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無防備な夜
タクシーの窓に、街の灯りが流れていく。
酔いでぼやけた視界の中、俺は颯真の肩に頭を預けていた。
「……篠原くん、もう少しで着くから」
低く落ち着いた声が耳に響く。
眠気と酒気でまともに返事もできない。
けれど、どうしても言いたい言葉が喉から零れ落ちた。
「……俺なんか、いなくても……いいんだろ……」
颯真の肩がわずかに強張った。
返事はすぐには返ってこない。
しばらく沈黙が続いたあと、彼は小さく息をついて口を開いた。
「そんなこと、絶対にない」
「……っ」
「俺にとっては、君が必要なんだ。ずっと」
その声は妙に熱を帯びていて、頭が霞んでいるせいか、夢みたいに聞こえた。
俺は無意識にその言葉に縋るように、彼のスーツの袖を握りしめていた。
タクシーが停まり、颯真が俺を支えて降ろす。
気づけば、自分の部屋の前。
「鍵、貸して。開けるから」
颯真は器用に俺のポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。
そのまま俺をベッドに寝かせ、コートを脱がせようとしたとき。
「…帰るなよ」
掠れた声が口を突いて出た。
自分でも意識していなかった。
ただ、彼が離れることだけは嫌で、思わず袖を掴んでしまった。
颯真の動きが止まる。
暗がりの中で、視線が重なった。
「…そんなこと言われたら、抑えられなくなる」
耳元で囁かれた瞬間、心臓が跳ねる。
次の瞬間、唇に触れたのは、熱くて甘いもの。
(やめろ、嫌いなはずなのに)
頭では拒もうとするのに、身体は力が抜けていく。
無防備に晒された自分を抱きしめる腕の強さに、逆らえなかった。
「ごめん…でも、ずっと欲しかった」
切なげな声と共に、俺は彼に深く口づけられていた。