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晩餐を終えたみんなはリビングに集う。
俺はソファーにもたれワイングラスを傾けながら、目の前にいる二人に話しかけた。
「当家の晩餐はいかがだったでしょうか? お嬢さま方」
「ゲンちゃんごちそうさま! お肉がすっごく美味しかったわよ。何よりもお箸で食べられるのが肩がこらなくていいわねぇ」
答えてきたのは向いの長ソファーに足を組んで座っている慶子 (けいこ) だ。
煌びやかな中にも落ちついた雰囲気のベージュのイブニングドレスを纏っている。
きれいなデコルテには真珠と宝石をあしらった豪華な首飾りが映える。
そして、その下には……。
――言わぬが花だろう。
あったとしても年齢を考えればな……
「ゲンちゃん? なにか凄く失礼なこと考えてな~い?」
――おっと!
俺はそのことばをスルーして隣りの紗月 (さつき) に目を移す。
こちらは白を基調としたシンプルなイブニングドレスで小さなクロスつきのチョーカーが首に巻かれている。
巫女さんなのにクロス (十字架) ?
とも思ったが、異世界なんだしタブーを冒して楽しむのもありかもしれないな。
「ゲン……様ありがとうございます。わたしずっと舞い上がってて、その……、変じゃなかったかなぁ?」
(うんうん、歩きかたが変だったぞ。今度からパンプスのヒールはもう少し低目にするべきだな)
――言わないけど。
「ああ、様なんか付けなくていいよ。邸 (うち) に居るあいだはマナーなんか気にしなくてもいいから気楽にやってくれ」
「この部屋も凄く豪華なつくり……、ゲンさんって本当に伯爵様なんですね」
まわりを見回しながら感心したように紗月が呟いていた。
さてと、明日からの予定を話していくか。
まずは冒険者登録からだな。
登録していないとダンジョンには入れない。(通常)
それに簡単な身分証にもなるからな。
まあ、伯爵の俺が一筆書いた身元保証書を持たせれば済む話であるが、仰々しくなるのも嫌だろう。
それでダンジョンに入るわけだが……、
前半の10日間は紗月を中心にレベルを上げてこうとおもう。
今のままでは二人にレベル差があって、一緒に行動させるには効率が悪いのだ。
できれば共にクリアしてほしい場所もあるしな。
その間、慶子には治癒魔法 (ヒール) を覚えてもらい、実際に現場へ出て治療を行なってもらうことにしよう。
そうやって回復魔法のレベルアップをめざすとしよう。
シロを付けておけば指導もしてくれるし、問題も起こらないだろう。
むかえた次の日。
やはり我が家の朝はお散歩からだな。(今日はさすがに山ではない)
朝の清々しい空気の中、俺たちは連れだって町の中を巡っていく。
朝餉の準備だろうか、各家の煙突からは、いく筋ものけむりが空にあがっている。
厳つい恰好をした冒険者たちが、ぞろぞろと歩いてダンジョンに向かっている。
たまに俺たちに気づいた冒険者がサッと頭を下げて去っていく。
「わわ、すごい数の冒険者。みんなダンジョンに入るんですか?」
ザッザッと歩いていく冒険者の一団を眺めながら紗月が興奮気味に聞いてくる。
「こちら方面へ向かってくる者は大体そうだな。町中での仕事や馬車の護衛といった通常の依頼は、町門の近くにある冒険者ギルドの方へ向かうはずだから」
続いては朝稽古。
タマやキロをはじめ邸の者であれば自由に参加できる。
当然、慶子と紗月も強制参加である。
みんなに紹介したあと、短槍を使う紗月はメアリーに指導はお願いした。
慶子の方は俺と一緒に土木スコップを振っている。
――ほうほう。
コレはコレでなかなか良い武器になりそうだな。
近いものでいえば矛になるのか?
三角の持ち手があるだけで、こんなに扱いやすくなるのか……。
これなら片手でもブン回せるし、使い勝手が良いかもしれない。
ただ、対人戦になるとどうなんだろう? せっかく修練してきた剣の型が崩れそうではある。
朝食を取ったあとは冒険者ギルドへ向かい、冒険者証の発行手続きに立ちあう。
そして、ふたりを教会へ連れていく。
女神さまに祈りを捧げたあと、司祭の資格を得ているマヤへの顔合わせを済ませた。
慶子を教会裏にある孤児院へと案内する。
孤児院にいる子供たちは獣人も多いしワンパクだ。
気がつくと体のあちこちに怪我をしている。
故《ゆえ》に治癒魔法 (ヒール) を鍛えるには持ってこいの環境なのだ。
孤児院で世話をしてくれている熊人族のヘルパーたちに顔つなぎをおこない、シロと慶子に現場は任せることにした。
「じゃあ、昼には顔を出せると思うから。頑張ってな!」
俺は紗月を連れ、そこから直接ダンジョンの中へ転移した。
………………
…………
……
そろそろ昼時である。
ダンジョン探索を一時中断した俺たちは、そのまま孤児院に戻ってきた。
お昼を一緒に食べようかとシロと慶子を探すのだが……、
あれれ、居ないぞ。
そこでヘルパーの一人をつかまえて何処に行ったのか尋ねてみると、
奥にある部屋で休んでいるということだ。
おお、ちょうど休憩をとっていたのだろうか?
そちらに向かってみると、奥の長椅子に慶子がうな垂れているのが見えた。
「け、慶子さんどうしたのですか!? 大丈夫ですか?」
紗月が声をかけるも返事はかえってこない。
シロもお座りをして心配そうに慶子を見つめている。
「…………」
おおよそ見当はついているが、一応鑑定しておくか……。
――鑑定!
ケイコ・タケサカ Lv.9
年齢 70
状態 MP枯渇
HP 39⁄39
MP 1/28
筋力 22
防御 18
魔防 23
敏捷 18
器用 24
知力 25
【スキル】 魔法適性(回復・結界) 魔力操作(3) 矛術(1)
【魔法】 結界魔法(1) 回復魔法(1)
【称号】 変えられし者、
【加護】 ユカリーナ・サーメクス
やっぱりである。
魔力 (MP) 切れには十分注意するようにと言っておいたのに。
治癒魔法はどうしても……、な。
感謝されると、ついつい調子にのっちゃうんだよなぁ。
まあ、誰しもが通る道でもあるし、何回かやらかせば加減もわかってくるだろう。
「頑張り過ぎたようだな慶子。これを嵌めておけ」
俺はインベントリーからシルバーマジックリング (MP+20) を取り出すと、それを慶子に渡した。
それから7日が過ぎた。
もう少しのんびり行くのかと思っていた紗月だったが、
――全然違った。
闘志満々がんばる姿は鬼神の如し。
っていうか、朝稽古で何回ぶっ倒れてるんだよ!
まあ、スタミナ・ポーションを使えば、すぐに回復はさせられるけど。
ちょっとストイック過ぎない?
持ってきたラノベも読む気配すらない。
お菓子のほうは、メアリーとキャッキャ言いながら食べてるみたいだけど。
そのお陰か紗月とメアリーはかなり打ち解けたようで、笑いながら会話しているところをよく見かけるようになった。
短槍の稽古もメアリーが暇な時は付きっきりで教えていたようだし、朝から晩までよく頑張ったとおもう。
当初は10日以上かかるものと思われていた紗月のレベルアップも、あっという間にLv.8まで上げ、見事慶子に追いついてみせたのである。
一方で慶子であるが、
初めはおっかなびっくりやっていた治療もだいぶ慣れてきたようである。
ここ何日かは孤児院だけでなく、町を囲んでいる農業区画にも足をはこんでいるそうだ。
農夫たちからは『聖女様』などと呼ばれ持ち上げられているようだが……、
また調子に乗って魔力不足で倒れないかが心配である。
回復魔法もすでにレベル2である。帰るまでにはレベル3に届いているかもしれない。
慶子もよくがんばったな。
そんでもって『ホーンラビット・コロシアム』は、慶子と紗月の二人だけで先日クリアしてしまったのだ。
――凄すぎです。
そんな頑張っている二人のために、今日はご褒美として、お城に連れていってあげようと思っている。
もちろんみんな大喜びだ。
前の晩から行われた服選びにはメアリーまで参戦してきて、彼女らの部屋は夜遅くまで賑やかだったようである。
今日は学校がお休みなのでメアリーも一緒にお城へ行くことになっている。
城で待つマリアベルも俺からの連絡を受けて、
『じゃあ明日は、とびっきりのプリンアラモードをサラ (ダンジョン) に準備してもらって待ってるわね』
一緒になって遊ぶ気満々のようであった。
ただ、日本に行った事はまだ話してない。一緒にお城へ同伴するのも、メアリーとその知人が二名とだけ知らせてある。
朝食を済ませた俺たちは、まず王都のツーハイム邸に転移する。
騎士1名を先触れで走らせたのち、俺たちは馬車に乗り込み王城へ向かった。
季節は初夏、日本でいえば5月頃の陽気である。
爽やかな晴天が広がる王都は少し風もあって涼しかった。
「はい、いいですかぁ。馬車に乗り込む際も、そして降りる際も品良くスマートにしなければなりません……」
先生面したメアリーがマナーのあれこれを懸命にレクチャーしている姿は、ちょっと笑えて面白かった。
王宮殿に到着した俺たちは、待機していた専属メイドに案内されるがまま後ろをついていく。
紗月とメアリーがなかよく手を繋いで前を歩いている。
その後をシロが尻尾をふりふり軽やかに続く。
最後が俺。慶子に腕を組まれており、エスコートしているような形だな。
これは西の庭園に向かっているのかな。
連絡通路から表に出ると、すぐにそこに見えているガゼボを目指し芝生の上を進んでいった。
「ちょっと~、もうすこし足繁く通ってきても良いんじゃないの~? こんなに可愛い王女さまを放っておくなんて、悪い虫がついたらどーしてくれるのよぉ」
相変わらずのご挨拶である。
「そんな憎まれ口たたいてると、良いものあげないぞー。俺たちだけで食べよっかなぁー」
「えっ、なになに美味しいものなの? それなら早く出しなさいよ」
顔が見えたので、紹介しようと慶子と紗月を俺の横に並ばせる。
するとマリアベルは口元を手で押さえながら、
「えっ、……うそ。日本人よね。そうよね?」
「まあまあ落ち着けって。紹介したあとに、ちゃんと説明するから」
驚いているマリアベルを宥めながら、ふたりを紹介していった。
「じゃあ何、あなた一人で日本に帰ってきたの? そんなのズルい! 私も連れて行きなさいよねぇ」
「おう、分かってるって。ただ、向こうがちょっと慌ただしくてなぁ」
俺はみんなに ”雪見だいふく” を配りながら、ゆっくり説明していくのだった。