テラーノベル
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他の研究室のゼミ生が、扉前に佇んで深呼吸を繰り返している私を、怪訝そうな目でチラ見しては通っていく。
その視線に居た堪れなくなって、思い切って再度ドアに近づいて「えいっ!」と扉を開けたと同時――。
「田中先輩、そのさん。鳴宮を女として見るとか……あり得ないこと言わないで下さいよ」
と聞こえてきて。
え?
ちょっと待って。いまの声って……柳川?
私が、大好きな人の声を聞き間違えるわけがない。
そう思うのに、漏れ聞こえてきた言葉の内容が衝撃的すぎて、私はその事実を受け入れる事ができなかったの。
ショックのあまり肩掛けにしていた鞄がずり落ちて、乾いた音を立てて。
その音に、中にいた3人――4年生の2人と柳川がハッとしたようにこちらへ視線を向けてきた。
「あ、あの――私っ」
柳川に「女として見ることはあり得ない」と言われたのがショックで、素知らぬ顔で入室したかったのに声が上擦ってしまう。
それを意識すればするほど胸の奥がズキズキと痛んで鼻がツン、として。
「きょ、今日は体調がイマイチなので……えっと……帰りますねっ」
さもそれだけを伝えにきたのだと言う体でまくし立てるように言うと、そっと後ずさって、扉が閉まるのも待たず、居た堪れなさにくるりと踵を返した。
本当は走り出したい気分だったけれど、廊下に出たらすぐよそのゼミ生がいて……動揺を悟られたくなくて思わずうつむいて、はやる気持ちを抑えるように早足で歩き出す。
と、すぐ後ろから「鳴宮、待って!」と声がして――。
聞こえないふりをして立ち去ろうとした私の手を、大きくて骨張った手が繋ぎ止めた。
「その、さん……」
振り返らなくても分かる。
追いかけてきてくれたのが柳川ではないこと。
園村 究――通称そのさん――は、ゼミに入ってすぐ『菌次郎』に教授が連れて行ってくれた際、私の正面に座したことが縁でアレコレ話しかけてくれるようになった4年の先輩だ。
懇親が目的の集まりだったから、席順がくじ引きで決められてしまい、私は話し慣れた柳川と席を離されて戸惑った。
元々、慣れない人と会話をするのが得意ではない方で、どちらかと言うと人見知り。
そんな私を、たまたま真向かいに座ったそのさんが気遣ってくれて――。
ゼミで唯一の女子とはいえ、当時の私は黒縁眼鏡に長く伸ばした髪をすいたり染めたりすることもせず、ただひとつに編み込んだだけ。
お世辞にも華やかとは言えないばかりか、どちらかというと野暮ったい根暗女子だったはずだ。
そんな私に、そのさんは線引きすることなくにこやかに話しかけてくれた。
「そんなガチガチに緊張せんでも大丈夫よ? あ、俺、4年の園村究。花園の園に、ビレッジの村。下は研究の〝究〟って字書いてキワム、ね。――研究者っぽくてよかろ?」
私と同じように黒縁の眼鏡をかけていたにも関わらず、園村先輩は全然野暮ったくなくて。
月詠 涼
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鷹槻れん

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#極道
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ウルフカットの髪の毛をシルバーアッシュに染めている時点で黒髪の私と比べるのは烏滸がましいのだけれど、それにも増してニッと笑った時に見える八重歯が人懐っこさを醸し出している人だった。
実際私も彼の笑顔にほだされて、少しずつ会話できるようになれたのを思い出す。
「俺のことはみんな〝そのさん〟って呼んどるし、先輩って言われるんは何かくすぐったいからそれで。――んで、キミは……」
言われて、自分がまだ名乗っていなかったのを思い出した私は「鳴宮言凛です。口偏に鳥の鳴に、お宮の宮。言凛は言うって字に凛で言凛って無理矢理読ませます。――えっと……2年生です」と自己紹介したんだ。
最初は「鳴宮さん」と呼んでいたそのさんだけど、会がお開きになる頃には「鳴宮」になっていて。
このゼミの中で、私を「鳴宮」と呼び捨てにするのは柳川とそのさんだけだ。
その、そのさんが私の手をギュッと握ったままズンズン歩き出す。
身長が柳川よりも数センチ高いそのさんは、近くに立つと本当に迫力がある。
研究室にいた関係で、白衣を羽織ったままのそのさんの背中をぼんやり見つめながら、てっきり研究室に連れ戻されるのかと思っていたのに、たどり着いた先はこのフロアの最奥にある非常階段の踊り場だった。
ここは、場所的に滅多に人がこない。
「鳴宮、体調悪いって嘘じゃろ?」
グッと手首を握られたまま。
そのさんが私を踊り場の壁際に追い詰める。
「あ、あの……じ、実は昨夜ちょっと友人と飲み過ぎまして……それで頭痛が――」
午前中まではほんの少し二日酔い気味で、頭の奥がズンと重かった。
今はそんなことないのだけれど、私はそう言ってそのさんの追及から逃れようとして。
「ホンマに?」
スッと伸びてきたそのさんの指先が、あごにかかってうつむいていた顔を上向けられる。
「まあ言われてみれば確かにちょっと顔色悪いみたいな気もすんけど……。実際は俺らの会話聞いて居た堪れんなったっちゅーんが正解じゃないん?」
ドキッとした。
何でこの人はこんな何でも見透かしたような物言いをするんだろう。
動揺が顔に出て、ソワソワと視線を揺らせた私に、そのさんが眉根を寄せた。
コメント
2件
えええ!? 柳川くん、なんでそんなこと言うの!
ああ、これは胸が痛む展開ですね……。好きな人に「女として見ることはあり得ない」と言われる瞬間を偶然聞いてしまうって、本当に心にくるものがあります。鳴宮の動揺が細かい仕草からひしひしと伝わってきて、読んでるこっちまで息が詰まりそうでした。そんな中、追いかけてきてくれたのが柳川じゃなくてそのさんだったのが、また切ない。自分の気持ちを悟られたくなくて嘘をつく姿に、彼女のせつなさがにじみ出ていて、続きが気になります。