やがて一週間が経ち、折西と紅釈は
旅館へと足を運んだ。
「…」
紅釈はだんまりしていた。
「…僕は大丈夫ですよ!ほら!
防弾防刃グッズの準備万端です!!!」
そう言って着物の下に仕込んだ防弾防刃の
インナーを紅釈に見せる。
紅釈はため息をついた。
「そんなんで安心出来るわけねぇだろ!!!」
横腹をドン!とつつく。
折西はよろけた。
「ほーら見ろ!!!そんなんじゃ
蹴飛ばされるぞ!!!」
「えへへ…!何も言い返せない…」
間抜けな折西を見て尚更不安が強まる。
「…大体あの計画、組長が立てて
なかったら破り捨ててたからな!!!」
そんな事を言いながら旅館のある
エリアへと向かった。
旅館の最上階にいる管理人の
暗殺計画としてはこうだ。
1階裏口から囮の折西が潜入し
内部の警戒を強める。
そしてその間に紅釈が能力で壁を駆け上がり
屋根に穴を開け、最上階に居る炒を暗殺…
なかなかド派手な計画だ。
最早暗殺ではなく公開処刑だ。
バレた時は東尾さんがどうにかするとは
言っていたが…
どうにか出来るものなのだろうか?
「生きて帰ってこいよ」
紅釈はそう言うと離れていった。
「絶対帰ってきます。」
折西は意地でも帰ってきてやる。
と裏口への通路へと足を進めた。
裏口から入りそっと旅館内の
1階に侵入する。
退路と進路を確認し、伸縮する
槍のような武器を取り出す。
そしてポケットサイズから約1mまで伸ばし、
計画通りに奇声を発する。
「オラッ!!!!!!!!
両手を上げてッ!!!!!!!!
武器をッ捨てろ!!!!!!!!!」
ちょっと待って、すごく囮臭くない?
と折西は内心思ったもののもう引き返せない。
とことん槍を振り回して走り回ってやる!!!
と半ばヤケクソになりながら
館内のものを壊しまくった。
1階は街の民の宿泊客が多く
宿から出ていく客や不慣れな護衛が多く、
残った護衛を全員気絶させることも出来た。
急いで折西は2階へと向かった。
紅釈は袖の中に手を入れ、
持っていたナイフで二の腕を切る。
そしてペイの能力で地面を
蹴りあげながら頂上へとたどり着く。
「ふう、ようやくだな。ありがとな!ペイ!」
紅釈が撫でるとペイは嬉しそうにしていた。
そしてペイは左足に戻る。
「後は天井を!」
そう言うと左足で地面を踏みつける。
すると天井はいとも容易く穴があき、
その中へと入っていった。
ダンッ!!
紅釈は着地する。
そこには今回の標的、
在多川 炒(あるたがわ いた)が
椅子に腰かけていた。
「待っていたよ」
白髪のカルマヘアを弄りながら
炒は来ることを知っていたかのように
片手に持っていた紙を見ていた。
「紅釈くん…だっけ?可愛いねぇ。
君に会いたくて仕方がなかったんだ、ビンゴ♡」
気色の悪い指パッチンとウインクをした
炒に紅釈は吐き気を覚えた。
「へー、紅釈くん、ウチの弟殺してんだね!」
炒は紅釈の顔を見ずにニコニコとしながら
書類を指でぺちぺちしている。
「誰殺したかとか覚えてねぇ。」
「そっか〜、なら」
炒は書類を机に置く。
「それなら覚えてないか、ウチの四男。
『在多川 煮見(あるたがわ にこみ)』」
終始にこやかだった顔が四男の話を
始めた途端に真顔になる。
「…しらねぇな。」
「しらばっくれんじゃねぇ!!!!!!
情報持ってんだよこっちは!!!」
机を蹴る音が部屋中に広がる。
そして机の上に持っていた書類を叩きつける。
書類はその衝撃で数枚破けてしまった。
そこには紅釈のが過去に行った暗殺のための計画書や標的の個人情報まであった。
在多川 煮見
そう書かれたコピー用紙には顔写真が
載っていた。
「…?」
在多川 煮見、在多川 炒
…確かに苗字は同じだ。
けれどコイツみたいに厚かましい
自己主張の激しい人間ではなく地味で、
折西のオドオドを5倍にしたようなやつ
だったはずだが…
在多川 煮見の暗殺決行日。
紅釈は煮見を追い詰めていた。
「ヒッ…」
煮見は冷や汗をダラダラとかいていた。
「す、すすすみませんすみませんっ!
返済遅れましたこれで全額です…
こ、殺さないで…」
震える手でスーツケースを渡す。
…ちょうど返済額ぴったりだ。
「…もうちょっと返済早けりゃ
お前を殺さずに済んだのにな。」
「…はは…やっぱり僕殺されちゃうんですね…
ちょ、丁度良かったかも。無能だし…」
「返済も遅かったしな。」
「…へ、へへ…ですね…」
「まあそれはいいわ、それより。」
ガッ!!!
紅釈は間抜け面の煮見の胸ぐらを掴んだ。
「おめぇんとこの兄ちゃんたちを
旅館から引き剥がしてくんね?」
煮見だけが借入していた訳では無い。
煮見の長男も影國会から借入していた。
…今の在多川家の運用する旅館に
返済するほどの力は残っていない。
煮見の分は返済されたとして、
長男の借入分は残っている。
煮見の臓器を売ったとしても
到底払いきれないだろう。
だから長男を旅館という目立つ場所から
引き剥がして暗殺したかったのだ。
だがそんな上手くいくことは無かった。
「い、い、嫌です…」
「借入してんのはテメェだけじゃ
ねぇんだよ!!!」
手に持っていたナイフを煮見の首に当てる。
ツーッと首から血が流れ、煮見は
青ざめ、震えていた。
それでも兄を引き剥がすどころか
居場所も、個人情報のひとつさえも
言うことは無かった。
何度も何度も脅して傷つけても、
煮見の口は開かない。
痺れを切らした紅釈は煮見の首に
深くナイフを突き刺した。
煮見は悶えながら息を引き取った。
そして煮見の遺体を肉屋へと運ぶのだった。
ーーー
肉屋の店長に煮見を渡す。
紅釈は店の中の小さい箱に座り、
臓器の値段が決まるのを待つ。
「…ちょっと来い。」
煮見の解剖が終わり店長が紅釈を呼ぶ。
普段なら直ぐにお金を渡すのだが
今日は部屋に来いと言われた。
「…男じゃない、女だ。」
店長が冷気漂う暗い部屋の明かりを付けると
煮見は既に解剖され、臓器を保管する容器には
臓器が入っていた。
…その臓器を入れてる容器に貼ってあった
ラベルに【子宮】の文字があった。
「…は?どういう事だ?」
紅釈はわけも分からずぽかんとしている。
「それは俺が聞きたいんだが…」
店長がため息混じりに煮見の遺体を見る。
「胸にサラシが巻きついていて心臓を
取り出すのが遅れそうになった…」
店長は遺体を指さす。
切ったサラシが散らばっている煮見の
遺体には胸があった。
店長は遺体をそっとひっくり返す。
「しかもこの烙印、霧海(きりうみ)のやつだ。」
煮見の背中に押された烙印は霧海という
風俗店の嬢に付けられるものだ。
霧海は店長と客の治安が悪い事で有名だ。
…その分料金も高めではあるがリスクを
考えると恐ろしいものがある。
煮見の烙印の近くにはタバコの火傷跡や
切り傷の跡が残っていた。
「…コイツもしかして、兄弟たちに
性別を偽って…」
「…他の兄弟とは血縁がないかもしれんな。」
紅釈はいたたまれない気持ちになり
煮見の遺体の前でそっと手を合わせたのだった…
「…本当に、この優しそうな子の?兄なのか?」
「っせぇな!!!!!
アイツは優しいんじゃねぇ!!!
クソ無能なんだよ!!!!!」
紅釈は呆れたと言わんばかりに
はあ、とため息をつく。
「大体なんでこんな温厚そうなやつが
多額の借入してんだよ。
どうせお前が借入頼んだんだろ?」
「…この家の恥にそんなことさせると思う?」
「…あ?」
紅釈は眉間に皺を寄せる。
「…この家の【恥】?」
「だってあいつ、武術も経営も雑務も
まともにこなせねぇ癖にさ!
ここが潰れそうになった時
何も考えずに借入して滞納してんだ。
俺と違って支払う手段なんか無いくせに!」
紅釈はスッ、と真顔になる。
「そうか。」
「…なんだよ、急に。」
炒はいきなり怒りの表情を消す
紅釈を気味悪がった。
「誰が無能なんだろうな。」
「…は?」
苛立つ様子を見せる炒のことなど気にとめず
紅釈は話を続ける。
「…アイツを何度脅してもお前らに関する
情報を一切口にしなかった。うざってぇ話だ。」
「けどよ、アイツは全額返済したんだよ。
…もう少し返済が早ければあいつを
殺すこともなかった。」
「は!?アイツが返済なんて
出来るわけねぇだろ!!」
紅釈は散らばったコピー用紙を集める。
「…加えるとお前と違ってアイツは
うち以外じゃ借入してねぇんだわ。
確か無能だから複数管理が出来なくて…
ってアイツが言ってた。」
炒は他方面にも借入金を手を回し、影街光街の
両方の金融からブラックリスト入りしている。
「…煮見が守ってたのはこんな
カスみたいな兄ちゃんだったってことか。
馬鹿みたいだな。」
「黙れ!黙れ黙れクソガキが!!!!!」
「そんな顔真っ赤にしてちゃ残りの
弟達に笑われんぞ。」
「…ッ!」
炒はギリリ、と歯を食いしばる。
「ッ違う!!!!!
俺はただ父上を継ぐために!!!!!!」
机に置かれた書類を再度地面に叩きつける。
せっかく資料拾ってやったのに、と
紅釈は散らばった紙切れを見て思う。
「親父を継ぐのは、末っ子が
良かったんじゃない?お兄ちゃん。」
炒はカッと目を見開いたあと、
ふと表情が消え、高笑いし始めた。
「…急に何だ?」
「…まあいいや、そういえばさぁ。
君、お友だちが出来たんだって?」
「…何が。」
「なーんかさっきね、変な奇声が聞こえて
クソうるさくドタドタしてる
馬鹿がいるって三男が教えてくれたんだ。」
「…今?」
「あー、紅釈くんには聞こえないよ。
三男と俺のファージで遠くから連絡してたの」
すると後ろに置いてあるツボが
ドロドロとし始めた。
恐らく炒のファージだろう。
「…ッ!!!」
「連絡入ったから二男も一緒に
送り込んどいたよ〜二男は人殺すの
慣れてるし、丁度いいでしょ。」
紅釈は俯く。
「何、絶望してんの?ははは!!!
やっぱりガキは解らせんのが最高だわ!」
ドスッ
「…んあ?…え」
炒の胸部に左足の蹴りが入る。
「間抜けな遺言だな。四男とは大違いだ。」
「…ッ!!!!クソガキ!!!
覚えとけよ!!お前の…
友人の死に顔でも…眺めて…ろ」
そのまま座り込んで息を引き取ったのを確認し、紅釈は下の階への扉を開く
「オラ…!お、オラーッ!!!!!」
精一杯の奇声を発する折西。
その隣で応援しているお姉さん。
周りで気絶している護衛たち。
…とかいう混沌とした状況になっていた。
「に、2階と3階クリアです…
紅釈さん大丈夫でしょうか…?」
計画では4階で折西が待つように、と
言われていた。
「…よし、上の階に行きましょう!」
そう言って折西は上の階に行こうと
のぼり階段へ向かおうとする。
ぼふっ
なにか柔らかいのもにぶつかった。
「わふっ、あっ、すみませ…」
「…こいつが計画書の囮か?」
「…だろうな。」
体のあらゆる箇所に機械みたいなのが
くっついてる人が1人…
刀を持ち、1つ結びをしている人が1人…
「…オトリ?…ダロウナー?」
「融くん下がって!!!」
お姉さんの声と共に刀がヒュッ、
と折西の左耳を掠める。
左耳から血がじわっと出てきた。
慌てて折西は槍を構える。
「明らかに戦闘慣れしてないな、茹(うだる)。」
「でしょうね。データもそんな感じですよ。
焼(しょう)兄。」
「ご、ご兄弟…?」
「ええ、我々は在多川家の人間です。」
機械の人は淡々と伝えた。
「どうもこんにちは。
私は三男の茹(うだる)と申します。」
機械の人、茹は名刺を障子の隙間に挟み込んだ。
「取る余裕があれば是非。」
そんなの取れるわけないじゃないですか!!
という気持ちを折西は押し殺した。
「そして隣にいる刀を持っている方は
二男の焼(しょう)兄です。」
「アッ…」
折西は自分の墓場のデザインを考え始めた。
角は丸いのがいいな、痛そうだし。
お供え物は…おばあちゃんの作った
唐揚げがいいな…
「…貴方は折西 融さんですね。
…大丈夫です?今走馬灯見えてませんか?」
「アッ、多分大丈夫です…?」
そんな事を言う折西を見て2人は
戦闘意欲が無くなったのか
茹は機械を触るのをやめ、焼は刀を鞘に収めた。
「そう言えば折西さんはお友だちと
来てるんですよね?
やっぱり壁登って最上階です?」
モロバレの計画内容に折西は冷や汗をかく。
いつの間にか3人で机を囲み座布団の上に
座っていた。
ご丁寧に温かいお茶まで出ている。
「な、なんというか…うーん…途中で
はぐれちゃって友だちの行方がわかんなくて…」
「そうですか…」
「…俺たちが怖いか?茶を飲んでる間は
何もしない。
突然の手出しは武士の恥だからな。」
震える折西を見て察した焼は
お茶菓子まで差し出してきた。
色々話を聞く限りだと折西達が計画していた
内容が全部筒抜けらしく折西の背中は
びっしょりだった。
「…しかし何故炒兄が狙われているんでしょう?」
「四男の煮見(にこみ)の事じゃないか?」
「やはり死んだ煮見の恨みを晴らすべく…」
「…あの炒の事だしそれは無いだろう。
煮見には常にイライラしていたからな…」
「ご兄弟はあまり仲が良くないのですか?」
折西が2人に聞く。
「私や焼兄は兄弟全員大好きですよ。
ただ長男の炒兄は煮見だけ嫌いみたいで…」
「そうなんですね…」
「ああ、煮見はなんかお前みたいに
気が弱い感じのやつだったな。」
「ええっ!?それって炒さんの嫌いな
タイプが僕になっちゃうじゃないですか!!」
「まあ、今回暗殺計画に関わってるなら
尚更だな…」
「…けどどうしてお2人は四男の
煮見さんが好きなんですか?」
「煮見は真面目で大人しくて芯がある。
俺たちより遥かに強い意志を持っている。」
「それに可愛いんですよね、煮見は。」
「末っ子はやっぱり可愛いですもんね…」
「いや、異性として好きだ。」
「いや、異性として好きですよ。」
2人の声が揃う。
「…え…っと…えっ?」
四男…?異性…?
兄弟…えっ?
「あー、そうか。俺と茹しか知らないもんな。
煮見は血の繋がりがないんだよ。
幼少期に在多川家に男として来たんだ。」
「煮見は自分の性別を偽って在多川家に
義弟として来たんです。
だから「男」扱いされてるんです。」
「だけど偶然俺と茹は見たんだ、
煮見が着替えているところを。」
「当時のことを炒兄に伝えようと
思っていたんですが何せ煮見のことが大嫌い
ですから…伝えたら追い出されそうで。」
歪な関係性を聞いてしまった
折西は反応に困ってしまい、はあ、
としか返事できなくなっていた。
すると茹がいきなり立ち上がる。
そして焼に耳打ちした。
先程の惚気けていた時の顔とは一変し、
表情が険しくなる。
2人は一気にお茶を啜る。
「時間ですね。」
「ああ、蹴りをつけようか。」
何かを察した折西は2人から距離を取り、
槍を構えた。
「お茶、僕も飲み終わったので。」
折西は不思議と緊張がほぐれていた。
折西は2人との距離を詰めようと
足に力を入れる。
「…茹。頼んだ。」
「…了解。」
そう言うと茹はドローンのようなものを
飛ばし、なにか液体を部屋中に
マッチに火をつけ、床に投げ付ける。
途端に火がボウッと広がり始めた。
「悪いな折西。」
「申し訳ない。足止めの時間は
これで終わりです。」
そう言うと2人は上の階まで駆け上がった。
恐らく折西が紅釈と合流しないように
折西を足止めするように長男に
頼まれたのだろう。
「えっ!?これって武士の恥では!?!?」
戦いから逃げ、合流しようとする2人に
折西は聞こえるように大声で言った。
しかしその声に応じることはなかった。
この声を2人が聞こえないふりしたのか、
炎の音でかき消されたのかは分からない。
「…でもなんで僕なんかを
足止めしたんでしょう?」
「融くん!これ不味くない!?」
折西はお姉さんの声で我に返る。
先程の2倍は火が膨れ上がっていた。
「…階段が焼け落ちる前に
僕らも上の階に行きましょう!」
「けど廊下が燃えて…!下に行く階段だけ
燃えてないから一旦避難した方が…」
お姉さんが不安そうにしている。
確かに下への階段だけ不自然に燃えていない。
今なら折西の命だけは助かるかもしれないし
紅釈と合流した所で折西は戦力になれない。
それでも折西は紅釈との合流を選んだ。
「大丈夫です。そのまま上の階に
突っ込みましょう!」
紅釈に比べたらここで受ける火傷なんて
大したことない。
と言い聞かせ折西は4階へと向かった。
一方紅釈は折西より先に4階へと向かった。
「クソッ、失ってたまるかよ!!!」
4階の広間にたどり着くとそこには
2人の男がいた。
「おっと、あいつの弟か?」
「…私たちの名前は『弟』じゃないですよ、
お猿さん。」
「…俺の名前もお猿さんじゃねぇよ。
盗んだ計画書、ちゃんと読んでんのか
馬鹿三兄弟」
紅釈は舌を出して挑発した。
「…ッ!貴様!!!」
「落ち着いてください、焼兄。
勿論、しっかり読みましたよ。だから。」
茹は先程のドローンで液体を散布し
その中に火をつけたマッチを5本放つ。
「貴方の弱みに漬け込んどきますね。
苦しんで死ね、馬鹿猿が。」
炎がボウッと広がる。
「ヒッ…」
みるみるうちに青ざめる紅釈を見て
茹は怒りの中に興奮が混ざる。
「ざまぁみやがれ!!!!!
これが貴方の最期です!!!!!!!」
…折西は下の階だ。俺が助けないと…
下りの階段をちらりと見る。
火が燃え上がり、これでは
折西の所まで行けないどころか…もう…
「お友だち、死んでるかもしれませんねぇ。」
「クソッ!!!あいつはそんな所で
死ぬ人間じゃ…」
「あるんですよね。それが。」
いつの間にか茹は紅釈との距離を詰めていた。
「近づくんじゃねぇ!」
紅釈は片手で茹を突き飛ばす。
「あんなに優しくて、気が弱いあの子は
きっと死にます。私の四男もそうでした。
…いとも容易く殺せたでしょう?」
よろけながら茹はまた紅釈に近づこうとした。
途端に
ゴオッ!!!!!
下りの階段から勢いよく火が舞い上がる。
…と、同時に折西が投げ出された。
「折西!?!?!?」
「なんで貴方がここまで来たんですか!?
死にたいんですか!?!?!?」
2人の驚いた声と共に火だるまと
化した折西は紅釈に近づく。
「紅釈さん」
そう言うと折西は紅釈に近づき、
鍵を紅釈の鍵穴に差し込む。
「貴方が怖いのは、火じゃなくて」
一気に鍵を捻る。
「大切な人を裏切り、大切な人から
裏切られることですよね!!!」
折西にまとわりつく火がふっ…と消える。
途端に白い光に包まれた。
「ROYNのトーク見て思ったんです。
紅釈さんは今ある関係性が崩れるのが
すごく怖いって思ってるんだろうなって。」
「…あの日からROYNも大量だし
時間も徹底管理されるし、正直僕は疲れます。
疲れました!!!」
紅釈はショックを受けたのかハッとして
俯き始めた。
「けど僕は紅釈さんと友達やめたくないです。」
驚いたように紅釈は顔を上げる。
「…何で!?」
「僕の記憶力が悪いのを気遣って
その日の出来事を文章にして残して
くださったり、初対面の僕に唯一積極的に
話しかけてくださったり!」
「だから、あの日僕を見捨てなかった
紅釈さんを見捨てることなんてしませんよ。」
紅釈はぽたぽたと涙をこぼし始めた。
「…ごめん!返信返って来なくて、もう友だち
辞めたいのかなって勝手に早とちりして
折西の部屋にまで押しかけてきて…」
「心からのごめんねとありがとうが言える
紅釈さんなら大丈夫です!」
折西はそっと紅釈の両手を握る。
「僕も紅釈さんも悪かったところを
治せるように努力して、それでもダメだったら
お互い迷惑かけあっていきましょ!」
「…うん。」
そして光は強くなり、
紅釈の姿が純白に飲まれていく。
心做しか紅釈さんの顔は優しい顔をしていた。
光がゆっくりと消える。
折西は手を離す。
「…折西、今のは…」焼が聞く。
茹はポカンとしていてその場から
動けなくなっている。
「…えっと…ちょっとしたお話…?」
「今、めちゃくちゃ光って…
というか折西、火傷は大丈夫か!?」
焼と動けるようになった茹は
慌てて折西に駆け寄る。
すると紅釈が2人を押しのける。
「折西が死ぬわけねぇだろ!!!
馬鹿兄弟!!!!!!!」
「こいつ…!」
殴ろうとする焼を制すように紅釈は話を続ける。
「大体お前ら折西殺そうとしてた
じゃねぇか!なーにが折西!だ!!!」
折西に
「後ろに下がってろ!」と言い
紅釈は右手を天に掲げた。
炎は紅釈の着物の裾に燃え移る。
「…ペイ、頼んだ!」
「ウン、ワカッタヨ…!」
「真契約!!!」
ペイは紅釈の右手の中に吸い込まれ、
炎が紅釈の身体にまとわりつく。
そして火がフッと消えるとそこには、
背中の赤の流水紋を引き立たせるような
白いフード付きの羽織に色が変わる。
そして黒くなった髪には獣の耳、
しっぽのような影がつき、
白目は灰色になっていた。
増えたピアスが炎の光を反射する。
「…ありがとな折西。」
折西に背を向けた紅釈は掲げていた
右手を在多川兄弟に向け、指を指す。
「折西の強さも、俺の強さもここで
お前らに叩き込んでやる。」
「…ならば私たちは4兄弟の強さを
わからせるのみです。」
茹が焼に目配せする。
焼は刀を紅釈の前に掲げ、
茹は機械を触り始める。
すると焼の刀に水がまとわりつき、
電流が走り始める。
「…お前から来い、紅釈!!」
焼の声と共に紅釈は地面を蹴り間合いを詰め、
手を大きく振り下ろす。
火花が散り、爪痕の残影が浮かび上がる。
爪痕は刃に当たり、刀は大きく
刃こぼれを起こす。
「フン、お前の力はそんなもんか。」
焼が刀を横に一気に振ると残影は粉々に
消えてしまう。
その後も紅釈は爪をかませようとするが
何度も何度も攻撃は粉々になる。
「クソッ…なんで…!」
「紅釈さん、もしかしたら茹さんの
機械の影響で攻撃が無効化しちゃうの
かもしれないです!」
折西は助言する。
「紅釈さんの爪攻撃は「火」属性ですよね!
茹さんは「水」と「電気」。
火は水で無効化されて水は
電気をよく通すんです!」
「俺バカだからわかんねぇって!!!
つまりどういうこと!?」
焼の攻撃をかわしながら紅釈は折西に問う。
「つまり茹さんの機械を先に壊さないと!
無理です!!!」
「なるほど…了解!!」
紅釈は標的を茹に変え、
一気に焼の横を通り過ぎる。
「…」
不気味なほど静かな焼に折西は違和感を覚える。
「…!紅釈さん後ろ!!」
紅釈の後ろには焼が刀を頭上に掲げ、
大きく振りかぶる。
「!!!」
振り返った紅釈の胸は刀に引き裂かれる。
反動でよろけた紅釈の背中をバチバチと
電撃が走る。
紅釈はその場に倒れ込む。
「紅釈さん!!!!!!!!」
折西が慌てて駆け寄ろうとすると
いつの間にか背後に気配を感じる。
「…すみません、折西。」
茹は痛いかも、と言い、機械を頭に当て、
電流を折西の頭に流した。
折西はその場に倒れ込んでしまう。
霞む視界に殴り蹴りをされる紅釈がちらつく
(…いつも自分は何も出来ない)
仕事も出来ない、大切な人も救えない、
弱い、弱い…
そんな自分が。
「クソほどウザったいよな。」
頭の中に声が聞こえる。
お姉さんじゃない。
…じゃあ誰の…声?
意識が…また…
「…仇はうったよ。炒兄。」
「ええ、だから安心して…」
茹と焼は折西の方へ向かう。
「帰ろう【煮見】。」
煮見が死んだことを心のどこかで
受け入れられなかったであろう焼と茹は
折西と煮見を重ねていた。
「…【炒兄】も探しに行きましょう。」
2人は折西を抱き抱えようと手を伸ばす。
パシッ
その手は折西によって払われる。
そしてゆっくりと立ち上がる。
「…煮見?」
「…誰が…煮見だ?」
僕は…俺は…
と折西はブツブツと呟く。
「俺は俺だ。」
「…?」
2人は雰囲気の変わった折西を見て
一瞬思考が止まる。
「一丁前に仇討ちした気になって
弟の幻覚でも見ていたか?俺は…。」
そう言うと折西の周りに黒いモヤがかかる
「テメェらに降りかかる災いだ!!!」
そう言うと黒いモヤは凝縮し、
茹の機械類を全部貫き、
茹は後方に吹き飛ばされる。
「茹!!!」
駆け寄ろうとした焼を凝縮した闇の帯は捉える。
「ぐっ…煮見、…どうして…」
「紅釈、今がチャンスだろ。
這いつくばってでも来い。」
「…」
「にこ…折西。アイツはもう死んで」
「…【鉤火華(かぎひばな)】」
焼の耳元に聞こえる無いはずの声が聞こえる。
すると彼岸花のような大きな火花と
共に爪が焼の背中にかかる。
と、焼は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ッ…!」
血を口から吐き出し、咽る焼を紅釈は見下ろす。
「勝負はついたな。」
「クソッ!なんで…」
「お前らが馬鹿だから…
代償の【痛み】を馬鹿みたいに
与えてくれたから攻撃力に回せたんだよ!!」
そう言うと紅釈はトドメを刺そうと
手を振り上げる。
バキッ!!!!
旅館を支えていたであろう太い柱が折れ、
今にも旅館が倒壊しそうになっている。
「…や、やべぇ!旅館ごと逝っちまう!!!」
先に逃げないと、と折西の方を見る。
「…う…ぁ」
折西はその場でバタッと倒れた。
「お、折西!?クッソ…こんな時に!!」
紅釈は折西を抱きかかえ、辺りを見渡す。
逃げ道は…ない。
「おいおい、コレまずいんじゃないか…?」
「…はは、不味いと思いますよ。
4人で仲良く火の中で死ぬんですかね…」
茹が縁起でもないことを言う。
「何皆殺しにしてんだよ!!!
なんか通路みてぇなの無いのか!?」
「無いです…ですけど。」
茹は近くに落ちている機械を指さす。
「これ、消火剤散布ドローンです。
ちなみにこれ、人も運べるんです…
2人だけですがね。
高所とかはどうにかなりますよ。」
「おい、お前らは」
「私たちは死んだ兄弟のところに
帰れれば大丈夫です…多分炒兄に
怒られますけど。」
ふふ、と力なく茹が笑うと焼も笑い始めた。
「…茹と同意見だ。炒に叱られてくる。」
「このクソバカが!!!!!!
俺に完全敗北して兄貴のところに
帰るんじゃねぇ!!!」
紅釈は茹と焼の首元をつかみ、
ドローンのところまで運んだ。
正直紅釈はなぜ2人を助けようとしたのか
自分でも分からなかった。
紅釈はドローンに茹と焼を運んでもらい、
消火してもらった道を渡る。
「…本当に馬鹿ですねぇ、
また私たち貴方を殺しに行きますよ。」
「俺がそんな簡単に殺されるわけねぇだろ…」
そうして4人は無事旅館から出たのだった…
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