルに身を投げた。
詳しくは語らないけど、彼女は付き合っていた頃と変わっていなかった。
キスするときにぎゅっと目を瞑るところも、腕をいっぱい伸ばして抱っこをせがんでくるところも、お腹をくすぐってくるところも、何もかもあの頃のままだった。
行為が終わった後、あのLINEのことを思い出して、泣きそうになった。
涙目になっていることがバレたくなくて、背を向けてアイコスを吸う。
「ねぇ、」
「ん?」
「付き合ってない人とも、いつもこんなことしてるの?」
君以外の人と、こんなことするわけがないのに。
「はっ、なにそれ。するわけないやん」
「……じゃあさ」
彼女の声が、急にかしこまる。
「もっかいやり直そうよ。ちゃんと、付き合いたい」
1番聞きたかったはずの言葉。
その言葉に何も考えられずに頷けるなら、どれだけ楽だろうか。
あの日のLINEをなかったことにできたら、この先の未来もあったんだろうか。
でももう。
俺が彼女と付き合うことはない。
「ごめん、今彼女いる」
彼女なんていないんやけどね。
仕返しのためについた最初で最後の嘘は、君に少しでも刺さっただろうか。
𝑒𝑛𝑑
コメント
6件
青ちゃん彼女いないのだけはまじ嬉しかった((( こういうのをくっつけるのが私の仕事!
これは泣ける流石に むりしぬ
泣けるんだけど⁇私泣いたら一重になっちゃうんですけど⁇ グチュングチュン♡えぇんえぇん♡(((